五章 2 同棲者

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 カフェでの尋問にも近い質問責めを受けたエマは、重いジュラルミンケースをもって我が家へと急ぐ。

 いつもであれば、とうの昔に帰って好きな番組でも見ているような時間だ。早く帰ろうと思うのも無理はない。

 ただ、それでは甘かった。

 彼女はもっと、走るべきであった。もっと、急ぐべきであった。もっと言うなら、ミスズたちの提案など断り、ダルクと会うのは後日にするべきであった。

 彼女の考えは考えを改めるべきであった。

 日々、刃物や銃を扱う世界に足を踏み入れ、鈍ってしまっていたのかもしれない。襲われても自衛できたために、慢心していたのかもしれない。

 街をにぎわせる切り裂き魔を、余りに人事として扱いすぎていた。

 そして、通りで行われるものという先入観も相まって、彼女は油断していた。

 いつも早く帰ってくる同居人は、襲われるはずがないと──


「ただいま!」

 エマの言葉に、返事はなかった。

 森の家に帰ると、鍵が開いていたため、同居人が帰ってきているものと判断して発したが、部屋の奥へと吸い込まれるばかりで、帰ってくることはない。

 首を傾げながら奥へと進むと、リビングから光とテレビの音が漏れていた。

 もしかしたら、テレビを見ながら寝てしまったのかもしれない。

 そう考えたエマは扉を押しながら、同居人の名前を呼ぶ。

「シュメッ……ト?」

 何気ないものだったエマの言葉は、途中から驚きによって一瞬失われた。

 リビングには、確かに、シュメットがいた。それも予想通り、絨毯に寝ている姿で。

 しかし、エマの想像は裏切られる。

 目の前に広がるのは、赤黒く染まった絨毯と、その中心に倒れたシュメット。

「シュメット!」

 ジュラルミンケースを投げ、エマはシュメットに駆け寄る。

 衣服は何カ所も切り裂かれ、シュメットの血液で真っ赤に染まっていた。

 何が起きたのか、どうすればいいのか、何も分からないエマは、触れて良いものかも分からず、呼びかけることしかできなかった。

「うう……」

「シュメット……」

 必死の呼びかけに気が付いたのか、シュメットがうめき声を上げたことで、エマはほんの少しだけ安心し、自分は何をすべきかを考える。

 ──救急車……いや、それよりは……。

 リビングから直結する自分の部屋へと入ったエマは、棚の中から黒い半透明の棒を大量に取り出す。

 集中をしながらシュメットのいるリビングに戻ってくる頃には、全てが赤みを帯びていた。

 ──これを傷に。

 正直なところ、うまくいく保証など一つもなかった。

 ただ、止血をするために思いつく限りの術として、エネルギーを加えると柔らかくなって触った形を覚える素材を、傷に当ててみたのだ。

 本来、そんなことをしたら、悪化するため、絶対にやらない方が良い。

 が、今回は神様が味方してくれた。

 エマの予想通り、うまく固まった黒い素材は、かさぶたのようにシュメットの傷を塞ぐ。

「よしっ」

 繰り返し繰り返し、傷を塞いだエマは、シュメットを抱えて、外へ飛び出す。

 森を抜けた彼女は、ジュラルミンケースを持って帰ってきたときなど比べものにならないほどの速度で、町外れのマンションへと走り出した。

 シュメットをかばいつつできる、自分の最大限の力を使って。

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