二章 2 焦燥

※WARNING※

この章は、現在、修正を行っています。

ストーリーを早く知りたい方以外は、お待ち頂くことで、より一層、お楽しみ頂けるかと思います。


 街にはいくつかの酒を飲める場所がある。

 様々な形態で営業されているが、その内の一つに、バルと呼ばれる形態を取っている店があった。

 今は国名が変わってしまっているが、元はスペインやイタリアと呼ばれた国の言葉で、軽食喫茶店や居酒屋を表すもので、語原は酒場を表すバーである。

 ただ、国によって少し意味が異なり、イタリアでは主にコーヒーが中心となる、立って飲むカウンター席の喫茶店が多かった。一方、スペインでは、喫茶店であり、居酒屋であり、食堂であり、朝昼晩によってメインとなるものが変わる。両者ともに、タバコの販売、電話の貸し出しも行ったりと、街の人間の憩いの場としての一面を持っていた。

 この街でのバルは、スペインでのものをメインとしたもので、やはり、街の人には欠かすことのできない、生活の一部であった。

 その一角。既に日も傾いたころ、わずかに用意された、カウンターの一番の端の席で、一人ロックでアルコールを口に含む女性がいた。

 ため息を付いてはグラスを口に運び、ため息を肴にしているようですらある。

 ここだけなら、恋人に振られたり、仕事で失敗した女性がやけ酒を飲んでいるように捕らえられるかもしれない。しまいには、誰かが話を聞き、一夜限りの関係を築きそうなものだが、彼女の場合、そういった人が現れることは、この場に関して言えば、確実ないだろう。

 なぜなら、バルに集まる全員が全員、彼女の正体を知っているのだ。

 このバルの後ろについている、ガート・ファミリーの一員だと言うことを。

 彼女は名前をダルクといい、一応、ガート・ファミリーの幹部をしている。幹部といっても、今はほとんど形だけであり、下の人間とほとんど何も変わらず、自分がいるバルのような店を数店舗管理しているにすぎない。

 違いなど、他人と少し違う武器と少し多い収入くらいで、後は特に役職を持たないファミリーのメンバーと何一つ変わらない。

 そう、変わらないのだ。

 悩みだって、変わらない。

 だからこそ、こうして、自分の管理する店で、酔う限界近くまで飲んで居るのである。

 再びため息を吐くダルクの悩みは、つい最近のものだが、元を正せば、彼女の幼少期まで遡る必要があるだろう。




 彼女がガート・ファミリーに所属することになるのは、この街ではなく、遠く離れた、海を越えた先の世界の中心ともいえる国の路地裏であった。

 その国では未だ貧富の差が酷く、早くに両親を亡くしたダルクは、親戚を頼ったが、引き受けてもらえず、路地裏暮らしを強いられた。

 しかし、何もせずに死ぬような柔な人間でなかったダルクは、盗みに恐喝、人殺し以外はどんな手を使ってでも生き延びる道を選ぶ。

 それは、他人を蹴落としてでも自分が這い上がる、修羅の道であった。

 パンを盗み、見つかり、追われ、逃げ切れれば食事にありつける。捕まれば、容赦のない暴力を身に受けて捨てられる。

 毎日が生と死の狭間で、それでも、いつかの暮らしを夢見て、諦めることはしなかった。

 路地裏生活にも慣れてきたある日のこと、その日も生きるために獲物となる人を探して、自分が動ける範囲を徹底的に調べていると、自分と同じような境遇の少女を見つける。

 同じ妖精種で親も家も無い、エヴァンスといい、少し年下の何も知らない少女であった。

 初めは何かあったときのスケープゴートにしようと、ともに行動をしていたが、何度、騙そうと、何度、置き去りにしようと、何度、身代わりにしようと、エヴァンスは必ず、ダルクを見つける。

