第041話 世界樹
歩き始めは、あまりの遅さに大丈夫だろうかとコウヘイは、心配していた。
しかし、時間が経つにつれて、その意味を理解した。
人の手が入っていない樹海は、不陸が酷く夜の闇で足元が見えないため、ふつうに歩くだけでも体力をかなり消耗する悪路だった。
エルサを抱えながらのコウヘイにとって、手でバランスをとれないため余計に体力を消耗した。
しかも、いくらミスリル製とはいえ、フルプレートは重装備だ。
三〇分ほど歩いたときには、身体強化の魔法を使う必要があったほどだ。
実は、ニンノなりの優しさだったのだ。
巨木のトンネルを抜けたら、そこは薄っすらとだが、辺り一面が青白く発光しており、目を凝らしてよく見てみると、青白く発光したタンポポの綿毛のようにも見える。
それが幾千、幾万本も生えており、光の絨毯のように湖畔を照らして幻想的な風景を演出していた。
更に、目を見張る存在にコウヘイは、驚愕した。
直径一〇〇メートルほどの湖の奥には、それと同じほどの幹をした、あまりにも太く巨大な木が聳え立っていた。
世界樹と言われなくてもそれだと認識できるほど荘厳なその巨樹に、コウヘイは、完全に目を奪われたのだった――――
僕があまりの光景に見入っていると、イルマは至って冷静だった。
「ふむ、ユキノカンザシの光が記憶と比べて弱い気がするのう……」
「それは、女王就任の挨拶のときのことを言ってる?」
「うむ、そうじゃ」
ここまでの道中でイルマを問い詰めたところ、ニンノに弁明する意味もあってか、すんなり白状した。
イルマはニンノに宣言していた通り、エルフの国の女王であること。
ギルドでアリエッタさんが言っていた、数世紀前に栄えていたといわれる古代王朝のウェイスェンフェルト王朝と同一だというのだった。
ヒューマンとの戦争に終わりがないことに気が付いた先王が、精霊の樹海に引き籠りを決断し、その王朝が表舞台から姿を消したこと。
その残務処理をイルマに押し付けて先王が引退したこと。
精霊王と互いの格を同一として、それぞれの部下をお互いに従えることを交わしたこと。
更に、女王の職務に飽きて、その立場を放棄してヒューマンの国に
それから、僕と出会って今に至る……らしいけど、それぞれの期間は一〇〇年単位で間隔があるというのだから驚きである。
つまり、女王不在が一〇〇年近く経っているらしく、そのエルフの国が心配になったけど、
「問題ないじゃろう。わしが女王だったころも大したことはしておらんよ」
と、まだ女王のはずなのに過去形で言い捨てる始末だった。
前々から王族だとは聞いていたけど、まさか女王様だとは思ってもいなかった。
『その話は、我が姉である精霊王ニンナに確認してもらうこととする』
イルマの説明がニンノの知っている歴史とずれがないことから、半ばニンノも信じ始めた。
それでも、ニンノの顔を見ても気付かなかったことから、未だその疑いは晴れていない。
ニンノ曰く、精霊王は、ニンノより髪がより長いだけで、顔が瓜二つらしい。
その反論に僕は納得したけど、イルマは、
「何百年も前に一度だけ会った顔を覚えている方がおかしかろう。むしろ、わしは父上の顔すら覚えておらんぞ」
と、信じられないことを告白してきた。
どうやらイルマの父は王位を譲った次の日に忽然と姿をくらまし、それ以来行方知れずだという。
揃いも揃って親子なのか、王位とはそんな簡単に捨てられるものなのかと僕は、エルフの考えが全く理解できなかった。
ともあれ、何のためにここに連れてこられたのかさえ、未だ聞けず仕舞いだった。
ニンノが精霊王に確認してもらう、と言ってから五分くらいそのまま待っているけど何も起きない。
「ねえ、森の精霊ニンノさん……様? いつまで待てばいいんですか?」
僕から名前を言って呼び掛けるのがはじめてだったため、変な迷いがあった。
『ふうむ。確かにおかしい』
そんな僕の迷いなどどうでもよいのか、一切触れてこない。
『ニンノで結構』
おお、ちゃんと聞いていたんだ、と僕は苦笑い。
「それじゃあ、ニンノ。おかしいというのはどういうこと?」
『ふうむ、本来であれば精霊王自ら舞い降りてくるのだ』
