手袋
西藤有染
手袋
彼は本当に鈍い。
どれくらい鈍いかというと、
こんな寒い日に手袋をしてくるくらい、鈍い。
そう、手袋。彼、今日着けてきたの。
……え、私の方がおかしい?
違うの。ほら、最近寒くなってきたじゃない? だからスノースマイルっぽいことやりたかったの。
え、知らない? スノースマイル。バンプの名曲よ、BUMP OF CHICKENの。聴いたこと無いなら聴いてみて。冬の曲なんだけど、男の子が「君の冷えた左手を僕の右ポケットにお招き」しようとするの。
このシチュエーション、恋人になったからには一回は経験してみたくない? わかるでしょ?
彼もバンプ好きだから、察してくれるかなって思って今日手袋をわざと忘れて来たのに、昨日新しく買ったとか言う手袋を自慢してきて、あろうことか「今日手袋忘れたのやばくない? 寒いっしょ?」なんて言ってきたの。誰のせいだと思ってんの。私のせいだよ。分かってるよ。
確かに、手袋を持ってこなかった私が悪い。それは認める。でも、寒がってる自分の彼女を見て、「やばくない?」は酷くない?
え、いやいや、直接伝えちゃったら意味無いじゃん。スノースマイルみたいなのやりたいって言ってやるのは違うじゃん。そんな風に言ったら、彼優しいから、絶対にやってくれるのよ。のろけじゃないよ。そうじゃなくてほら、こっちが寒そうにしてるのを見て、「手、寒そうだね。暖めてあげようか?」「どうやって?」「こうやってだよ」みたいな。
……自分で言ってて恥ずかしくなってきた。とにかく、自然な流れでスノースマイルしたいの。そうじゃないとロマンチックじゃないでしょ?
問題はどうやってスノースマイルするかよね。
いっそ彼のポケットに直接手を突っ込んじゃえ?
……それ、有りかも。
「寒いからちょっと手、避難させてよ」みたいな感じで、うん、いけるね! 明日やってみる!
●
彼、本当に鈍いわ。
うん、まあスノースマイル失敗したよね。スマイル通り越して怒りよ。スノーアングリー。
え、名曲を汚すな?
聴いてくれたの? いい曲だったでしょ?でしょ? バンプまじでいい曲多いから、今度一緒にライブ行こ?
だから早く元気になってね。
……話がずれたね。なんだっけ?そうそう、スノースマイル失敗したのよ。どうやったら無理矢理手を突っ込むのに失敗するのかって?
彼の今日の上着、ポケットがチャックで閉まるタイプだった。しかも律儀にきっちりと閉めてるのよ。
途中でチャック開けてポケットに手を入れる瞬間をずっと見計らってたんだけど、一回も開けないの。ずっと開けって念じてたのに、頑なに開けようとしないの。いや察しろよ。
ただ、じっと見てたら、手を見てるものと勘違いされて、黙って手を繋いできたの。
まあ、悪い気はしないよね。惜しい、そうじゃないって気持ちもあったけど。だからのろけじゃないってば。
うん、やっぱり私、スノースマイルを諦めきれない。明日こそ、スノースマイルを達成してみせるよ!
だから、明日の報告楽しみにしててね!
え? ……何言ってんの。別にお見舞いに来てる訳じゃないから。あんたと話したくて来てるだけ。だから気にしなくていいのよ。いい?
じゃあ、また明日。
●
おはよう。
……この顔を見て、上手く行ったと思う?
お察しの通り、失敗しましたよ。理由?
今日の上着、ポケットが上向きだったの。
そう、私たちのブレザーと同じ。
問題? 大有りだよ。ポケットの向きが違うと、スノースマイルが難しくなるでしょ。
だから何、じゃないよ!
ほら、試してみてよ、横から手を突っ込んでみて。いいから。ね、やりづらいでしょ?
こんな不自然なスノースマイルなんて雰囲気の欠片も無いじゃん。
恨みがましくポケットを睨んでたら、なんか知らないけどカイロをくれたのよね。ん、まあ、悪い気はしなかったよね。
そのカイロ? 右ポケットに入れてるよ。え、だからか、ってなに一人で納得してんの? ここ来てからずっと右ポケットにやたら手を突っ込んでた? いやいや気のせいだって。ニヤニヤなんてしてないって。……ほんと?
……そんなことより、明日こそスノースマイル、成功させてくるから楽しみにしててね!
じゃあ、また明日!
●
ねえ。
スノースマイル、上手くいったよ。
彼、今日に限って急に、「そういえばバンプにこういう歌あるよな」って私の左手を掴んで彼にはの右ポケットに入れてくれたのよ。
でも、あんたがそんな風になっちゃったら、素直に喜べないよ。
意識不明って何よ。私の報告を聞きたくないってこと? ふざけないでよ。まだ話したいこと、たくさんあるんだから。
だから、ねえ、お願いだから早く目を覚ましてよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます