三章 1 シュメット先生

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 目を閉じてからどれほどの時間が経ったのだろう。

 疲労は随分と体から抜け落ちたが、いつの間にか眠りにも落ちてしまっていたらしい。

 森の中にあるシュメットの家で寝てしまっていた永斗が、目を開けると橙色の暖かい照明が出迎えてくれた。

 上体を起こして、永斗はため息を付く。

 夢であるはずの世界で寝てしまい、目覚めても同じ世界に戻ってきてしまったということは、彼もそろそろ認めなければいけない。

 これが、現実であることを。

 まだ、半信半疑の永斗だが、それの疑いは信じたくないという心の奥の反映であり、頭では理解していた。

 もう一度ため息を吐いてから、廊下の先へと足を進める。

 家の奥で待っているであろう、シュメットの口から、トドメとなる決定的な言葉を望んだのだ。

 廊下を進むと左右にいくつかの扉があったが、永斗は光の漏れる真正面の部屋へと迷い無く進む。ドアノブに手をかけ軽く力を込めると、恐ろしいほどなめらかにドアが開いて、自分を室内へと招き入れる。

「おはようございます」

 音のない開閉に気づいてこちらを向くシュメットは、テレビを見ながら絨毯の上で寝そべっていた。すぐ側にはソファとテーブルもあり、リビングルームらしい。

 腕を使って勢いにのり、あぐらとなったシュメットが、手招きで立ったままの永斗を呼び寄せる。

「そこのソファに座っててください。お茶入れ直します」

「あ、ありがとうございます」

 キッチンへと向かったシュメットを横目に、永斗はソファに座る。

 体が沈み込み、柔らかいソファが再び眠気を誘うが、さすがにもう寝るわけにはいかないため、永斗は目の前のテレビへと意識を集中することにした。

 シュメットが見ていたのはニュース番組のようで、キャスターが原稿を手にこちらを見ている。

『ryふいbty0あysわy』

「は?」

『gyrlrl・じゅえうあlじゅんlfっぇlqぇwんぁうrl』

 キャスターの口が動く度に、聞いたこともないような音が紡がれる。

 恐らく言語なのだろうが、永斗からは言語とも呼べないような、この世には存在しない楽器で話しかけられているようだった。

 すぐに変わった映像から、事件を表しているようだが、下に表示されるテロップも見たことがない模様の羅列にしか見えない。

「おまたせしました」

 二つの湯飲みをもって戻ってきたシュメットに、永斗はテレビを指しながら口を開けする閉めだけで、言葉は紡がれない。

「ああ、そうか」

 お茶をテーブルに置いたシュメットがテレビに手をかざす。

『以前、犯人は逃亡しており……』

「これで分かりますか?」

 振り向くシュメットの言うとおり、聞き取れるようになったテレビに、永斗の口は閉まることなく開いたままとなってしまった。

「大丈夫ですか?」

 かろうじて首を横に振る永斗の前に、シュメットが湯飲みを差し出す。

「なら、これはどうですか?」

 受け取った湯飲みの中は、透明な液体が入っていた。水蒸気がでているからにはお湯であろう。

 しかし、匂いは緑茶のそれであり、永斗は首をかしげる。

「やっぱり」

「どういうこと……?」

 テーブルを挟んで永斗の前に座ったシュメットに、永斗は湯飲みをテーブルへと戻してから尋ねる。

 シュメットも口に運んでいた湯飲みをおいて向き直った。

「カフェで僕が人種の説明をするとき、最初に四つって言ったの覚えてますか?」

 激しく頷く。

 人種の話を聞いたとき、永斗は自分の夢なのに、自分自身が振り分けられるはずの人種が無いことに違和感を覚えた。シュメット的に言えば『人間』という人種になるのだろうに、説明された三つの中には存在しなかったため、気になっていた。

「最後に言い間違えたって誤魔化しましたが、嘘です。すみません」

「ということは、俺は四つ目ってこと?」

 無言で頷いたシュメットがテーブルに手を置くと、湯飲みが置かれている面の色が変わって、可愛らしいキャラクターのイラストが現れる。

 もう、このくらいでは驚かなくなった、永斗察するに、三つの人種を表しているのであろう。

「言ったとおり世界には基本的に半獣種、妖精種、有角種が存在しています」

 シュメットの言葉の通り、対応するキャラクターが可愛らしく手を挙げて反応する。

「でも、昔からある都市伝説では、人種は四つだと言われていました」

 なにもなかった空間からいきなり黒塗りの人型が現れ、テーブルには四つのイラストが並ぶ。

「その人種はある時、突然現れ、僕たちが持たない知識や技術を置いていくそうです。例えば、シュマーフォやダブレードも彼ら彼女らの技術といわれています。本当かどうかは分かりませんが、もし、そうなら、今使ってる机のこの機能も、彼ら彼女らのおかげです」