 そして、ボロボロになった体で笑い、決まって同じことを言うのだ。

「ただいま。うまくいったね」

 その度、ダルクは心の中で舌打ちをして、笑顔で心配をし、その日の戦利品を半分にした。

 そんな日々が続き、いつしか当たり前になった頃、エヴァンスが帰ってこない日があった。

 その日は清々した様子で、いつもの倍のパンを食べて、いつもより広々と眠りにつくも、翌日、起きた時にダルクがあることに気づいた。

 いつもよりも何もかも満たされていない。

 お腹も、睡眠も、何もかもが何か足りない。

 気づけばその日を生き抜くことより、エヴァンスを探すことに時間を割いていた。

 自分が望んだいつかの暮らしは、既に手の中にあったのだ。


 結局、エヴァンスを見つけることは叶わず、一人に戻ったダルクは、しばらく、同じを生活を続けた後、新進気鋭で構成員を募集していたファミリーに入ることを決める。

 安定した暮らしへの渇望と、満たされない路地裏から抜け出すための手段でしかなかった。

 始まった裏での生活は、思った以上に彼女に合っていた。

 路地裏で培われた、生きるか死ぬかのまさしく修羅の如き生き方は、ファミリーの中で出世する上で、大きな力を発揮する。バカにした男たちを出し抜き、むき出しの野心で相手から取れるだけの金をむしり、気づけば、大金を動かすような立場になっていた。

 それでも、到底満たされない心を過去に置いたまま。

 ある朝、ボスに呼び出されたダルクは、おそらく、上納金のことだろうと、一定額を紙袋に入れると本拠地になっている酒場へと足を運んだ。

 営業時間外のため、まだ暗い店の扉を開けると、そこには、ボスの代わりに、派手なスーツを纏った男が座っていた。

「やあ、君がダルクか」

 口を開いた男は長い足を組んで話しかけてきた。

 声色と体格から年齢は、自分より少し上くらいだと言うことがわかる。

「僕はガート。ガート・ハワードだ」

 遠くから自己紹介をする見知らぬ男性を前に、ダルクは入り口付近で立ったまま、室内から外まで、あたりの様子を伺う。

 頭に浮かんだのは、敵対組織からの宣戦布告である。

 この時代、マフィア同士が土地を争う場合、宣戦布告をすることを取り決めていたため、真っ先にその疑いを掛けたのだ。

 妖精種にとって、魔力の感知は、得意中の得意であり、ダルクに限っては、わずかな魔力の動きさえも感じ取れる。少し集中すれば、近くにいる人の考えることさえ聞き取れるほどの鋭敏な魔力感知力を持っていた。これも、路地裏から獲物の隙を虎視眈々と狙い続けた結果であろう。

