宙の音色

冬ノ千

第1話始まり

 終業のベルが鳴る。その音で机に突っ伏していた顔を上げる。


「やっぱりきれいだな」


 窓から夕陽色に染まる街並みを見て小さくつぶやく。


「なんだよ陸翔、いつもおんなじことしか言わねーなー」


 あきれ気味に横の席の佐野亮が話しかけてくる


「別に誰にも迷惑かけてないんだからいいだろ?」


「いやいや、夕日みて毎日キレイだ、って言ってるやつ普通にひくぞ?」


 ケタケタと亮が笑ってくる。いつものことだと無視をしつつ帰るために身支度を整える。


「おい五十嵐、帰り支度終わったらでいいから、あとで情報化準備室寄ってくれー」


 担任の長野孝之がそう声をかけてくる。


「おい陸翔、なんか長センに怒られるようなことしたのか?」


「いや、そんな覚えないけどやっぱ呼び出しとか緊張するよな・・・」


「まあしっかりと反省するこったな。じゃ、お疲れー」


「クソ、他人事だと思って・・・」


「そもそも、隣の教室なんだから、ここで言ってくれてもいいだろ・・・」


 これ以上ぐちぐち言ってもしょうがないと考え、ため息をつきつつ荷物を取り立ち上がり、自分の教室の真横の情報化準備室に向かう。

 準備室のドアの前でノックをして室内に入ると、暖房の温かい空気が体中にしみる。

 みんな思うだろうけど、教師のいるとこだけ冷暖房どっちも完備ってずるくね?


「失礼します、長野先生に呼ばれたんですけど」


 一番奥の机を陣取っている長センこと長野先生がこちらに気づく


「おー悪いな、こっち来てくれー」


 指示通りに、長センの机の元まで行くと、プリントの束を渡された。


「これを葵のところに届けてくれ」


「葵って、葵深月ですか?」


 葵深月は、家が近くで、小さいときによく遊んでいた所謂いわゆる幼馴染だ。


「葵はあまり学校来ないから、近いうちにある定期試験をまとめたプリントを渡してほしいんだ。五十嵐、確か家近かったし、頼んでもいいか?」


 そう、詳しくは知らないが、葵は学校に来ない。というより、来れないというほうが正しい。なんでも、重い病気にかかってしまったらしく、今はよくなっているらしいが、今でも自宅で療養をしているらしい。


「いや、確かに家は近いですけど最近は話すこともないですよ?」


 帰り道の途中で少しだけ道がそれる程度なので、手間ではないが、最近話すこともなくなった女の子の家に行くのは俺のような女の子と話すことがほぼない人間にとっては些かいささかハードルが高い。


「まあまあ、プリント渡して帰るだけだし、親御さんに渡すことになるだろうから、直接渡すこともないだろうし、別に大丈夫だろ」


 え、親に渡すのも緊張すると思うの俺だけ?


「・・・女の子の葵の友達に頼めばよかったんじゃ?」


「葵がいつも仲いい奴らは葵と家が遠いからな、さすがに夜道を女の子だけってのもよくないだろ。その点、お前なら男だし家も近いだろ」


「まあ、このご時世、そんな危険ってこともないと思いますけどね・・・」


「備えあれば憂いなし、だ!とにかく、渡すだけだから、協力してくれ」


「まあ,このくらいなら大丈夫です、それじゃあ、俺帰るんで、失礼します」


「おう、葵の親には伝えておくから、気をつけて帰れよー」


 受け取ったプリントをカバンに入れ、軽く頭を下げ準備室を後にする。

 武道場の入り口で靴を履き替え、外に出る季節的には秋だが冬に入りかけなので少しだけ風が肌にしみる。高校の最寄り駅に向かって歩き出し、闇に包まれつつある空を眺める。


「空、好きだったな」


 これから向かう場所にいる女の子のことを考える。

 小さい頃は空が好きだった。今はどうなのだろう、暇つぶしにそんなことを考えながら駅に向かい最寄駅から自宅の最寄り駅で降りる。


 直接会うことはないだろうけどな、あってもパニックになって碌ろくな会話にならないだろうしな。

 自分で言ってて少し悲しくなってきたな・・・

 だが、実際問題高校でほとんど女の子と話すこともないため、どうしようもない。


「もう少し女子とも話せるようになりたいよな・・・」


 小声でそう呟いて、自分の最寄り駅を出る。

 昔は遊んでいたりもしたので、家に遊びに行くこともあったが、物心つく前の話。今行くとなると緊張しかない。

 初めになんて言えばいいのだろう、と思考せつつ、目的の家に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る