第27話 年明けの慎太郎

 大晦日の夜。

 翌年までおよそ一時間という頃、スマートフォンを握りながら、明日香に新年の挨拶をしようか迷っていた。


 イヴの日から彼女とは連絡を取っていない。


 結局、慎太郎はスマートフォンを置き、新年を迎える前に眠りに就いた。朝には明日香からの連絡が来ている事を淡く期待して。


 新年の朝、街には活気が無い。賑わっているのはテレビの中と初詣の寺社仏閣じしゃぶっかくとセールに盛り上がる店だけで、それらに影響を受けない場所には夜の様な静けさがある。

 商店街の店はほとんどシャッターが下りていた。昼時に近付きようやく店を開けるところもちらほらとあるが、何処も普段よりうんと早く店を閉める予定のようだ。

 慎太郎は人混みを避けつつも、人の気配を求める様に街を彷徨さまよった。


 通りかかった街の大きな本屋は、年始でも開いていた。

 しかし、客はそれほど多くはない。誰もが他人をあまり気にせずに、ただ本とばかり向き合っている。

 明日香が本を好きになる気持ちが、何となく分かる気がした。


 小説のコーナーに行くと、自然と彼女の好きな作家が目に止まる。


 岩節いわふし夏夜見かやみ――『奇譚きたんになる人々の異聞いぶん


 慎太郎はおもむろに手に取った。

 今となっては良い思い出も苦い思い出も詰まった本。

 何気なく、さらーっとページ滑らせる。


 すると、『愛された花』のページを見つけ、自然と手が止まった。


 しかし、やはり途端に活字の波に襲われる。

 慎太郎はさっとページを最後まで流し、本を閉じた。


 だが、そのまま棚に戻す事はできなかった。


 慎太郎はしばしその本と向き合った末、レジへと向かった。

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