死神と運命の女10
「――で。雁首揃えて戻って来たわけですね。まあ、私もまさか獄中のカルロス・ケニーが殺害されるなんて想定はしていませんでしたが」
教会ロンディヌス支部の副支部長室。かつてカーマンが座っていた席に、相変わらず黒一色のガトーは着座していた。
入室して早速、エレンが一歩、彼の机に詰め寄った。
「ガトー副支部長。貴方が教えてくれた死神の内容はあまりにも抽象的に過ぎます。カルロスを殺したあの女が言ったことが真実であるなら、死神という悪魔は特異能力者に接触してその能力の使い方を間違った方向に導いている。そんな奴が一体どうして、この世界の悪魔の一掃に役立つと言うんですか?」
詰め寄られたガトーは、わざとらしく肩を竦めた。
「……これは教会本部のトップシークレットだったんですが。まあ、組織がごたついている今ですし、貴女方に言っても問題はないでしょう」
そう言って彼は引き出しから古びたファイルを取り出す。ファイルには、過去に特異能力者が起こした重大事件の新聞記事がいくつもスクラップされていた。
「本部は死神が、特異能力者の能力を開花させていることを随分以前から把握していました。特異能力者が起こした事件の裏には大抵彼の影があることも知っていて、都度隠ぺいした」
短気なエレンは即座に噛みついた。
「どうしてそこまで知っておきながら教会はそんな危険な悪魔を野放しにしていたんですか! 国が能力者を利用しようとしていたことと関係があるんですか!?」
声を上げこそしなかったものの、マリアも同様に、ガトーを厳しい視線で睨む。しかしガトーは動じなかった。
「それもあります。ですが教会の意図はそれだけではなかった。あれは人間を多く殺すのと同様に、悪魔も多く殺すのです」
だから、生かす価値があったのだとガトーは言った。
「君たちも知っての通り、この地上にいる悪魔は爆発的に数を増やすことは絶対にない。母体となりうる悪魔はごく少数だからです。だから我々修道士の先達は悪魔をこの地上から一匹残らず排除できると信じて疑わなかった。けれど現実どうでしょう。今の今に至るまで悪魔はなぜか絶滅せず、しぶとく生きながらえています。それはなぜか? 調べれば簡単なことだった。
この地上にいる悪魔には、二種類いるのです。ひとつは原初、魔界からこの地上にやって来た本来の悪魔。そしてもうひとつは、この地上に漂う怨念の類が魔となって変化した悪魔。後者はこの地上から怨念がなくならない限り、際限なく生まれ続けるのです。だから近年、悪魔の数は増加している」
ガトーの言葉を受け、エレンは面食らい、同時に身体から力が抜けた。それでは悪魔の掃討など、夢のまた夢ではないかと。
ガトーは言った。
「先達も君と同じように絶望したでしょう。しかし、そこで彼らが知ったのが死神という存在です。教会がその存在を知ったのは百年ほど前、ちょうどテリオワ大戦が終結した直後だったと聞いています。戦争で空になった村に墓荒らしをする子鬼が溢れかえっているという通報を受けて教会が師団を組んで現地に向かったところ、彼らが到着した頃には子鬼は全て滅せられていた。目撃者がひとりだけいましてね、空き巣を働いていた不埒者の老人ですが、赤毛の男が子鬼を一瞬で殺した、さながらその姿は『死神』だった、と。
大戦の影響で若い修道士の数が激減していたこともあり、教会はその死神を利用できないかずっと考えていたわけです。しかし彼は神出鬼没で、つかみどころのない存在。探索にも苦慮しているわけですが」
エレンは首を振り、ガトーに食って掛かる。
「ミスター・ガトー、そのお話を聞いても私は納得いきません。教会は悪魔を滅するための組織、そのような危険な悪魔は一刻も早く、総力を挙げて抹殺すべきです!」
しかし。
「あれを殺すのは絶対に不可能です。死神とはそういう存在です」
これまでずっと淡々としていたガトーの言葉に、妙に力が入った瞬間だった。
まるで経験をしたかのようなその言いぶりに、その場にいる誰もが疑問を覚えたほどに。
「……さて、私が持っている情報は以上です。ミス・テンダー、貴女があれをどうしても滅したいと言うなら私は止めません。しかしそれこそ
エレンの顔が屈辱でかっと赤くなる。血が出そうになるほど唇を噛みしめて、エレンはぐっと堪えた。傍らにいたマリアが一歩前に出てガトーに問う。
「では、そんな悪魔を教会はどうやって利用しようとお考えだったのですか? 勿論考えがあったのでしょう?」
ふふ、とガトーは笑った。
「ミス・テンダーには伝えていたのですが、この件、本来なら君の師に負わせる命だったんです。これでお分かりですか?」
マグナス神父なら、人並み外れた『誘引力』によって上級悪魔も手懐けることができる。彼が離反した今、それを代行できるのは弟子のマリアだけだ。
「後ろの使い魔、あまり怖い顔をしないでほしいですね。本来なら彼女は罪人の一味と疑われ断罪されるところ、こうして修道女として世のためになる使命を与えられているのですから」
「……回りくどい真似を。最初からマリアを利用するつもりだったんじゃないか」
ロアの言葉の通りなのだろうと、マリアも理解した。それでも。
「ミスター、先ほど貴方はミス・テンダーに言いましたね。『どうしても滅したいなら止めない』と。
私は、死神と相まみえたなら、それを滅します。それでもよろしいですか」
ほう、とガトーは口の端を上げる。この時ばかりは彼の虚ろな黒い瞳も笑っているように見えた。
「では死神探索任務は続投ということで。ミス・テンダー、君は彼女を補佐しなさい。件のアリシアという特異能力者も、利用できるなら利用するといい。殺人犯といえどかなりの逸材です。あるいは死神の足元を掬えるかもしれません」
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