3-3-9 ファーストコンタクト その6
「俺は――現代魔術聯盟に
手早くクローン二人に事情を説明した後、俺はこの言葉で最後を締め括った。
「匡人様……! あんな良くわからない奴等の要求を呑むのですか……!?」
「やはり……本気ですか?」
「ああ。最初に握手しかけた時、何処まで読んだ? 俺はプランCで行くつもりでいるが……」
「プランC……!? しかし、それは――」
「そうだ、まだ準備、構想段階でしかない。だが、ここはプランCと心中するしかない様に思う。予想以上に現代魔術聯盟の奴等は強行的だ。プランCが上手く行けば、奴等の目的であるらしい『俺と蕃神信仰の繋がり』は勿論の事、『MCGとの繋がり』も残せる。俺の前から考えていたプランの中では最も現状に適し、計算のできるプランだと思う」
こうなってはもう仕方がない。プランCに賭けるしかない。この瞬間だけに留まらぬ、残りの人生の全てを。
十二林杣入が思考の海に沈んでゆく傍らで、不満げな顔をした艶島九蟠がプランCの説明を求めてきた。断る理由もないが、他のプランを全て説明している暇はないので、プランCの説明だけに留めた。
すると案の定、艶島九蟠は素っ頓狂な驚きの声を上げた。
「えぇ!? そんな、今はまだ……」
「分かっている。だが、この為に俺は敢えてアイツを残しておいた」
艶島九蟠がハッとした顔をする。どうやら、アイツの存在を思い出したようだ。そして、じっと目を伏せて考え込む。
そうこうしている内に十二林杣入の方の考えが纏まった様だ。話したそうにしていたので、首を振って話してもいいぞと促す。
「私は貴方に賛意を表し、また一つ提案を致します」
「何だ、言ってみてくれ」
「私をMCGに残してください」
俺は人知れず息を呑んだ。そして、十二林杣入が続きを語る様を注意深く観察する。恐怖で言っているのか? だとしたら……。
「その場合は【短剣】はこのまま刺さない方がよろしいかと。私の立場を考えると変に怪しまれかねません」
「……実は、俺もそのつもりだった。俺と艶島と……後は手が空いている奴を何人か見繕おうかと」
全くもって計画性なんて欠片もなく、出たとこ勝負の博奕も良い所だが……それでも、やるしかない。俺は十二林杣入の瞳を信じる事にした。鋼のような冷たい瞳の奥に灯る真っ赤な情熱の炎を。
「ま、匡人様、十二林を置いてゆくのに、私を連れて行っていただけるのですか!?」
「当然だ」
艶島九蟠の能力は汎用性が非常に高い。『MUL.APIN』の時のように、内部から組織を支配するのに向いている。故に、俺としては当然、連れてゆくつもりだった。無論、彼女が望むのであれば、だが。
暫くの間、艶島九蟠はまごまごと心を決めかねていた様子だったが、やがては覚悟を決めた。
「お供します!」
「……ありがとう、心強いよ」
これで方針は定まった。無言の内に、二人から俺への信頼が伝わってくる。けして、錯覚ではない。
――全てはより良き未来の為に。
これは俺が考え、俺が試みる最初の一歩。
失敗を恐れるな……! 命ある限り足掻いてみせろ……!
俺は、
「待たせたな」
「いやいや」
場にそぐわぬ能天気な返事が癪に障る。こいつ、さっきから随分と余裕があるな……俺の返答如何はこいつ自身の出処進退に無関係と見るべきか。
「俺の返答を述べる前に、幾つか確認したい事がある」
「構わないよ。僕に答えられる範囲にして欲しいけどね」
やはり、質問ぐらいは受け付けてもらえるようだ。相談と同じく、上の方――現代魔術聯盟から禁止されていない。これは俺の想像に過ぎないが、恐らくはこの展開を予想されていたのだ。
質問の内容だが、俺はここで現代魔術聯盟の目的を突き止める事は諦めている。現時点では情報が少なすぎて、真っ暗闇の中で間違い探しをするようなものだ。それに灰崎さんと螺湾さんも心配だ、あまり長引かせすぎたくはない。最低限の確認程度に留める。
しかし、その曖昧な姿勢こそが
「精神干渉を試みないのは何故だ? [魔術]の中にはそういう類のものもあるのだろう?」
「……僕もそうした方が良いと思ったんだけどね。難しいけど出来ない訳じゃないし。でも、上の人たちが言うには無駄、無意味らしいんだ」
「無駄? 無意味?」
「そう。精神干渉では駄目で、君が自分の意志で選択する事が重要なんだってさ。全くもって理解不能な理由だけども、僕は所詮、下っ端だから、それ以上は知らされていないし答えられないよ」
精神干渉では駄目で、自分の意志で選択する事が重要……?