 テーブルの黒塗りキャラが、永斗に取っ手はなじみ深い携帯電話とタブレットを見せてくる。他にも、電子煙草のようなものから、まるで見たことも無いようなものまで、いろいろなものを身につけ始めた。

「僕らとは異なる人。だから、彼ら彼女らは、『異人種』と呼ばれています」

「異人種……」

「あなたはきっと、その異人種です」

 黒塗りキャラにも『異人種』とかかれ、取り囲む三人種が拍手を送っているが、永斗には死刑宣告のようなものであった。

 なぜなら、この世界は夢でないことが証明されたようなものなのだ。

 知らない世界には自分が入るべき人種が無かったため、居場所というものが掴めず、文字通り夢心地で浮いてしまっていた。

 しかし、望んでいたものとは少し違うが、自分を表す人種が存在していて、特徴からなにからなにまで一致してしまっている以上、地に足を着ける他無い。

 疑っていた残りの半分が、無理にでも信じる方へとスライドしていく。

 ──受け入れるしかないか……。

 大きくため息を付いた永斗の顔を、シュメットがのぞき込む。

「大丈夫ですか?」

「どこでそう思ったんですか?」

 当然といえば当然の疑問だが、永斗は言葉にした後、何かの犯人みたいだなと思った。

「そうですね。初めからですかね」

 少し考えたシュメットの発言に、永斗の顔は赤くなる。

「だって、あんな昔のしゃべり方をするんですもん」

 別に嫌がらせというわけではなく、シュメットは本当に初めから可笑しいと思っていたらしい。

 言語は同じだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 確かに、シュメットが見ていたニュースのキャスターも、永斗には理解のできない言語で話していた。

 だから、話しかけたときのシュメットはあんなにも驚いていたのだろう。

 よく考えれば、知らない人に話しかけるなんて、いつもの自分ではできないことをしていたことを思い出した永斗は、今になっていろいろなことが恥ずかしく思えてきた。

「後は、常識的なことを聞いてくるし、今だって、色々なことに驚いていますよね。全部、今なら誰でも知っているような家電製品ですよ。決定打はお会計ですよね」

「お金か」

 カフェでの精算時、永斗の出したお金にシュメットもウエイトレスの女性も、不思議そうに首を傾げていたことを思い出す。今思えば、違う国どころか、違う世界の通貨を見たのだから、シュメットの反応にもうなずける。

「そういえば、シュメットさんは何で俺を連れてきたんですか?」

 お会計からの出来事を思い出して口をついた何気ない一言に、シュメットは心底驚いたようで、目を大きく見開いた。

「何で僕の名前を? 異人種の能力とかですか?」

「いや、アレーさんとレコさんが言ってたから」

 片方が名前を知っているのに、片方は知らないと言う歪であるがどこにでもある状況も、異人種の力に見えてしまうほどに、シュメットにとっても永斗の存在は未知なのだろう。

 思い出したように衝撃を受けているシュメットへ、必要ないからと後回しにし続けたことを永斗は始める。

「そういえば自己紹介してませんでしたね。俺は藤原永斗です。いろいろ、ありがとうございました」

 丁寧な対応をする永斗に対してシュメットは、険しい表情で何かを悩んでいる様子であった。

「あの、シュメットさん?」

 名前を呼ばれたことで気が付いたシュメットが、永斗へと向き直る。

「ごめんなさい、ちょっと、考え事を……」

「どうかしました?」

「貴方を家に連れてきたのは、パニックに巻き込まれるのを回避するためです。もし、見つかったら、大事件でしょうから。そのために、なるべく急いだんですけど……」

 言いよどむシュメットの言葉の先を考えて、永斗は可能性に気付き代わりに口に出していた。

「……アレーさんとレコさんに気づかれたかもしれない」

 頷くシュメットの表情が、明らかに曇っている。

 言葉でシュメットが気付いたように、アレーとレコも気付いていたとして、それを誰かに話したなら、自分はどうなってしまうのだろう。

 直後、玄関の方から呼び鈴が鳴った。

 ふける夜が二人の不安をかき立てる。

 だが、異人種である永斗には、どうしよう無いことであった。

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