 とりあえず、自分と前に座るガート以外の魔力は感じられない。

「話は君のボスから聞いているよ。優秀なんだってね」

 立ち上がったガートがこちらに近づいてくる。

 どうやら、宣戦布告では無いらしいが、そうなると、一体、何が目的だというのだろうか。

 わかることといえば、魔力量、質から半獣種だということ。

 そして、おおよそ、隙というものがないことくらいだ。

 思考を読みとろうと、ガートへ集中したダルクには、一切、ガートという男の情報を読むことができなかった。それも、真っ向からはじかれたことが伝わってきた。

 得意だと思っていた思考のジャックを、最も魔力の扱いが苦手な半獣種相手にはじかれてしまったのだ

「まあ、野暮なことは止めよう。ただ、話がしたいんだ」

 得体の知れない相手にダルクは口を開かない。

 その態度を察したのか、ガートが一人で口を開く。

「そうか。だったら、聞くだけで良い。エヴァンスという名前に聞き覚えはないかい?」

「どうして、その名前を!」

 慌てて空いた手で口を覆う。

 一体、この男は何だというのだろうか。

 見る人が見れば好感を抱くような笑顔えお見せたガートが、忘れるまでは行かないものの、薄れ掛けていたダルクの記憶を掘り返す。

「何、彼女に君のことを聞いてね。気になったんだ」

「知り合いか?」

「ああ。彼女はうちで一番だよ」

 どうやら、エヴァンスは生きていて、このガートのお世話になっているらしかった。

 たった、それだけで、ちゃんと死なずに路地裏から抜けて、信頼までされている事実だけで、胸に刺さった楔が抜けたように、涙がこぼれる。

「それは良かった……」

 驚いた様子のガートだったが、しばらくの後、ダルクに提案をする。

「なあ、君もうちに来ないか?」

「え?」

 今度はダルクが驚く番であった。

「言ったろ? 君のボスとは知り合いなんだ。話は簡単につくだろうし、どうかな」

 そこで、エヴァンスの名前を出され、忘れてしまっていたことを尋ねる。

「そうだ。エヴァンスは……あなたはどこで働いているだ?」

「ああ、忘れていた。僕は君たちと同業者さ。ちなみに、こんなんでもボスだ」

「そうだったのか」

 連続して驚くと同時に、どこかで納得してしたダルクがいた。

 自分と同じくらいの一見すれば好青年のガートが、マフィアのボスだったのだ。頭の中が読めなくても仕方ない気がする。

 ただ、そうなると、真っ先に頭を過ぎるのはエヴァンスのことだ。

 あの、騙されていることにも気づかなかったエヴァンスが、同業者として動いていることにも驚くが、何より、一番の成績というのが気がかりでならない。

 自分はドラッグに売春、殺し以外のありとあらゆる手段を持ってして、この地位までのし上がったが、エヴァンスは一体、何で、何において一番の成績なのだろうか。

 嫌な予感を感じながらも、聞かざるを得なかった。

「ところで、エヴァンスは何の一番なんだ?」

「そうだな……見てもらった方が早いんじゃないかな」

「見る?」

 今も仕事中なのだろうか。

「どこにいるんだ?」

「ずっといるじゃないですか。ここに」

 後ろを親指で指したガートの本当にすぐ後ろから、少女がわき出るように現れる。

 幾分かは成長しているが、確かにエヴァンスであった。

「エヴァンス!」

「ダルク……」

「良かった、本当に良かった。ありがとう、ガートさん。ありがとう、エヴァンス。本当に良かった」

 持っていた紙袋など床に捨てて、エヴァンスに抱きつくと同時に、再び、涙がこぼれる。

 魔力感知をしたのに、全く気づかなかった。

 ガートに言われた直後から、本当に湧き出るかのように、魔力が現れてエヴァンスを認識できるようになった。

 心なしか元気がなさそうなエヴァンスだが、幸いにも、顔色も肉付きも良い。

 ただ、未だに仕事が分からない。

「エヴァンスは結局、何をしているんだ?」

「分からない?」

 話さずにうつむくエヴァンスに代わってガートが答える。

「よく周りを見てごらんよ」

 言われるまま、あたりを見回すと、店の奥の方にいつもはない、ちょっとした山ができあがっていた。目を凝らして見ると、歪で所々丸いものが飛び出ている。

 たったそれだけのオブジェが、心臓をかきむしり、ガートの笑顔を歪なものにし、エヴァンスがうつむくことに意味を与えた。

 駆け寄った山は、人の山で、生きてはいるものの、かなりの出血をしている。

「分かったかい?」

 振り返った先、離れたことで見えるエヴァンスは、真っ赤な衣装に身を包んで、手には花束のようにナイフを握っている。

 よく考えれば近くの魔力感知をしたのに、一切、糸にかからなかったことを不思議に思うべきであった。

「彼女はうちで一番のナイフの使い手さ」

「おまえの指示か」

 山に埋まった知り合いの手を握って、ガートを睨む。

「まあ、ここの利権、欲しかったんだけど、断られたらしょうがないよね」

「だからって……」

「なあ、ダルク。取引をしよう」

 近くの椅子に座ったガートが、唐突に提案を持ちかけてくる。

「僕はここに利益を見込んで君のボスを手駒にしようとしたが、断られてしまったがために、無理矢理、奪い取ることにした。でも、そうすると商売人がいなくなるわけだ。だからさ、君が、ここのボスとして収めてくれないか」

