5-2-7 Operation Enduring Freedom : 不朽の自由作戦 その1



『状況を説明しろ』


 黒いローブの裾を揺らめかせながら作戦本部中央へ唐突に降り立った天海祈あまみ いのりは、流暢な英語でそう呼びかけた。驚くMCG職員の中から一人の男が迷わず歩み出てくる。イギリス情報部の長、Seofonセオヴォンだ。


『お疲れ様です、Disディス Rauzuラウズ 事務局長。作戦は順調そのもの。我々は破竹の勢いで目標を奪還しており、残るはモザンビークとブルンジに一つずつの合計二支部となりました。これも、Dis Rauz 事務局長の我が身を顧みぬ活躍あってのことかと』

『現代魔術聯盟の動きは?』

『懸念通り中央アフリカ、南スーダン、エチオピア、ソマリアなどでは既に小競り合いが始まっており、他方でも怪しい動きを見せ初めています。しかし、彼等の動きが本格化する前までには東経五度戦線の構築が間に合いそうです』


 予定される勢力図。

(https://img1.mitemin.net/g9/8v/looq2thrz9xljcgkjrwf7q2hxlw_twc_3pc_3p7_n6cm.png)


『そうか、下がれ』


 歯の浮くようなお世辞も無視し、天海祈は玉座に身を預け瞑目した。眠ったわけでなく、分体の操作に移ったのだ。各地から上がってくる報告によりそれを悟った職員らは、戦闘後にも関わらず休息も取らずに働き続ける姿を見て感服し、より一層、自らの職務に励みだした。

 ただ一人、Seofonセオヴォン(7番目)を除いて。

 皆、どうかしている。名前も知らぬ正体不明の怪物を信用するなんて……。

 天海祈あまみ いのりDisディス RauzuラウズSouスー SorxithソークシィスTimティム Shtunapiaシュトゥナピア……無数の名前をその時々で使いわけ、なおかつ誰もその事実に違和感を抱いていない……かくいうSeofonセオヴォンも、『首輪』を外されてようやくその事実を認識できた口だ。

 殺せる……! 今なら、この怪物を殺せる……!

 大量の分体と本体は同時に動かせないと聞いてはいたが、まさか操作中にここまで無防備な姿を晒すとは思っていなかった。懐に忍ばせた銃で一発ヤツの頭をぶち抜いてやれば……もしかすると《異能》の制御を失って死するのではないか。

 そんな甘い展望がSeofonセオヴォンの脳裏を駆け巡る。が、そこを理性でグッとこらえて眼前の職務に集中した。

 仮に《異能》は突破できても、[魔術]や【骸】で防がれたらどうする。確証もなしに軽々しく行動することは控えるべきだ。我々には崇高なる計画があるのだから……! そう自らに言い聞かせた。

 一方、全てを知る天海祈は瞑目しつつも口端に小さな笑みを浮かべる。矮小な存在が、些細なことで揺れ動きおる。それが、滑稽でならなかった。

 けれども、今はその矮小な存在たちの起こす、取るに足らぬが重なったこそ唯一の希望。笑みは、すぐに自嘲の笑みへと転じた。


「私は……人間は、なんて無力なのだろうな。この世界一つ、救うことすらままならない……」


 幸いにしてか、その場に日本語話者がいなかった為、天海の漏らした独り言は誰にも理解されることなく、作戦本部の騒々しさの中に紛れて消えた。



    *



「ようし! そろそろウチらも動いとこか」


 拡張領域で各々好きに寛いでいた現代魔術聯盟の者たちへ向けて、[やまなみ・treow]が呼びかける。それに対し、皆は緩くまばらに返事をし、のろのろと動き出した。魔術師の正装を脱ぎ捨て、新・蕃神信仰が用意した白一色の死装束コスチュームへ。


「ええかぁ? 死ぬまで戦わんでもええし、敵を殺さんでもええ。保身を前提に無理だけは避けるんや。これはを出し続けるための作戦なんやからな。向こうの情報網も抑えとるし、心配は要らんで! 全部、茶番なんやからな!」

『そうなんども言わずとも皆、分かっていますよ』


 そう言ってお付きのものが笑うと、やまなみはバツの悪そうな顔で「一応や一応!」と自己弁護した。

 そう……これは『茶番』だ。額面通り、この戦いは始め方から終わり方まで綿密に定められている。

 他ならぬ、四藏匡人の手によって。

 それ故に、彼等は与えられた『役』を過誤なく演じきれば、それで良いのだ。

 そうすれば、世は事もなく丸く収まり――完結の時を迎える。

 仮に失敗したとしても……また、

 そういった余裕が、この弛みきった緩い雰囲気を形成していた。皆、生まれながらに社会から背負わされていた肩の重荷がおり、あらゆる心労から解放されていた。もう、頑張らなくともいい。生まれなんて、親兄弟なんて、現代魔術聯盟での出世なんて、魔術師としての社会的な責任なんて……全部、関係なくなった。世界は完結を迎え、全ての人類は救われるのだ。

 なんて、素晴らしいのだろう。

 古今東西、これほどの『救済』を実現できた例が存在するだろうか。それも、単なる気休めの言葉や洗脳マインドコントロール、唾棄すべき欺瞞ペテンを一切用いず、純然たる事実のみで。

