あー! おっかしい!
「ねえねえ、葵君、話あるしさー。あっちの広い席行かない? 」
「そうそう、この前はほら、中途半端に終わったでしょ、ナツが途中で怒るからぁ」
「でも、本当、サークルで先輩に怒られちゃうから。話そう、ね?」
ああ。サークルで分かっちゃった。分かりたくなかったけれど、分かってしまった。
この子達、正真正銘この前の子達だ!
あれだけ冷たくあしらわれていたのに、まだこんなに気軽に話しかけられるなんて、なんて神経図太いんだろう。
まあ、葵君小柄だし女性っぽさのある綺麗系だし、怒った感じが怖くないのか、本気だと思われてないかの何方かなんだろうけど、にしたって、見知らぬ人の前で長々と話するかな? え、まさかだけど無視されてる? 私。
え、なんて失礼な! そう思うと、怖さが薄れて来た気がする。
私が何か声を掛けようかと思い視線を移すと葵君と目が合った。その瞳の強さに一瞬どきりとしたのだけど、私は不恰好に苦笑いを浮かべるしかなかった。
それをどう受け取ったのか、葵君は彼女達を睨んだ。
「ねえ、他の人と会っている時って、普通挨拶だけで済ませない? 正直会話の邪魔なんだけど。何で絡んで来るかなぁ」
穏やかな筈の葵君のやや高めの声が、私……いや、彼女達の空気を凍らせた。
「絡んでって、そんなつもりじゃっ」
「お姉さんも、別に良いですよね? ご飯、食べ終わってますもんね? 」
ね?ね?と、私に同意を求める女の子達。
けどねぇ、私は今さっき大事な事を言おうとしていたし、まだ飲もうと思っていたし、そもそも、会話の途中で割り込んで来たの覚えていないのだろうか? 都合の良い脳味噌
だ。
そう私が苛立っていると、葵君が立ち上がった。
「真奈美さん、店を変えましょう。忙しなくて申し訳ないんですが、ここじゃゆっくり話も出来ない」
「え? うん。まあ、私は良いけど……」
私はちらりと彼女達を盗み見る。に、睨んでる、睨んでるよー! 私が何したって言うの!! 睨む相手は葵君でしょ?
すると、リーダー格だろうか、ロングの髪の女の子が移動して来て、私の行く手を阻む様に立つので、私は席から出れなくなってしまった。
「お姉さんて、葵君のお姉さん? 」
「……違うけど」
何の駄洒落かと突っ込むのは心の中に留めておいた。そりゃ、お姉さんと言っても過言じゃない年の差だけれど、本当に姉だったらどうするつもりなのだろう、この子。親族に良く見て貰えなくなる可能性が大きいというのに、若さって怖いものだ。
「ちょっと、真奈美さんに絡むな。ナツ……だっけ? そこどいて」
ナツと呼ばれた彼女は少し身を引いてくれた。でも相変わらず睨んでるし、ちょっとしか引いてないから狭いんだけど?! そこを通れと?? 足引っかかっちゃうじゃん!
「真奈美さん……? え、何、どんな繋がり? 」
荷物をまとめていると、ナツちゃん? が葵君……ではなく私に尋ねて来る。失礼な子だなぁ。本当、こんなでは好きな人は一生振り向いてくれないよ?
「それ、貴女に関係ある? 」
言ってから、私は少し後悔した。少々棘があったかも。けど、本当に彼女達には関係ないのだから仕方ない。私、思っていたよりも随分と苛立っているらしい。
「な? はあ?! 何様っ」
いや、お前が何様だよ?! 私は勢い良く葵君に顔を向けた。ちょっと怒りで視線は鋭くなっているかも知れない。
「葵君、彼女達失礼だね。これは可哀想だわ」
「分かって頂けますか、真奈美さん」
葵君はさっきの無表情から困り顔へと表情を変えていて、それが酷く庇護欲を掻き立てたのかも知れない。私は、行く手を阻むナツとやらの肩を強引にぶつかって道を開けさせると、葵の席へ回り彼の手を取った。
「分かった。だから、行こ? 飲み直さないとやって行けないからね」
「お付き合いしますよ」
「違うよ、私が葵君に付き合ってあげるんだよ」
呆気に取られている彼女達を尻目に、私の葵君救出は成功した……と思いきや、ナツが私の肩を思い切り掴んで来た。
「ちょっと、話はまだ終わって無いんだけど!! 」
「こっちに話は無いし、時と場所を考えてくれないかな? 今、物凄〜く目立ってるの、見て分からない? 話したいなら3人で話せば良い。私達を巻き込まないで」
そうなのだ、私達はとてつもなく目立っていて、暫くこのお店には来られないなと思う程、お客さんも店員さんも此方を見ているのだ。ここはさっさと逃げるに限る。
「あ、葵君! 私達本当に」
尚も話を続けようとする彼女に、私はとうとう頭に来てしまった。もうビールも3杯飲んで良い感じだったというのに、彼女達のお陰で散々だ。
「私、葵君とお付き合いしているの。気軽にちょっかい出さないでくれる? 気分が悪くなる」
「え? 」
とか細く口にした彼女を置いて、私はそのまま葵君の手を引き、会計を済ませると直結しているエレベーターに乗り込んだ。
「あの、真奈美さん……? 」
葵君が困惑を貼り付けた顔で私を伺っている。でも、私はそれどころじゃなかった。
「ふ、ふふっ」
「あの、大丈夫ですか?! 」
「ふふふ、あはっふっくく」
私は湧き上がる笑いを堪えるのに必死で、葵君のケアをする場合ではなかったのである。
終に言ってしまった。私はモヤモヤが一気に晴れて爽快感さえ感じていた。
あー! おっかしい!
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