 突拍子もない提案に、言葉を失ってしまう。

「もし、受けてくれたら、その人たちは助けるし、何だったら、君が助けたことにしてもいい。そうすれば、君は何の苦労もなく、実質的なボスになるわけだ。どうだろう?」

 ボスになれる。

 その一言がダルクを悩ませる。

 このまま順当に行ったとしても、ダルクがボスになるのは、まず、難しい。

 なぜなら、自分より優秀な人間もいるし、ボスは自分の子供に跡を継がせようとしていた。

 野心を持って、同僚を蹴落としたダルクにとって、ボスの座は目標であり、叶わぬ夢なのだ。

 目が泳いでいることを楽しむかのように見守るガートへ、エヴァンスが耳打ちをすると、ダルクにとっての甘い条件が追加された。

「なんだったら、エヴァンスは君と一緒にいたいそうだ。それも、君の返答次第で決まる」

 歯を噛んだダルクが出した結論は、ガートの要求を飲むことだった。

 むしろ、それ以外の選択肢はなくなっていた。


 以降、ダルクはファミリーのボスとして、ガート・ファミリーの幹部として手腕を振るってきた。

 エヴァンスとともに、勢力を拡大しては、金をかき集め、時には敵対勢力から責められての生活を繰り返す。

 それは、まるで、幼少の頃のようで、足りなかった心を取り戻すようであった。

 そこへ、一通の手紙が送られてくる。差出人は、良くも悪くも自分の人生を大きく変えた張本人のガートであった。

 中には手紙の他に、二枚のチケットが入っている。

 内容を要約するならば、海に囲まれた島国に進出して、自分たちが責めやすいようにする、基盤を作ってくれと言うことであった。

 今の平穏な暮らしを手放すのは、心苦しい。正直言って、行きたくない。もし、行くなら、基盤ができてから、勢力を拡大したいところである。

 だが、当然、断る権利など無い。

 チケットを手に取り、顔を仰いでいると、視界に入る行き先に不安を感じる。

 手を止めてよく見ると、そのチケットは、同じ日時で同じ行き先の、座席が隣合ったチケットであった。

 てっきり、往復のチケットなのかと思っていたダルクが甘かった。

 つまり、エヴァンスと一緒にいって、基盤ができるまでは帰ってくるなという宣告に他なら無かったのだ。


 直談判もできず降り立った、ガート・ファミリーに取って未開の地で、ダルクはかなりの不安を抱えていた。

 今まで彼女がしてきたことは、ある程度自分たちの範囲がある上で、相手の領地を奪い、広げて行くものである。

 そのため、最初に自分がそう動けばいいか、全くもって分からなかったのだ。

「あなたのファミリーを思いだして」

 首をひねるばかりで一向に動きに出ないまま、ホテル暮らしを続けて季節が変わってしまったダルクを見かねて、エヴァンスがヒントを与えた。あまり、采配に口出しをしないエヴァンスにしては、珍しいことである。

 しかし、ほとんど答えであるヒントを得たダルクが動き出す。

 彼女が拠点にしていた街を支配していたのは、狼堂会という、昔ながらの組織であり、彼らが持つ事務所の一つをエヴァンスに襲わせたのである。

 ただ、事務所にいた構成員を潰して、乗っ取れれば良かったのだが、すぐに狼堂会の別の構成員がやってくるため、奪い取ることはできない。

 そんなことは、ダルクも分かっている。

 彼女が見つけた答えは、エヴァンスを使い、手薄になった事務所を襲撃し、着々と構成員を減らすことだった。まずはかき回し、動き出すであろう、会長を直接狙おうと考えたのだ。

