第18話『五つ目の国』
目の前に突如現れた、覚の妖は前のように顔が見えないって事はなく、ヘアピンのようなもので前髪をまとめ、上へあげて止めていた。だから今日は、彼の糸目で優しそうな顔が一目瞭然。
しかし、優しそうなのに何故か嫌な感じがするのは気のせいだろうか。気が付けば持っていた花をぎゅっと握りしめてしまっていた。
「陽菜様、お迎えに上がりました」
ジッと見つめてしまっていた私にそう囁きながらも近づく覚の妖。そして私の前に来たとき、彼はゆっくりと手を近づけ、頬に触れてきたのだ。
「こいつに近づくな!!」
「!!」
初めて会ったときとは少しだけ雰囲気が違う彼に、見入ってしまっていたら、後ろから大河さんの声が聞こてきて。その直後、私の頬を触れていた手が払われ、視界から彼を遮るように大河さんが立ち塞ぐ。
大河さんの声と姿によって我に返った私は、まるで危ない妖のような態度をする大河さんに東の国に住んでいるんじゃないかと聞いてみたが、その答えはすぐに否定されてしまった。
「東の国にこんな妖はいねぇよ」
「え?でも、秋真さんが覚の妖はいるって」
「俺も東の国の覚の妖とは面識あるが、こいつは違う」
「え、じゃあ……あなたは何者?」
大河さんの言葉で、急に恐怖心が出てきた私は震える声で彼に問いただしながらも、大河さんの後ろから覗くように見てみれば、覚の妖はニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。
「ふふ、私は名はなき国に住んでいる者です」
「やっぱり、"無法の国"の連中か」
「えぇ、"ぬらりひょん様"より聖妖様を連れてくるよう仰せつかっております」
「ぬらりひょん……」
「行かせるわけねぇだろ」
"ぬらりひょん"と彼の口からでた瞬間、私の頭の中には妖怪の総大将という名と、妖怪巻物に載っていたというお年寄りの絵が思い浮かぶ。
あの、ぬらりひょん? でも無法の国って。それにあの時のこの妖の言葉って?
頭の中が混乱してきてしまい、訳がわからなくなってきたとき、私を守るように立っていた大河さんが私にしか聞こえない声で「下がってろ」と言ってきたため、慌てて後ろへと下がった。
「悪いが、俺がいる限りこいつを連れていけると思うなよ」
私が下がったことを確認した大河さんは、覚の妖を睨みながら少し上げた右手の手のひらを上にする。
その直後、彼から怒りが籠った力が溢れてくるような気がしてきて。何故そんな感じがあるのか、大河さんの右手を見ていれば、突然ボッと青い炎が手のひら現れたのだ。
「!!」
これは狐火なのだろうか。
しかし今はそんな事はどうでもいい。ここで戦かってほしくない。どうにかしてとめなきゃ。
そう思うも張り詰めた空気に飲まれ、足が震えてしまって動かない。
大河さんを見れば戦うつもりだし、覚の妖を見るが不気味な笑みを浮かべたまま。かと思った直後、彼は糸目を少しだけ開き、小さくため息をついた。
「はぁ。 貴方は聞いていた通り、血の気の多い方だ。 私は戦う専門ではないので遠慮しておきます」
「は?」
突然の彼の言葉に大河さんは間抜けな声を出し、唖然としている。それもそうだろう。ついさっきまで、二人は戦ってしまいそうな雰囲気だったんだから。
「私はただ、ぬらりひょん様に陽菜様を連れてくるよう言われただけ。 そんなに戦いたいのなら、我が国の血の気の多い妖を送りましょう」
「結構だ。それとぬらりひょんに伝えておけ。"今回も諦めろ"ってな」
「……ふふっ」
「!!」
大河さんの言葉に、笑みを溢す覚の妖。
その直後にとても強い風が吹き荒れ、木々の葉が強く
擦れる音がし、私はつい目を瞑ってしまった。
そして、風がやみ、目を開けてみれば、ついさっきまでいたはずの覚の妖は姿を消していた。
「いない」
「逃げたか」
高台にはまた私と大河さんだけになり、静けさが戻る。
そのまま花摘みを再開しようかと思いもしたが、正直、わからないことだらけだ。
大河さんに目を向けてみれば覚の妖を逃がしてしまった事で、苛ついている様子だったが聞かないと気が済まず、声をかけた。
「大河さん」
「なんだ」
「色々と分からないことが……"無法の国"とか"ぬらりひょん"とか」
「……あぁ、そうか。 "五つ目の国"の事はまだ話してねぇか」
<厳密に言えば、この国には五つの国があります>
大河さんの言葉で思い出した。この世界に来たとき、楽くんが言っていた言葉を。
あの時言ってた国って"無法の国"の事だったのか。
そして大河さんはその場に座ったため、私も座れば"無法の国"の事を話始めた。
「"無法の国"はそのままの意味だ。 結界の外には荒くれ者達がいるって話しはしたよな」
「うん」
「その荒くれ者達が出入りしている国だ。そこにいるものは全員荒くれ者で石英病を持っている可能性のある奴等。そしてその国を治めているのは、あいつが言っていた"ぬらりひょん"だ」
「そう、なんですね。 でも何でぬらりひょんは、私をって言うか聖妖様を連れてきてほしいんだろう。石英病にならないよう、結界張りたいから?」
「アホか。 お前の、聖妖様の力をほしがってるんだよ。 前の聖妖様の時もたまに刺客を送ってきやがったんだ」
「成る程……」
そういうことか。これで、気になっていたことが少し解消された。
楽くんが言っていた"五つ目の国"、それに大河さんがなぜ急に武術でも出来るようにしておけと言い出したのか。
しかし、それと同時に知りたくはなかった事を知ってしまい、気持ちが一気に下がっていく。
「じゃあ、これから私はぬらりひょんに狙われるって事か……」
「そうだな。でもまぁ、大丈夫だろう。 なるべく俺たちが近くにいるようにするし、楽達が常に城にいるしな」
「……うん」
「前にも言ったが、お前を守ると言っただろ」
「!」
少しだけ不安に思っていた気持ちが顔に出てしまったのか、大河さんはまたこの前のように私の頭に骨張った手を乗せてポンポンと撫でてくる。
そのせいでまたドキドキし、それにくわえ、顔が熱くなってくる。
<ご安心ください。貴女様は俺がお守りいたします。指一本触れされません>
聖妖様の事を聞いた際、命を狙われると聞いて怖がっていた私に向けて言ってくれた言葉を思い出す。
確かに言ってくれた。あの言葉のお陰で恐怖心は無くなり、心強かった。
──きっと大丈夫だよね。
「でも、指一本以上触れられたけどね」
「なッ!! あれはてめぇがボケッとしてるからだろ!」
「ボケッとしてないし!」
不安感が無くなり、大河さんに対してドキドキしている事がバレたくなかった私はつい言い返してしまっていた。
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