第22話 冬のはじめ
透き通るような寒空の下に、明日香の姿は違和感無く溶け込む。
バスを待っている彼女を映す視界に、はらはらと白い粒が入り込むと、その儚さはどこまでも増していくようだった。
箱根に雪が舞い降りはじめる。
「とうとう降ってきちゃったね」
残念そうな台詞も笑顔で言われては待ち望んでいたと分かる。
「マフラーしたら?」
そう勧めると、彼女はリュックからマフラーを取り出し首に巻いた。マフラーから髪を解放する際に一瞬だけうなじの絆創膏が覗く。続いてニット帽を被りこめかみが隠れてしまえば、何処にでもいそうな普通の女の子にしか見えないのかもしれない。
ふと、明日香が手を握ってきた。慎太郎は一度手を放すと手袋を取り、彼女の手を再び握り、上着のポケットへしまった。
彼女の姉に頼まれてからずっと、慎太郎は常に頭の何処かで考えていた。
手術――とは、明日香の傷を治す手術だった。
根本的な治療は未だ無いらしいのだが、医療の進歩もあってか、ごく最近になり、皮膚移植と形成外科の手術で傷をきれいにする事ができるようになったらしい。
彼女の姉は「妹は傷ができた時からずっと治したいと思っていたはずなの」と伝えてきた。慎太郎と交際してからはその想いは一層強くなり、手術ができると知った時は喜んでいたとも聞いた。
しかし、明日香は最近になり手術を拒む様になったらしい。
「ずっと待ち望んでいたはずなのに……明日香から何か聞いてない?」
そう尋ねられ、慎太郎ははっきりとした言葉を返す事ができなかった。
明日香はきっと――。
〇
「どうしたの?」
明日香が尋ねた。すると、意識が帰ってきたかのように彼は応える。
「何でもないよ」
上手な笑顔だ――そう意識できる程度のほんの些細な違和感。
慎太郎が最近よくこうなる事に、明日香は慣れ始めていた。
彼の様子が少しおかしくなり始めたのは、おそらく旅行計画の為に自宅に招いた日辺りから。姉と二人でいた時からと仮定してみると、何を考えているのか大体の予想は着いていた。
うっかりすると彼はまた考え込んでしまう。
雪空に吹く冷たい風も、彼の意識を引き留める事はできないみたいだ。
明日香は彼のポケットの中で手を繋いだまま広げたり、握ったりと、指を遊ばせる。
大丈夫、何も考えなくていいんだよ――。
細やかに戯れる事で、彼の意識を引き留めようとした。
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