メガネ幼女とかいう究極生命体

 俺、スレイこと鈴木康太郎が初等部で授業を受け始めて数日後のことである。体力づくりの一環で校庭で走り込みをしていた。一緒に走っていたいたいけな初等部学生たちを大人げなく何人も周回遅れにしていた昼休みの時間に俺は呼び止められた。


「ベルフォード君、午後の初等部の授業は受けなくてよろしい。明日、高等部で実戦訓練が実施されるので今日中に精霊学実験室へ向かってください。リリアーノ女史から話は伺ってるはずですね?」


 肉なし牛丼のような存在の偽ロッテンうんちゃらさんにインターセプトされた俺はそんな話を受けていた。メガネかけたらいいのに。


「りりあ……? ああ、会長のことか。そういえばその精霊学実験室に行くように言われてました。……って、え? 実戦ですって?」

「そうです。学園が管理する森林地帯で行われます」

「たしか敢えて弱い魔物だけが入れるように調整した結界が張ってあるって森でしたっけ。実戦訓練のために数年前から導入したって言ってましたよね」

「……思ったより授業を聞いてるのですね」


 もちろんだとも。お隣さんのぽわぽわ少女ことアーニャちゃんをずっと授業中に愛でているわけではない。それに寮に帰ったらニアが一般常識や諸々のことを教えてくれるのだ。俺は日々、この世界の知識を吸収している。


 実戦訓練が近々あることも、どこで行われるのかも、なんかテンプレものでお約束のご都合結界が存在することもすべて頭に入っているぜ! 魔物を阻む完璧な結界を国を挙げて実験制作してる内にご都合結界が生まれたって話は聞いててちょっと面白かった。完璧な結界はまだ完成していないらしい。 


 ……しっかしとうとう実戦か。憂鬱だなぁ。俺って虫より大きな動物って殺したことないんだよなぁ……。ネズミすらない。二次元やゲームならともかく現実で殺せってのがハードル高い。


 もちろん俺も何の対策も立ててないわけじゃない。そのための走り込みだったしな。……今のところ俺ってば攻撃手段がないからなぁ。せめて逃げ足だけでもと思って始めたトレーニングだがスレイの体が基礎スペック高くて問題ないっていうね。マジで主人公の体ってすごいわ。


 今はもっぱら元の体との齟齬によってよろめく体を慣らす訓練になっている。数日たっても微妙に安定しないんだよなぁ……。



「予習復習を頼れるルームメイトが手伝ってくれるもんで」

「そうですか。ご友人は大切になさることですよ」


 ええ、それはもう大切に扱ってますとも! ちょっとからかい甲斐がありすぎて毎回個人レッスンが脱線するけどな。あれだ、アニメでチョロインとか言われている連中は作中で描写されない「数日後」の中の数日で大分好感度稼がれてるんだわ。俺たちの知らない間にいちゃついてるんだぜ。許せねぇよなぁ!


 まぁ、でも今現在は俺がその立場にいるんですが。ふふ、許しておくれやす。


「あ、でも先生。俺ってばその精霊学実験室って場所知らないんだけど」

「それについては案内を買って出てくださった方がいらっしゃいますよ」


 え、それ誰? と聞く前に背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「弟くーん!」


 ネーシャだ。ネーシャが初等部の子供たちをダッシュで追い抜いて両手を広げて駆けてくる。すごい絵面だが、姉の愛だ。受け止めてやるのが弟のつとめ! 中の人の康太郎は年上だけども! ついでに他人だけども!


「ねーちゃん!」

「「ひしっ」」


 飛びつくように駆けてきたネーシャを受け止めて俺はひしっと抱き合った。声に出して抱き合った。うむ、今日も素晴らしい抱き心地である。


「……ベルフォード女史。高等部生徒のあなたが子供のような態度では初等部の子らにしめしがつきません」

「はわわ、すみません……」

「いや、高等部の威厳は俺がかき消してるから問題ないですよ先生」

「だまらっしゃい。……ともかく案内はまかせましたよ。もう授業が始まるので私はこれで」


 俺の華麗なフォローもむなしくなけなしの姉の威厳を容赦なく崩して、偽うんちゃらマイヤーさんは去って行った。……いい加減あの先生の名前聞いた方がいいのかな。


「気を取り直して……。弟君、おねーちゃんが来たからにはもう安心だよ! いっしょに精霊学実験室に行こう!」


 切り替え早いねーちゃんだぜ。ネガティブよりは全然いいけどな!


 今日もめちゃハグ元気な姉といっしょに、精霊学実験室へいざ行かん!


☆☆☆


「そういえばねーちゃんは授業受けなくていいの?」


 現在は高等部も昼の授業の時間のはずだがネーシャはのん気に俺と高等部の校舎の廊下を歩いている。


「ふふん、弟君のために自主休講してきました!」


 不甲斐ない弟のせいで姉が三流大学の生徒みたいなこと言い出した。


「というのは冗談で、ちゃんと会長さんからの要請だよ。それに私は成績優秀で功績も色々あるし多少の無理は通るから弟君はいつでも私を頼ってね! 場合によっては会長さんより発言力強いからね、私」


 うちの姉が生徒会長兼理事長代理よりも強い権限もってるってマジ? 貴族系テンプレ主人公って家族も大概強いよね。


「これから行く精霊学実験室は高等部の筆記試験主席入学者のヘルムントさんが管理している研究室だよ。森林地帯の結界の話はもう知ってたよね? あの結界作ったのもヘルムントさんだよ」

「マジか。なんかすごい人なんだなぁ」

「前線でも期待されるレベルの技術力だからねぇ。今は授業を免除されて日夜精霊学の研究に励んでいるんだよ」


 筆記試験主席と言えば勉強できる=メガネキャラという古来から続く神が創りたもうた様式美だよなぁ! 思えばまだこの世界で天然物のメガネキャラは出てきていない。男だか女だが知らないが期待してるぜ! この際男でもいい。そろそろメガネ分を補給せねば、くっ禁断症状が……!