 現代魔術聯盟の魔術師たちは、『真なるアーシプ』に対するあつい信仰心に目を輝かせながら、銃で武装した兵卒を引き連れ戦地へと赴いていった。

 目指すは東経五度の絶対防衛戦線――アルジェリア、ニジェール、ナイジェリアである。


「ほな、いくで。ゆぅ~っくり、物見遊山とでも洒落込もかぁ」



    *



 ジブラルタル海峡を渡った欧州兵力を待ち受けていたのは、事前にアフリカ大陸沿岸部に展開していた近衛だった。まるで、欧州兵力の上陸地点をあらかじめ知っていたかのように、欧州兵力の行く先々へ脈絡なく現れ、モロッコ以南への侵入を阻む。

 戦端はどちらからともなく判然とせぬうちに開かれた。敵の待ち伏せに狼狽えた兵卒が逸って引き金を引いたのかもしれないし、近衛の纏骸者が機先を制するべく奇襲をしかけたのかもしれない。ともかく、ゴングのような分かりやすい合図は存在しなかった。

 遠くでブチ上がる何者かの悲鳴、出処の分からぬ銃声、しかし確かに耳元を掠めてゆく銃弾の風切り音……戦場の形成する逼迫した空気感に背中をせっつかれるようにして、両勢力は卒然と敵意を膨らませ苛烈な闘争の渦に身を投じていった。

 一方、そんな緊迫した戦地の状況を眼下に眺めながら、呑気に酒盛りに興じる二人の近衛がいた。北條嘉守とレヴィ、二人は白一色の衣装に身を包み、グッと杯を傾ける。


「見て……アレは弓削様の放つ光よ。キレイね」

「……アア、綺麗ダナ」


 レヴィは何ら気負いを抱くことなく素直に応答した。今日の彼女は一切拘束されていない。しがらみから解き放たれた彼女には、もはや不要な処置だったからだ。

 ここはモロッコ首都、ラバト支部ビル最上階。

 ガラス張りの向こうでは、凄惨極まる戦闘が繰り広げられていた。MCGの人払いにより、一般人への被害こそ最小限に抑えられているものの、血で血を洗う闘争に終わりは見えない。さきほど放たれた弓削清躬ゆげ きよみによる一撃も、敵艦隊を数隻おとすのみで既に上陸を許してしまった敵戦力の殲滅には至らない。

 だが、それで良いのだ。

 攻めすぎても、攻められすぎてもいけない。『膠着状態』……それが、もっとも望ましい状況なのだから。

 幸いにして制空権そらは確保できている。暫くは、近衛によって密かに戦況がコントロールされ続けることだろう。

 ある程度の長丁場が予想されるために彼ら近衛は交替制を敷いており、まだ出番ではない北條嘉守とレヴィはここで英気を養っていたのだった。


「嘘みたいに穏やかな気持ち……こんな気持ちで戦闘に臨むなんて初めてよ」


 北條嘉守がそう呟くと、レヴィもコクリと首肯する。裏切り者として仮面ごしに他人と接し続ける生活には、心休まる瞬間ときなど一時ひとときも存在しなかった。自由とはこういう時に使う言葉なのかと、レヴィはしみじみ感じ入る。


「ねえ、この作戦が終わったら……私たちはどうしようか。向こうの地球に戻ったら戻ったで、政変のごたごたに巻き込まれるだけよね。戦死した事にでもして、こっちで暮らしちゃう?」

「……嘉守よみもりハ、四藏匡人ノ計画ガ成功スル前提デ物ヲ言ッテイル様ダガ……恐ラク、コノ計画ハ失敗スル」


 この自由を与えてくれた四藏匡人には感謝しているが、それとこれとは話が別だ。天海祈の力の一端を知るレヴィにとって、この計画は途轍もなく無謀な試みに思えた。近衛の面々には知らされていないことだが、天海祈には[魔術]もあるのだ。そして、恐らく【骸】も。


「そうかなぁ……でも、天海祈さんの実力は、MCG機関にいてしかも直接戦ったこともある四藏匡人さんも当然知ってるんじゃない? その上で『秘密兵器』があるって言うんだから、勝算は見込んでのことだと思うよ?」

「イヤ……ソノ『秘密兵器』トヤラ、我々友軍ニモ徹底シテ正体ヲぼかシテイルノガ少々引ッカカル。ソレニ四藏匡人ノ超然トシタ目付めつき……アレハ天海祈ノソレト近シイ……『正義ノ狂信者』ノ目付めつきダ。或イハ、殉ズル覚悟カモシレナイ。思想ノ為、皆ノ為、玉砕覚悟カモシレナイ」

「――もう! 失敗したら、その時はその時よ。身の振り方はあとで考えましょう。私たちは、を滅してハッピーエンドを迎えるの。それで良いじゃない。仮初かりそめでも良いから、一緒に同じ夢を見ましょう?」


 そう言って北條嘉守が潤んだ瞳で見上げれば、レヴィも口を噤むしかない。もう、後戻りの出来ない段に入っているというのに、これ以上水を差すのもはばかられた。レヴィはコクリと頷き見つめ返した。

 そして、どちらからともなく二人は引き合い、軽く啄むような口づけを交わした。

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