 奇襲に関してエヴァンスは敵なしだった。

 次々に、狼堂会の構成員を戦闘不能にし、あっという間に事務所を制圧する姿は、まさしく暗殺者のようであり、服を赤く染めた姿は、再会したあの日を彷彿とさせる。

 狼堂会の事務所にいくつか空きがでるようになってきた頃、どこから嗅ぎつけたのか、ガートがやってきた。

 そして、状況を聞いた彼は、単身、狼堂会の本拠地へと乗り込んでいったのだ。

 戻ってきたガートは、ご機嫌で、たった一言、よくやったとだけ伝えると、まとまった交渉内容を伝えて、再び、自分の国へと戻ってしまった。

 自分たちを、この国に残したままで。




 あれから、月日が流れ、ガート・ファミリーの増援もあり、ダルクは街の半分を手中に、狼堂会との協定を守っている。

 攻め込みたい気持ちは今もあるものの、時間とともにそ薄くなったことに加え、いまいち何を考えているか分からないガートに止められているため、攻め込めないのだ。

 何せ、ガートのいうことだけは、絶対に守らなければならない。それこそ、死んだとしてもだ。

 それに、もしガートから攻めること許可されたとしても、今の彼女ではかなり難しいものとなる。

 それこそが、彼女の悩みの一部であった。

 彼女の歩んできたこれまでも人生において、いつだって中核を担い、欠かすことのできない存在は、いつだってエヴァンスである。

 今、その、大切な存在が、彼女の横にはいない。

 エヴァンスは、いつかの再演かのように、ダルクの前から姿を消してしまったのだ。今では連絡も取れず、行方も分からない。

 特別な日以外、好んでは飲まなかったアルコールを、ダルクが毎日のように、自らの店で飲むようになったのはそれからだ。

「おかわり」

 氷以外なくなったグラスをカウンターへたたきつけたダルクに、中でグラスを磨いていた女性が話しかける。

「ダルクさん、大丈夫ですか? 水とかは」

「いらない」

「別にいいんですけど、貴方のお店ですし」

 一度、手に持っていたグラスとクロスを置いた女性は、ダルクの前に置いていた褐色の液体が入った瓶を、ダルクのグラスへと傾ける。とろみの付いた中身がこぼれ落ちて、子気味いい音とともに、中の氷が液体に浮いた。

 すぐに、グラスへと手を伸ばしたダルクが、再び、アルコールを口へ運ぶ。

「セラ」

「何です?」

 元の位置に戻り、一度置いたものを再び手に取った女性に、ダルクは名前で呼びかける。

 バルにおいてバーテンダーのような役目を担う女性であり、ダルクの正体はもちろんのこと、ガート・ファミリーの一員であったりもする。

「見つかると思う?」

「どうですかね? 世界は広いですし」

 手を休めることなく独特な話し方で問いに答えるセラは、エヴァンスがいない今、ダルクにとってはいい話し相手であった。実のところダルクの飲酒量が増えたのは、良い話し相手がセラであることも大いにあるのだが、お互いそんなことには気づいていない。

「そうだよなあ……」

 カウンターに顎を乗せるダルクからは、気力というものがおおよそ感じられない。

 躍起になってエヴァンスを探すダルクは、今や、表も裏も関係なく、使えるものはすべて使っていた。

 しかし、何も成果を得られないため、ついに、表でも裏でもない、この街の境界を漂っているような職業に助けを求めたのである。

「しっかし、セラはいいね」

「どうしました、急に」

「同じカウンターの中にいる人間でも、ここまで違うものかと思ってな」

 表情筋をすべてゆるめているとしか思えないほどに、しまりのない笑顔でセラを見つめるダルクのもとに、無言で水が差し出された。

「酔わないそうですよ? お酒と水を交互に飲むと」

「酔ってない」

 ご機嫌でセラと話していると、ダルクの胸ポケットから、店内とは違う音楽が流れ始めた。半目のダルクが懐から取り出したのは、左右に潰れた『コ』の字が描かれたシュマーフォで、音楽はそこから流れているようだ。念話の着信である。

 同時に表示されたいつもは見ない数列が、知り合いからの念話でないことを表していた。

 一瞬にして酔いを醒ましたダルクは、セラへ静かにするようジェスチャーしてから念話を取る。

「もしもし?」

『あ、もしもし? 豆と甘味料のものです』

 まだ、若さを感じる男の声で相手が名乗ったのは、エヴァンスを探すために頼ったばかりの、カフェの名前であった。

『まずは、情報……と言いたいところなんですが、本人が見つかりまして』

「そうか……え?」

『本当です。何だったら、今から会いますか?』

 あまりにも急な展開に、まだ、酔いが回っているのかと錯覚する。

「えーと、見つけた?」

『はい』

「今から会える?」

『はい』

 同じ言葉を繰り返す電話の相手にも悪いため、少しの間、頭を押さえて状況を整理したあと、ほとんど、二つ返事で言葉を返す。

「えーと……頼む」

『じゃあ、豆と甘味料で。外から確認して入られてもかまいません。それでは』

 思ったよりも、世界は狭いのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る