そう言うと、ニンノが世界樹もかくや巨樹に向かって飛び去ってしまった。
「あちゃー、行っちゃったよ。これって逃げたら不味いかな?」
僕は、ダメもとでイルマにそう聞いたけど、無理だと言われてしまった。
精霊は魔法とは別の原理で転移ができるらしく、精霊の樹海の中にいる限り、その場所を特定されてしまうという。
そもそも転移ができるのなら、今まで歩いた時間は何だったのだろうと、これもイルマに聞いたけど、「わからん」の一点張りだった。
それから待つこと一〇分して、ニンノが舞い降りてきた。
しかし、何の説明もせずに、無言で僕たち二人の手を取り再び宙に舞い戻った。
驚いた僕にニンノは、しっかりエルサを掴んでいろと注意してきた。
無言でいきなりそんなことをされれば誰でも驚くよ、と文句を言おうとして止めた。
状況がわからずイルマに視線を向けると、無言で頷いて透き通る緑の双眸を瞑目させたイルマは、何やら考えているようだった。
きっとこれは、「大人しく従え」ということだろう。
そのままニンノに身を預けて宙を舞うこと五分。
その巨樹から枝葉が横に伸びる風景へと変わった。
枝葉といってもその一本一本の枝は、直系数メートルほどの太さがあり、葉一枚にしても僕が大の字になっても余りあるほどの大きさだった。
更に一際大きな葉の上に降り立ったと思ったら、ニンノが僕たちの手を離して前へと歩き出した。
数メートル進んで僕たちの方を振り返り、一度だけ頷き再び歩き出した。
どうやら、「ついてこい」という意味だろうけど、何ともやり辛い。
そのまま僕たちが、道のようになっている枝の上を歩いて行くと、幹の部分に入口らしき丸い入口があった。
なるほど、幹の中が居住スペースになっているのか、と僕は感心した。
その小さな丸い入口を潜ると、直径二〇メートルほどのホールになっており、その壁はシミ一つない真っ白で統一されていた。
そのホールの中央には、横幅五メートほどの大理石のような材質の階段があり、真っ赤な絨毯が敷かれていた。
幹の中は完全な人工物で、幹の中にいるとは思えないほど綺麗に整備されていた。
壁に設置された燭台は、ミスリル製だろう特有の白銀の輝きをしていた。
その光景に目を奪われていると、階段を上り切ったニンノが、
『早く参れ』
と、見下ろしながら言ってきた。
イルマは、既にニンノの隣におり、僕は慌てて階段を上っていく。
階段を上り切った先には、木製の扉に金の装飾が施されたノブがあったけど、僕たちが近付くとひとりでにその扉が押し開いた。
そんなオートメーションシステムに未来的な感覚を覚えたけど、これは魔法に因るものだろう。
階段の赤い絨毯がそのまま先へと続いており、その先の段になっている箇所まで敷かれていた。
その場所はまるで帝国城の謁見の間のようにも見えたけど、壇上には玉座ではなく、天蓋付きのベッドが鎮座していた。
「ここは……」
『精霊王の寝所』
僕の問いにニンノがそれだけ答え、また先へと進んでいく。
寝所だって?
まさか寝ているところへ行くというのだろうか?
いや、そもそも精霊って眠るのだろうか?
と、言葉足らずなニンノのせいで僕の思考がまとまらない。
とりあえず、言われるがままそのベッドに近付き覗き込んだ。
「本当だ、瓜二つだ」
ニンノと全く同じ顔が、そこにはあった。
褐色の肌に、ストレートの深緑の髪をしている。
瞳の色は目を瞑っているためわからないけど、きっと翡翠色の瞳なのだろう。
眠っているだけだろうけど、息をしているのか怪しいほど静かな様子だった。
「そ、それでニンノ。僕たちはどうすればいいんですか?」
『必要なのは、コウヘイだけ』
ん、どういうことだろうか?
眉根を顰めた僕の表情を見て、ニンノが驚きの発言をした。
『コウヘイ、精霊王に接吻するのだ』
「はいいいいー!」
――――あまりにも唐突で、あり得ない発言に、コウヘイは、思いっきり叫び声をあげた。
それは、イルマが咄嗟に両耳を塞いだほどだが、ニンノは全く意に介さず、顎をしゃくり、催促をするのみだった。
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