……いや、今は考えなくていい。考察は後でやる!
俺は、未練がましい意識を首を横に振ることで強引に切り替えた。
「もう一つ、これは質問というより確認だが、現代魔術聯盟の要求は『俺と蕃神信仰の繋がり』と『MCG機関への内偵』だったな?」
「らしいね」
また、他人事のように適当な返事を……しかし、成程、そこまで知らされているか。驚いたような気配もない。ならば、よし、これで十分だ。
「じゃあ、俺の返答を言うよ」
「はぁ……やっとか?」
挑発じみた呆れ声を聞き流しつつ、詰まる喉を飲み下す。
俺は緊張しているのか? ――大丈夫さ、俺は一人じゃない。振り向かずとも、背後の二人が力強く頷いたのが分かった。それだけで、心の底から無限に勇気が湧いてくる。
「『受諾』する! 俺は現代魔術聯盟の要求を呑み、その望みを実現させる為に努力する!」
これで俺は一歩踏み出した事になる。それが破滅へ続く道なのか、それとも栄光へ続く道なのかはともかく、未踏の領域へ勇気だけを頼りに一歩踏み出したのだ。
ある予感が合った。この選択の結果、待ち受けているものがなんであろうと、俺はけして後悔しないだろうという予感。それはどこまでも清々しい気持ちとなって、俺の心を満たしていた。
「返答――確かに受け取った!」
[黒い何か]の向こうで、これまでずっと大人しくしていた奴が動き出したのが分かった。
「
奴が嬉しそうにそう叫ぶと、[黒い何か]の向こうから人の気配がパッと消え失せ、こちらに漂ってくるものは静寂だけとなった。
帰ったのだろうか? と背後の二人と顔を見合わせていると、突如としてゴーンと距離感の掴めない不思議な鐘の
ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
「匡人様……何でしょうか、この音……」
「分からない。が、警戒はしておこう。――と、見ろ」
その時、ふと
そっちは良いとして、背後の方はどうだろうかと振り向くと、こちらの[黒い何か]も崩れ始めていた。
「場合によってはイサとリガヤ少尉は置いてゆく。【霧】があるという事は死んではいないだろう。【瑞】によって此方に敵が抜けて来る事はないと思うが――」
「う、この匂いは……!」
最初、その匂いに気付いたのは艶島九蟠だった。鼻に手を添えて顔をしかめた。それに続いて十二林杣入、俺という[黒い何か]に近かった順番で匂いを感知した。何かが焦げたような嫌な匂い……。
「――【霧】の漏れてる方は良い! こっちを最大限に警戒しろ!」
焦げたような匂いなのだから、十中八九、灰崎さんの仕掛けである事は明白。その筈なのだが、どういう訳か俺は灰崎さんの勝利を全く想像できなかった。神経質な程に、浮かんでくるのは最低最悪の未来だけ。そんな訳がないと願う思いとは裏腹に、現実はとてもあっさりとそれを俺たちに見せつけた。
[黒い何か]は、頑張れば通れなくもないぐらいに崩れた。
彼等の位置関係を一度見て覚えていた事が幸いした。見ていなければ、きっとどっちの黒焦げが灰崎さんなのか、判別できなかった事だろう。迷うこと無く、俺は奥の黒焦げに駆け寄った。
「灰崎さん! あ、あつッ!」
伸ばした俺の指は、焼けた鉄板のように熱くなっていた身体に弾かれる。前のめっていた意識も共に一旦退くと、彼の身体の様子がさっきよりも詳細に見えてくる。着ていたMCG制服も、髪も、皮膚も、いつも眠たそうだった眼も、全て焦げて溶けて見る影もない。微妙に縮こまった姿勢でピクリともせず床に横たわっている。
肺腑が、主人たる俺の許可を得ずに忙しなく動き、浅い呼吸を繰り返す。人はこんなになってまで、生きていられるものだろうか。
――無理だ。
脳裏に過る現実的な帰結。しかし、俺の手はそれを無視して、焼けるのも構わず灰崎さんの熱くなった腕を掴んだ。
いや、生きている筈だ! 灰崎さんは大丈夫だ。すぐに医務室に戻って治療を受ければ治る……治るんだ。
「マサト!」
その時、背後からイサとリガヤ少尉も走ってきた。
「イサ、そっちも無事だったか!」
「うん! でも敵は逃がしちゃったヨ!」
全力疾走で迫りくる彼等の勢いに押されるようにして、俺は右手を螺湾さんの肩下に潜らせた。これで条件は満たした。
「皆、俺に掴まるんだ!」