 アホなことを考えているとやがて件の精霊学実験室に到着した。思えば高等部の校舎に入ったの入学式以来だな。ちゃんと入ったのが今が初めてとかいう高等部のはずなのに初等部に通う主人公って……。い、いや、考えるな。俺は記憶喪失系主人公として正しい道にいるはずだ! ちょっと類を見ない気がするが……。だ、大丈夫だ!


「はい到着。弟君? どうかした?」

「いや、なんでもないよ。いざ、入りませう!」


 ネガティブを吹き飛ばすように引き戸を開けて俺はネーシャといっしょに中に入った。


 途端、部屋いっぱいにキャンディを敷き詰めたような甘い匂いが鼻腔をくすぐる。部屋は教室二個分の広さがあるらしく奥行きがかなりある。しかしテーブルに収まらなかった書類や、ビーカーやメスシリンダーといった実験器具が床にも乱雑に転がっており、なんだか狭っ苦しく感じる。


 そしてその散乱地帯の中央辺りにこの部屋の主はいた。場違いに修道服に身を包んだたおやかな女性を侍らせて、背の高い長椅子にぬいぐるみのように腰掛けている。どう見ても採寸のあっていないダボついた白衣を着た背の低い少女が声の主である俺の方を向いた。


 外見年齢10歳くらいだろうか。目の覚めるようなプラチナブロンドの髪に綺麗な碧眼、顔立ちは身長に比例して幼い。しかし一見してすべてのパーツが花がほころぶ前の蕾のような美しさと可憐さを醸し出している。



 そして、メガネをかけていた。



「ごふっ」

「弟君!?」


 俺は一瞬意識を失い、青天井に倒れた。それはそうだろう。この鈴木康太郎の、メガネロリ部門最萌大賞が決まった瞬間なのだから。


 ぱ、パーフェクツ!! ドストライクなんですが!!?


「ぐはっ!? む、胸が苦しい……ここまで完璧な存在を前にした驚きに、畏れ多さに、俺の心の臓が誤作動を起こしたというのか!? これが有終の美……?」

「何を言ってるの弟君!?」


 俺の意味不明な発言にネーシャがツッコミをいれるが俺にそんな余裕はない。これはいけない。だってメガネ欠乏症の状態でこんな完璧なものを見せられたんだぜ……!?


 あまりの可愛さ、その暴力的な父性愛にも似た何かが沸き立つことによって「スレイ」の身体を間借りしているという自重、その理性のタガが外れてしまいそうだ。具体的には今すぐに抱きしめてあの可憐なご尊顔を撫でくりまわしたい。


 今まで自重なんてしてたかって? 馬っ鹿お前、してたからあの程度で済んでたんだぞ? しないとどうなるかというと、この外見年齢10歳辺りのこの娘に本気で交際を申し込む上に手段を選ばなくなります。


「なんだかにぎやかな人たちがきちゃったです」


 鈴の音のような声でそう呟いた究極生命体は手にしていた実験器具をテーブルに置くと、「おろしてー」と言う。すると侍っていた修道服の女性が「はいはい」と言いながら究極生命体の両脇に手を差し込んで背の高い長椅子から床に降ろした。そうだね。その可愛らしい足じゃその椅子には一人で座れないよね!


「はじめまして、ですよね。わたしヴァネッサ。ヴァネッサ・ヘルムントです! 精霊学の権威で、はかせやってます! 8さいです! こっちはわたしの精霊のリコラ。よろしくね!」

「光の精霊のリコラです。どうかお見知りおきを」


 二人は敬礼してにこやかにそんな挨拶をしてくる。可愛い。なんだこの生き物。しかも10歳行ってなかった。マジかよ。妖精か何かか? 今の俺なら神の存在も肯定できるが。そしてその神は目の前の彼女だが。


「それで、あなたたちはだれですか? 今日のごようじはなんでしょう?」


 俺はハッとして我に返る。あまりの愛らしさにスタン状態に陥っていたのだ。


「あ、あぁ。俺はスレイ・ベルフォード。この優しそうなお姉ちゃんがネーシャ・ベルフォード。よろしくな」

「やだ弟君ったらお上手」

「ああ、お兄さんがスレイさん、ですね! キャッシーちゃんから聞いてます。紹介状はありますか?」

「あぁ、紹介状な。あるよ。……キャッシーちゃんって誰?」


 「お兄さん」という響きに言いしれぬ感動を覚えながら俺は紹介状を手渡しながら問う。


「いとこのキャサリンお姉ちゃんです。この学園で生徒会長をやってます! キャッシーちゃんって呼んでね、って言われたからキャッシーちゃんです!」


 どうやら会長はこの娘と従姉でキャッシーちゃんと呼んでもらって楽しんでいるらしい。実にけしからん。俺も是非あやからなくては。


「なるほど。会長さんのことだったか。じゃあ俺のことはお兄ちゃんって呼んでくれよな」

「はい! スレイおにいちゃん!」

「……これが神の啓示ってやつか。もう俺ロリコンでいいわ。可愛死ぬ」

「なにか言いましたか? スレイおにいちゃん」

「ナンデモナイヨー」


 あやかった結果、俺に新たな属性萌えが追加されましたとさ。ヴァネッサ・ヘルムント、恐ろしい幼女やで……。

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