第12話 自宅とスキル
タカヒロさんの生家は、タナカさんの家から百メートルほど離れたところにあった。
案内を終えて、仕事に戻るタカヒロさんを見送って、白崎家の三人は新しく我が家となる家を見てみることにした。
家の作りは、今朝までお世話になったタナカさんの家とほぼ同じで、二階建ての住宅だ。
石板スレートの屋根に、漆喰で壁が塗られている。最近の日本は瓦屋根の家が少なくなっているためか、この家の外見には全く違和感がなかった。
室内の床面積は広く、一階の部分はリビングにキッチン、個室の部屋が五部屋ほどある。キッチンは魔石魔道具で水道やコンロなどを賄っているようで、電化製品がない空間は非常にシンプルだった。
二階は階段を上がって四部屋あった。どの部屋も掃除が行き届いているのか、ホコリ一つ無かった。
ただなぜか、お風呂とトイレがない。
「おかあさん、あたし身体がおかしいのかな…?」
「夏梛、どうかしたのかしら?」
部屋を見終えて、リビングで一息ついたときに夏梛が深刻な顔でつぶやいた。
「あのね。ここの国に来てから、一度もトイレに行っていないの。家の中にトイレもないから心配で……」
「言われてみれば、確かに私も一度もトイレに行っていないわね」
「え? おかあさんも?」
「そうよ、夏梛に言われるまで気がつかなかったわ。気にしている余裕がなかったのもあるけれど。
篤紫さんはどうなの?」
「いや、行っていないのは俺も同じだよ」
確かに変だな……篤紫は首をかしげた。
「困ったときには、知ってる人に聞いてみるのが一番だな」
「それは魔族の身体の特徴なのよ」
庭で雪かきをしていたシズカさんに聞くと、思わぬ話を聞くことができた。それにしても、九十八歳だという話だが、どう見ても三十代にしか見えない。
夏梛とカレラちゃんは雪合戦を始めた。そこに魔法で雪玉を作るオルフェナが加わり、混沌とした雪合戦に発展していく。
そんな二人と一匹をほほえましい目で見ながら、シズカさんが説明を続ける。
「人間族とは違って、魔族の身体の中には魔力器官が備わっているのよ。
その魔力器官が、魔力を作り出しているのだけれど、魔力のエネルギー元となるのが、口から摂った食事の一部なの。
栄養や水分など、体を維持するのに必要なものは体に吸収されて、それ以外の残りが、魔力器官で魔力に変わるのよ。
人間族ならば本来排されている老廃物まで、無駄なく吸収するから、魔族にはトイレが必要ないのよ」
つまり、魔族の体には無駄がないようだ。
雪合戦を終えた子どもたちが戻ってきたので、シズカさんに誘われてタナカ家のリビングでお茶を飲むことになった。
シズカさんが焼いたクッキーが皿に盛られ、皮を剥かれて兎さんになったリンゴが小皿に一つずつ配られた。
「それじゃ、お家にお風呂がないのはどうして?」
お風呂好きの夏梛には大きな問題なのか、真剣な顔で質問する。
「カナちゃんがここの家に泊まっていた時に、魔道具の生活魔術で浄化魔法を使っていたでしょう? 魔法や魔術で汚れが落ちるから、魔族にはお風呂に入る習慣がないのよ。
ある程度、体内の魔力を消費して魔素を放出しないと、魔素詰まりになってしまうから、というのも理由の一つかしら。
魔素詰まりは大変なのよ、半日くらい魔法が使えなくなっちゃうんだから。
でもね、お風呂が全くないわけではないのよ。街中の旅館にはあるわよ、それこそ国営のお風呂が城下町にあるから、行ってみるのもいいかもしれないわ」
「銭湯があるの? 行きたい、おかあさん行こうよ」
「そうね。そうしましょう」
うん確かに、お風呂には入りたいと思っていた。
シズカさんにお礼を言って、家まで戻る。
あらためて借りた家を見てみると、生活用の魔道具はあるものの、それを動かす魔石や、他にも家具や食器などが無かったので、買い物がてらお風呂に行くことにした。
「やっぱりお風呂がスキ!」
オルフェナを腕に抱えた夏梛が、元気いっぱいにはしゃいでいた。
びっしょりと濡れた羊を乾かすという、深刻なアクシデントはあったものの、必要なものを買い終えて帰路についていた。なんだかんだ言って、時間がかかったため、周りは夕焼けでオレンジ色に染まっている。