まずクローンの二人が、次に覆いかぶさるようにしてイサとリガヤ少尉が俺に触れた。どうやら、イサが予めリガヤ少尉に伝えておいてくれたらしい。
間髪入れずに《掴む》は『医務室』――〈x -3,813,434.547m〉、〈y 3,478,721.882m〉、〈z 3,737,084.835m〉――その一室の座標。転瞬、光量差により眩んだ意識を、落下の衝撃と冷たい床の感触が即座に呼び醒ます。
「また怪我人!?」
「――
転移先で俺たちを出迎えてくれたのは、医療班に所属する
「一番、死にかけているのは誰!?」
「灰崎さんです! 診てください、火傷が酷くて……!」
俺の抱える灰崎さんを視界に捉えた瞬間、鉤素さんの顔が強張ったのを俺は見逃さなかった。
「とにかく、ここだと邪魔になるから向こうに並べたいわ。そっちの――」
「法倉螺湾さんです」
「法倉さんも一緒に動かしてもらえる? 他は軽傷みたいだから、治療は後で良いわね。はい、せーの」
鉤素さんは速やかに灰崎さんの熱された喉元に触れて能力を使いながら、元・医者らしくテキパキと指示を飛ばす。二人を他の負傷者と同じようにマットの上に並べ終えると、鉤素さんは灰崎さんの顎を持ち上げた。気道確保の動きか。
大丈夫、灰崎さんは治るんだ。
「もう、良いわよ。誰かの指示があるまでは何処か邪魔にならない所で待機していて。力仕事以外で素人の手助けは要らないから」
突き放すような鉤素さんの物言いに、俺たちは皆で顔を見合わせた。脱出には成功したが、まだやる事がある。
「……俺は暫くここにいる。後で報告をしなければいけないからな、意識を取り戻した二人から事の顛末を聞いておきたい」
「じゃあ、リガヤと私は部屋を出て本隊に連絡を取るつもりヨ! お医者さんの邪魔になりそうだしネ!」
「私と九蟠は……仲間との連絡を取っておきます。今後の為に」
別れと再会の言葉を交わし合い、俺たちはそれぞれの目的の為に別れた。その間際、十二林杣入は「例の話はイサへも伝えておきます」と小声で付け加えた。
退室してゆく彼等の背中を見送り終えた時、俺は異変に気付いた。
「ちょ、ちょっと……」
「……何か?」
「な、何で、灰崎さんから手を離して……まだ、全然治ってないように、見えるんですけど……?」
鉤素さんは、灰崎さんの喉元から手を離し、ガリガリと紙面を削り取るような勢いでトリアージ・タッグに記入していた。そして、俺の質問には答えずに、書き終えたトリアージ・タッグを灰崎さんの上にパラリと投げるような粗雑さで落とした。
俺の全身から血の気が引いた。
0、I、II、III――と、4つあるカテゴリーの内、歪んだ走り書きの丸が付けられていたのはカテゴリー0、無呼吸群と呼ばれる黒色の分類だった。要するに「治療の必要なし」という事。
もう、死んでいるから……。
「そ、そんな……! もう少しだけでも……!」
「……悪いわね。呼吸が戻らないのよ。私の《能力》では……いえ、【瑞】でも[魔術]でも、死人を生き返らせる事なんて芸当は出来ないと思うわ」
冷や水を浴びせられたような気分だった。しかし、そんな俺を置き去りにして、鉤素さんは既に螺湾さんの治療に取り掛かっている。
当然の事として見切りは必要だ。医者とは多数の命を預かる仕事なのだから、そういう合理性は必要。それは分かっている。分かっている筈なのに、俺は「冷淡だ」と糾弾したくて堪らなかった。
「――嘘だ」
何が嘘だよ。俺は覚悟していたじゃないか。分断され、血濡れた灰崎さんに制止された時……再び相見え、黒焦げになった姿を見た時……何なら戦闘前、会議中、それこそ普段の事務作業をしている時だって俺は常に皆の死を覚悟していた。それが今更、何だよ。何を動揺している。左手まで、震わせて……。
「お、俺、俺は……まだ、灰崎さんの『正義』を聞いていないんだぞ……」
――ああ、そうだ。聞いていなかった。
思えば、俺に最初の指針をくれたのは灰崎さんだった。何も持っていなかった俺に取って、『これから知っていけばいい』という言葉がどれだけ救いとなった事か。筆舌に尽くし難いものがある。そして、その後にしてくれた『エゴ』の話もそうだ。どちらも、俺の胸に深く刻み込まれている。
分かっていなかった。口ではどうとでも言える。
どうしようもなく知りたいよ。その胸の内にどんな『正義』が秘められていたのか。今すぐにでも起き上がって、俺に教えてくれよ……!
