第20話『無理は禁物』
一つ思ったことがある。
私は大河さんに認められ、嬉しいのだけれど何故か彼から敬語が出てこない。しかも、私の事を呼ぶ際は"お前"とか"てめぇ"酷いときは"おい"なんて事もある。
──私は貴方の召し使いじゃないんだけど!!
高台から四国に帰る途中、大河さんの背中に乗りながらも、ふと思ったのだ。
でも、それは逆に私に心を許してくれているんだと思うことにした。
そして高台へ行った次の日。
私は、今日担当の楽くんに大河さんが今屋敷にいるか尋ね、いることを確認してから彼の元へと向かった。
その理由は、石英病のこと。
昨日、薬を貰いにいくと言っていたけど、ずっと気になっていたのだ。
勿論、薬は貰ってしっかり飲んでいるだろうけど、この目で確認しないと気が済まなかった。それに昨日、彼が帰ってからなんだか急に顔が見たくなったのだ。
理由なんてない。本当に何となくだ。
私は、前に案内された大河さんの執務室の前へとやってきた。
「大河さん」
部屋をノックするが、一応声をかけた方がいいだろうと中にいるだろう大河さんに呼び掛けるも、なかなか返事がない。
楽くんは、執務室で仕事してるって言ってたんだけど。
どこか出掛けちゃったのかな。
「あ、ちょっといい?」
「はい」
たまたま近くを通りかかった使用人の妖狐の子を呼び止め大河さんはどこにいるのか、聞いてみれば彼はやはり執務室にいるという。
「先程、中へ入るのを見ました」
「そうなの? 呼んでも返事がないんだけど」
「そうなのですか?」
使用人の子に現状を話すと、不思議そうに扉に近づいていく。
中を確認してくれるのかと思えば、彼はその場から私と同じように大河さんを呼び掛け始め。
「大河様! 大河様!」
何度、名前を呼んでも返事がない。
やはりいないんだろうか。
「入っていいかな」
「い、いや……しかし」
いるのか、いないのか早くはっきりしたかった私の言葉を聞いて、少し青ざめる使用人の子。
その様子を見て、きっと普段から大河さんの許可なく入るな。と言われているんだと推測できる。
使用人なんだからそのくらい許可すればいいのに。
「あ、でも……自分は怒られてしまいますが、陽菜様なら大丈夫かもしれません」
「え? 私なら大丈夫?」
「はい」
その言葉を聞いて、昨日の雫さんの言葉を思い出してしまう。昨日からみんなしてなんなんだ。
でも使用人の子は雫さん達のような意味深な理由?でないかもしれない。私が聖妖様だからかな?
しかし、そんな事を聞く前に使用人の子は「失礼します」とそそくさと立ち去ってしまった。
その場に残された私。
仕方ない、怒られるのを覚悟して入ってみよう。
内心バクバクと鼓動が早くなるのを感じつつ、汗ばむ手で扉の取っ手を掴み、捻る。
ゆっくりとドアを開けてみれば、部屋の中心にデスクがあり、書類が積み重なっていて。部屋の壁は全て本棚で、本やファイルのようなものや巻物がズラリと並んでいる。
そして、デスクをよく見てみれば椅子に座りデスクに突っ伏している大河さんの姿があった。
「大河さん!?」
倒れているんじゃないかと、驚き駆け寄ってみればすぐに寝息が聞こえてきて、安堵のため息を溢す。
しかし本当にビックリした。まさか石英病になってしまったんじゃないかと思った。
突っ伏して寝ているが、顔は横を向いている為、ちょうど大河さんの寝顔が目に入る。
これは、レアなんじゃないか!?なんて、若干テンション上がりぎみの私はつい、大河さんの寝顔に近づき、ジッと見つめる。
前々から端整な顔立ちだと思ってたけど、本当かっこいいよね。って言っても、この姿は変化?とかいうやつだろうから、この容姿は大河さんのイメージなんだろうな。
そしてジッと大河さんの寝顔を見つめている時だった。
「陽菜様?」
「!!」
突然名前を呼ばれ、飛び上がりそうになってしまった。
慌てて大河さんから距離を取りつつも、入り口に目を向けてみれば、その声の主は楽くんで。彼は「どうしたんですか」と言いたげな表情をしながらも部屋へと入ってくる。
「あ、大河様寝てしまっていたんですね」
「う、うん」
「ん……」
大河さんが寝ていることに気がついた楽くん。しかし彼とのやり取りで目が覚めたのか、大河さんは小さな声を出しながらもむくっと体を起こす。
そして目を擦り、欠伸をしながらもゆっくりと瞼が開いていき、彼のまだ少し寝惚けていそうな目線は私の目と重なった。
「ん、お前……」
「大河様、お疲れのようなので少しお休みください」
「楽もいたのか。大丈夫だ」
棒立ちしている私に、大河さんの体を気遣う楽くんを交互に見ながら、体を伸ばしつつ何度も欠伸をする大河さんはなんだかお疲れのようだ。
昨日のお出かけが何か関係しているんだろうか。
「大河さん、疲れてるの?」
「昨日、戻られてからずっと溜まっていた仕事を夜も寝ずにやっていたので」
「え!」
「楽、余計なこと言うな」
「申し訳ありません」
楽くんの言葉で驚けば、直ぐ様大河さんが口止めをする。が、もう聞いてしまった。昨日戻ってから?って高台から戻ってきたのは昼頃だ。
じゃあもう長い間、仕事してるってこと? そんなに仕事溜まってたのに何で私を連れ出してくれたんだろう。
「大河さん、休まないとダメだよ」
「このくらい大丈夫だ」
「でも……」
「うるせぇな」
完全に疲れきっているはずだから、休んで欲しいのに。
案の定私が言っても言うことを聞かない大河さん。
こういう妖はどうしたら休んでくれるんだろうか。
楽くんの言葉にも、私の言葉にも耳を貸さない大河さんはゆっくりと立ち上がる。
もしかしたら雫さんに言ってもらったら、言うことを聞くかもしれない。以前から思っていたんだが、四人の長達は同等の立場なのに、皆あまり雫さんに逆らっていないんだよね。
そんな事を考えている時だった。
さっきまで寝ていたのと疲れのせいか、フラフラと歩く大河さんを目で追っていれば、急に体のバランスを崩してしまい倒れそうになってしまったのだ。
「危ないッ!!」
「陽菜様! 大河様!」
倒れそうになった大河さんの体を慌てて支えるも、成人男性の姿をした彼はやはり重い。しかし、大河さんも大河さんなりに倒れないよう私の体に抱きついてきて。
なぜか、抱き合っている状態が完成してしまった。
「ッ!!」
「悪ぃ……」
本来の姿の彼に触れたことはあるものの、今の姿の大河さんと体が密着したことなんてなかったせいで、急に鼓動が早くなっていってしまう。
それにふわりと鼻を通り抜ける香りに、彼の体温で尚更鼓動を早くしていく。
しかし、大河さんはこの状況をなんとも思っていないのか、支えてくれたことに対して謝ってくる。
「私は、大丈夫……」
「陽菜様、僕が代わりますね」
「あ、ありがとう」
「大河様、このままお部屋へ行きましょう」
「あぁ……」
楽くんが代わってくれた事で、ようやく大河さんから解放されたもののまだ鼓動はバクバクと早く動いていて、それに顔も熱い。何で、何で大河さん相手にドキドキしてるの。
「陽菜様、宜しければご一緒に来てくださいませんか」
「あ、うん!」
両手で熱くなった頬を触っていれば、ぐったりとした大河さんを背負った楽くんに声をかけられ、慌てて後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます