腹立つ〜ぅぅ!!
「言ってる意味が分からないし、年上からかうのは
私は蟹グラタンを食べる手を止め、態とガタッと音を立てて半立ちになり葵君に凄んで見せた。いくら年が違うと言っても、数年違うだけでこんなに訳の分からないものに見えてしまうのだろうか?
私の年代だってゆとりだの散々世間は言うけれど、周りにこんなふざけた事を言って来る奴は居なかったけど?? 『恋愛感情無し』?
「それって只のセフレじゃない」
「いえ、そーゆーのも今の所要らないと言いますか」
私の様子にもしれっとしているこの子は、一体何を考えているのか。
何だか私が恥ずかしい物言いをした様な雰囲気になってしまったじゃないか。
若干怒りが湧いたものの、席に座り直しつつ私はある事に気付いた。
「あ、振りね? 付き合ってる振りをして欲しいんだ、あの子達が纏わりつくから……。いや、無理あるでしょっ?! もっと同年代選びなよ、せっかくならっ! 気になる子の一人や二人ぐらい居るでしょ? 良い切っ掛けじゃん! 」
「……」
ボソボソと葵君が何か言ったのを耳を澄ませて聞いていたのだけど、声が小さくてカウンター越しでは全く聞こえなかった。
「何? 聞こえないよ」
「……同年代だと虐められてしまうかも知れないじゃないですか。本当、しつこいんですよ彼女達。しかも、振りじゃなくて実際にやり取りしないとボロが出ちゃうでしょう? 」
「うーん」
そうなのかなぁ? 女子同士面倒なのはいつの世代でもあるとは思うけど、そんな過激なの? 怖くて私も無理なんだけど?
「その点、年上の彼女なら同年代は圏外だと思われるし、頻繁に突撃かけられないだろうし、滅多に会えなくても疑われない。ほら、真奈美さんにも丁度良いじゃないですか? 暇潰しに」
暇潰しにと聞いて納得しかけてはたと気付く。今、しれっと突撃かけられるとかそんなことを言っていた?
危ない危ない、何この詐欺商法みたいな会話。
私はとっととこの不毛な話を切り上げる事にした。
「突撃かけられるとか無理だし。それにどうやっても無理だよ、姉弟にしか見えないって。年上でももう少し下にしなよ、言いたくないけど君と私いくつ違うのか知ってる?」
「知ってますよ? 」
「ならこの話はお終い。蟹グラタン冷めちゃう」
そう言って、私は改めて蟹グラタンに向き合った。温かさが命なんだから、変な話に構ってられない。ぱくぱく食べ進めると、就業中一度も弄った事が無いスマートフォンを徐に取り出した葵君が、私に向かって……
「はーい、真奈美さん。にっこり笑って下さい」
と、写真を撮る真似をして来た。
止せば良いのに、私はスプーンを置いて軽くポーズを取る。にしても、彼、後でマスターに怒られるんじゃないの? まあ、私には関係ないけど。
直ぐに音がしたので、彼は本当に写真を撮ったらしい。ここが薄暗くて良かった、メイクを直す必要が無い。そんな事を思っている間にも、葵君は何やらスマートフォンを弄っていて……終わったのか、私に画面を見せて来た。
それは無料でやり取りできるアプリの会話画面だったのだけれど、何故か私の写真が貼られている。
嫌な予感に包まれ、私が葵君を仰ぎ見れば、彼はにっこりと、それはもう良い笑顔を浮かべていた。
「もうグループに彼女だって紹介しちゃいました。お願いします、真奈美さん。僕を助けると思って」
何をしてやがってくれてるんだ、この若者は〜?!
「は?! だから無理だってば!! 年考えてよ、はいっこれも嘘だって言って! 今直ぐっ! 」
私が取り上げようと手を出せば、彼はひょいと躱してしまう。それどころか、ブブ、ブブ、と次から次へ返事が届いた音がしていて、私は切実に彼からスマートフォンを取り上げたくなった。
「無理です、皆お祝いしてくれてるんですもん。中には死ねとか……あいつ……。失礼しました。ね、もう後には引けないんです、お願いしますっ!! 」
「私が謝って欲しいのは、口調じゃなくて、内容なの。ちょっとそのスマホ貸して? 私から撤回するからっ」
すると葵君はバイブレーションで揺れ続けるスマートフォンをポケットにしまってしまった。こ、この子腹立つ〜ぅぅっ!!
「ちょっと、葵君! 」
「さて、葵君。何の騒ぎかな? 今スマホを弄ってなかった? 就業中のスマートフォンを弄るのは駄目だと知っているでしょう? 」
「あ、マスター良い所にっ」
私はマスターに助けを求めようと思ったのに、マスターは知ってか知らずか(いや、知らないだろうけど)葵君に顔を向けた。
「罰として裏の倉庫の片付けに行ってらっしゃい」
「かしこまりました! では、真奈美さん。そういう事でお願いしますね! 」
「ちょっと、葵君?! 」
葵君は颯爽と裏に消えて行ってしまい、私の引き止めようと出した手は無駄になってしまった。
「どうかされたんですか? 真奈美さん」
「あっ! マスターあのね……」
マスターに告げ口しようとして、私は気付いてしまった。
葵君にナンパされた? と言っても信じて貰えないという事に。何せ、この年齢差なのだから。寧ろ、私が口説いたみたいに思われるのでは……。
「な、なんでもない、かな? あはっ、あははは〜」
誤魔化しが下手か! と自分で自分に突っ込みつつ、私はグラタンを食べる事にしたのだった。そんな私を、マスターは不思議そうに見つめている。そんなの知らない! とばかりにグラスを煽った。
あんのクソガキ〜!!
時間が経てば経つ程、嘘だと訂正しづらい状況になるし、それに何より、私、葵君の連絡先知らないんですけどぉ〜?!
せっかくの蟹グラタンだと言うのに、私は半ばやけくそ気味に口に詰めて行く。
話しを着けるには、彼を待たなければならなくなってしまったのだから。
そして、結局その後お店が忙しくなって来て、待ち続けた私は話しを着けられずにすごすごと家に帰ったのだった。
次の日、店は休みだと言うのに……。
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