「灰崎さん……!」
「う、ぐ、う……」
その時、螺湾さんが意識を取り戻して呻き声を上げた。トリアージ・タッグはカテゴリーII、黄色の分類。治療は必要だが緊急性はないという事。これ自体は全くもって喜ばしい事の筈なのに、俺の心は微塵も動かなかった。
「
そう言い残して、鉤素さんは別の負傷者のもとへ速歩きで去っていった。この時ばかりは、医者の仮面に隠された彼女の素顔の情が見えたような気がした。
……そうだな。慰めには、なるかもしれない。
「螺湾さん」
「こ、ここは……」
「医務室です。死なない程度に治してもらいました」
「あ……灰崎」
螺湾さんは、まだ痛むだろう首を無理矢理に曲げて灰崎さんの方を見た。その視線の先にはちょうど灰崎さんのトリアージ・タッグがある。彼は目を見張った後、ぐったりとマットに頭を戻した。
「螺湾さん、そっちの戦闘の事を聞いてもいいですか?」
「……良いよ」
ポツリ、ポツリと螺湾さんは戦闘の事を教えてくれた。時折、苦しそうに顔を歪めながらも、さして支えることなく。記憶はしっかりしているらしい。
「灰崎の奴、きっと最後に《異能》を使って僕を守ったんだ……でなけりゃ、あの爆発の中で生きてる筈がない……」
それも、その言葉を最後に途絶えた。
可燃性ガスの爆発によって、内側と外側から同時に焼かれて死んだのだろう。彼のⅣ/
献身的な自己犠牲……それが灰崎さんの『正義』なのだろうか。
ふと思う。その答え合わせは一生涯できないのだ。
俺はもう居た堪れなくなって、無言でその場を離れようとした。が、その袖を引く者がいた為に留まらざるを得なくなる。
「待ってくれ」
「……螺湾さん?」
「他の誰かに回収されてしまう前に……」
どういう事かとその意図を掴みかねていると、螺湾さんは「耳を貸してくれ」と俺の袖を更に強く引っ張った。そして、周囲の喧騒に届かぬ小声で俺の耳元に囁いた。
「灰崎の制服の中にUSBメモリとMCGにマークされてない携帯端末がある……灰崎は、自分よりもそっちを守っかもしれない……確認して、くれ……」
彼の強い意志に背中を押されるようにして、俺は灰崎さんの懐をまさぐった。そして、微かに見つけた硬い感触の場所を集中的に探り、USBメモリと二つの携帯端末を発見した。
片方の携帯端末には見覚えがある。手帳型のケース。多少の傷と汚れの痕跡、灰崎さんが常用していた私物のものだろう。という事は、もう片方の新品同様に小綺麗な携帯端末が、彼の言う「マークされてない携帯端末」なのだろうか。
「灰崎のは隠さなくても良い……だが、そっちのとデータは誰にも見られないように……灰崎の亡き今、中身は君に託す……」
「託す?」
「操作は……」
「それは大丈夫です。俺、やっぱり機械音痴じゃないみたいですから」
「……そう、か……」
言いたいことを言い終わると、それきり螺湾さんは眠るように目を閉じてしまった。まさかと思い、慌てて脈と呼吸を計ると、弱々しいながらも暖かい生命活動が確認できた。最悪の事態ではなく、ほっと一息を吐く。
その後は容態の変化に気付いた看護師の人に螺湾さんの看護を任せ、俺は部屋を後にした。
今の気分は、さっきとは比べものにならない。
灰崎さんが命に替えても守ったもの……そこには、必ず彼の『正義』に繋がる何かがある筈だ。
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