1174.黒の賢者の、影。

「シンオベロン卿、ギルド長、ちょっといいかなー?」


 現場の調査をしていた衛兵隊独立部隊隊長のムーニーさんが、俺たちに声をかけた。


 すぐに向かうと……ムーンリバー伯爵も駆けつけていた。


「今さぁー、衛兵たちにいろいろ確認してるんだけどー、みんな突然意識を失ったみたいなんだよねー。

 ただー、黒ずくめの男を見たという証言がー、いくつかあるんだよー。

 もしかしたらー、『黒の賢者』という奴が来てー、何かしたのかもしれないねー」


「そうですね。私も考えていたんですが……魔物になった二人は、何も持っていなかったはずですから、何者かが来て、何かされたと考える方が自然です。

 ただ、もう一つ考えられるのは、体に仕込まれていた可能性です。

 その場合でも、起動させる為に、近くに来る必要があったかもしれません……」


「なるほどねー。その可能性はあるよねー。まぁ今となっては、わからないけどねー」


「あのおかっぱたちは、どうなったのですか?」


「それがさぁー、牢が離れていたからかもしれないけどさぁー、あいつらは何もされてないんだよねー。

 ただ『魔物人まものびと』が暴れてー、奴ら瀕死の重傷を負ってたー。命は取り留めたけどねー」


 そうか。あいつらは、生き伸びたのか……。

 生命力だけは、あるようだな。


「そうじゃ! この状況を、利用するがいいのう。

 伯爵、あの幹部二人は、奇しくも死んでしもうたので、処遇を考える必要はなくなったのう。

 生き残ったおかっぱどもも、公式にはこの事件で死んだことにしてはどうじゃ? 

 もちろん重い刑を科して処刑してもいいのじゃが、死んだことにして、内密に犯罪奴隷として罪を償わせる方がいいのではないかのう……」


「……そうですな。それがいい、そうしましょう。ムーニー、手配を頼む」


「なるほどねー。了解ー」


「それからムーニー、被害の程度は? 相当死者が出たのではないか?」


「それがー、何故か出てないんだよねー。

 絶対死んだと思った兵士も、ギリギリ生きてたみたいなんだよねー。

 神のご加護かなー?

 いち早く駆けつけた冒険者たちが、救出作業と手当てをしてくれたのが、大きいと思うけどねー」


「そうか、それは何よりだ。今回もニア様のおかげですな……」


 伯爵は、そう言ってニアの方を見た。

 ニアは、まだ怪我人の様子を見て回っている。

 もう重傷者の手当ては、終わったみたいだけどね。


「南区部隊の収監施設はー、もう使い物にならないねー」


「そうだな。建て直すしかあるまい」


 伯爵は、渋い顔で腕組みをした。


「こやつら……幹部だった二人を狙ったのは、やはり口封じかのう?」


 ギルド長が、顎に手を当てながら、伯爵に話しかけた。


「まぁそういうことだろう」


「下っ端のおかっぱは、下っ端だけに『黒の賢者』とやらに、まともに認識されておらんかったのかもしれんのう。そのおかげで、奴らは死なずに済んだのかもしれんのう」


「おそらく、そういうことだろう」


「奴らはー、中区部隊の収監施設に移しとくよー」


「うむ、そうしてくれ」


 伯爵は、ムーニーさんに頷くと、俺の方を見た。


「シンオベロン卿、こんな事件があった後だが、もう少し話したいので、貴公の屋敷に戻っても構わんかな?」


「はい、大丈夫です。戻りましょう」


 俺は、伯爵とギルド長とともに、屋敷に戻ることにした。



 伯爵の馬車に乗せてもらい、揺られながら頭の中を整理する。


 『黒の賢者』……本当に現れて、あの二幹部を『魔物人まものびと』にしたのだろうか?


 わざわざ現れてああしたという事は、やはり自分の情報を秘匿するための口封じなのか……?


 そうだとして……どんな方法でやったのか?


 考えられるのは、二つだ。


 一つ目は、事前に体内に何か仕込んでいて、それを起動させた可能性だ。


 二つ目は、その場で二人に何かを与えて、魔物化したという可能性だ。


 一つ目の可能性は、低いと考えている。


 起動させるのにある程度近づく必要があったにしても、衛兵に目撃されるほど近くに寄る必要はないと思うんだよね


 何人かが黒ずくめの男を見たと証言していて、もしそれが『黒の賢者』だとすれば……やはりその場で何かを与えて、『魔物人まものびと』にしたと考えるべきだろう。


 何かうまいこと言って飲ませたか、もしくは体に無理矢理打ち込んだかということではないだろうか。


 もはや、真相を知るすべはないけどね。


 『正義の爪痕』では完成させていなかった……飲んですぐ魔物化する薬が、存在しているのだろうか?


 『正義の爪痕』は、それを開発しようとしていたわけだが、最終的には開発できていなかった。

 『魔物化薬』を作ったものの、直接投与すると、ほとんどが死に至るというものだった。

 それの次善の策として、薄めた『魔物化促進ワイン』を作ったわけである。

 薄めて体内に魔物化因子を入れて、負の感情を引き金に魔物化するのを待つという使い方しか、実用化できていなかった。


 そんなまどろっこしい手段を使わなくても、直接投与して、死ぬことなくすぐに魔物化できる薬があるなら、脅威でしかない。


 どうにかして『黒の賢者』の情報を、集めなければならない。

 そして警戒を強めないといけない。


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