大きな荷物は送って貰えるため、手持ちの荷物は少なめだ。鍋と食器、下着などの着替えを篤紫が持って、食材を桃華が抱えていた。
同じように食材を抱えた家族とすれ違う。
衣服などは全部がオーダーメイドなため、後日取りに行くことになっている。ただ衣服の値段は驚くほど高く、銀貨がたくさん飛んでいったのにはびっくりした。採寸から始めて、使う布まで選んだのだから、当然の価格なのかもしれない。
物の価値の違いに慣れるまでしばらくかかりそうだ。
ただ、大量生産と大量消費がない文化は、なんとも落ち着く感じで、時間もゆっくりと流れているようだった。
夕飯の後、桃華が食器の片付けをしていると、篤紫がスマートフォンを見て難しい顔をしていた。
向かい側で、オルフェナと一緒に絵を描いている夏梛に、紅茶を淹れたカップを渡すと、篤紫の横に腰掛けた。
……しかし、器用な羊よね。
口に筆を咥えた羊が、夏梛と一緒に絵を描いている姿は、何回見てもすごいわ。筆を置いて喋り、また筆を咥えて絵を描いているし。
でも見た目は本当に、ただの羊なのよね……。
ティーポッドを傾けて、空になった篤紫のコップに紅茶を注いだ。
「難しい顔で悩んでいるみたいだけど、何かあったのかしら?」
「桃華か、紅茶をありがとう。
スキルを見ていたんだけど、どうにも仕事として出来ることが無いように感じてね。
例えばほらここ、『自動車整備』なんてスキルがあるけれど、そもそも自動車がないと思わないか?」
そう言いながら、スキルリストを見せてくれた。
自動車整備 Lv7
電子機器制御 Lv5
自動車運転 Lv8
調理 Lv2
無駄知識 Lv9
生活魔法 Lv1
え、えぇ……。知ってたわ。
無駄知識って何よ、それこそ無駄じゃないの。
これしかないの? という言葉を慌てて引っ込めた。
「どうやらスキルの定義が、持っている技術の扱いなんだよね。
生活魔法が生えてるから、魔道具なしでも使えるような気がしてきたし」
そう言いながら、篤紫が手に力を込める。しかし何も起きない。
あからさまに落胆したのが分かった。
「篤紫さんは魔道具で魔術を使っていたから、魔法とは勝手が違うんじゃないかしら?
魔石を付けない生活魔道具は、魔道具側が私たちから魔力を吸っていたから、使う感覚がそもそも違うと思うの」
「そうかー、まじかー、うわー」
篤紫がテーブルに突っ伏して涙するのを見ながら、桃華はため息をついた。
お互いのスキルを見ながら分かったことは、自分たちが思っているほど色々できないということだった。
そもそも、できるだけではスキルに反映されず、ある程度習熟して初めてスキルとして認識されるようだ。
ともあれ、努力すれば何でもできることが判っただけでも収穫だったと言える。
まあ結論として、スキルスキル自体に、何の意味もなかったのだけど。
「ねえねえ、おとうさん? おかあさん? あたしの手を握ってみて」
オルフェナと遊んでいた夏梛が、テーブルを回って近くに寄ってきた。
「どうしたんだ、夏梛?」
「なに、どうかしたの?」
「いいからいいから、あたしの手を握ってしばらく離さないでね」
篤紫と夏梛は、不思議に思いながらそれぞれ夏梛と手をつないだ。
つないだ手から、暖かい塊が体の中に流れ込んできた。そのまま心臓の隣辺りまで流れると、くるくると回り出した。
その暖かい塊は、ゆっくりと反対側の、手をつないでいない手まで動いて行くと、手のひらから光が飛び出して、溶けるように空中に消えていった。
「……こ、これは。魔法なの?」
桃華が惚けたような声でつぶやく。
「オルフェナの言うとおりにやってみたけど、うまくいったみたい。
魔力を流して遠隔操作すればいいって、そうすれば魔力が流れる感覚が掴めるはずだって、オルフェナすごいよね。
これで、おとうさんとおかあさんも魔法が使えるんじゃないかな」
そして、篤紫と桃華は、生活魔法使いデビューを果たした。
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