552.大会三日目、決勝戦
翌日、大会三日目、これから決勝戦が始まろうとしている。
決勝戦の出場選手は、仮面をつけた女剣士と元冒険者で壁役のタンクをしていたという巨漢の戦士だ。
仮面女性剣士は、華麗な剣捌きと緩急をつけた身軽な動きを駆使して、勝ち上がってきていた。
タンク巨漢戦士は、鉄壁の防御を誇る大盾でのぶつかり合いから放つシールドバッシュが得意技のようだ。
選手紹介によると……
仮面女性剣士は、リオンという名前で年齢は二十五歳。
コバルト侯爵領出身で、レベルが30とのことだ。
微笑んだ女性の顔をかたどったピンク色の仮面をつけている。
仮面の色は、おそらく髪色に合わせたのだろう。
綺麗なピンク色の髪が、風になびいている。
そして冒険者が着るようなちょっと露出多めの黄色の軽鎧を身につけている。
細身でありながら女性用の胸当てが窮屈そうなほどグラマーで、男性観戦者の視線を釘付けにしている。
昨日の本選でも、仮面で顔が見えない分、女侍サナさんの人気には及ばないが、それに近いくらい熱狂を巻き起こしていた。
今もすごい声援だ。
俺は、ニアたちの『ポカポカ攻撃』から始まる連携攻撃を受けないために、なるべく視線をタンク巨漢戦士に向けている……トホホ。
タンク巨漢戦士は、元冒険者で、冒険者をしていた頃はパーティーの中で壁役のタンクをしていたということだ。
名前をヌリカベンといい、年齢は二十六歳とのことだ。
レベルは31ということなので、中堅冒険者だったのではないだろうか。
『アルテミナ公国』出身らしい。
大柄で筋骨隆々だ。
まさに歩く壁といった感じである。
重装騎士ほど重そうではないが、全身鎧を着込んだ完全装備だ。
ヘルムは顔が露出する頭だけのものであるが、額のところが丸く突き出ていて不思議なデザインだ。
まるでコブダイの頭のように突き出ているのだ。
あれで頭突きでもするのだろうか……いや多分そういう仕様なんじゃないだろうか。
頭突きが得意なら、あのヘルムは強力な武器になるかもしれない。
面白い発想だ……。
武具開発に取り入れよう!
頭突きが得意な人向けのヘルム……いいかもしれないな。
最近ハナシルリちゃんの『頭突きアッパー』を食うせいか……頭突きに敏感になっているのかも……まぁそんなことはどうでもいいが……。
彼の持っている大盾は、ほんとに大きい。
四角い板のような形状で、両手でも持てる仕様になっているようだ。
並の力では、この盾を扱うことはできないだろう。
それだけでも、彼が相当の怪力の持ち主であることがわかる。
武器となる剣は、一応腰に下げているが、ほとんど使わないようだ。
昨日の本選を見ていても、すべて盾のシールドバッシュで倒していたからね。
なぜ冒険者を辞めたのかわからないが、『アルテミナ公国』出身ならピグシード辺境伯領『マグネの街』を経由して『コウリュウド王国』に入ったのだと思うが……。
『フェアリー商会』を訪ねてくれなかったのかなぁ……。
元冒険者がよく面接に訪れているのだが……彼だったら採用されていた気がするが……。
まぁ冒険者が面接に来るといっても、そのほとんどは美人冒険者として有名だった我が商会幹部のサリイさんやジェーンさんを目当てに来てる人たちだからね。
彼のような仕官したい冒険者は、そもそも来ていなかったのかもしれない。
それにしても……仕官したいという冒険者がいるとわかっていれば、ピグシード辺境伯領で採用できたと思うんだけどなぁ……。
『フェアリー商会』の幹部で元冒険者のサリイさんが前に言っていたが、冒険者は規律が厳しい軍には入りたがらないとのことだった。
でも彼のように仕官したいという希望者が少しでもいるなら、改めて募集をかけてもいいかもしれない。
特に冒険者が訪れることが多い『マグネの街』では、常時衛兵の募集を告知しておいた方がいいかもしれないね。
この決勝戦は、近いレベルの者同士の戦いになったが、普通に考えれば鉄壁の防御を誇るヌリカベン選手が圧倒的に有利だろう。
ただ観客は、圧倒的にリオン選手を応援しているようだ。
いよいよ決勝戦が始まった!
二人とも睨み合ったまま動かない……間合いを図っているのだろうか……。
両者探り合う中……リオン選手が先に仕掛けた!
素早い動きと剣技で、ヌリカベン選手に連続で斬り付けている。
それをヌリカベン選手は、大盾を使って正面から受けている。
あえて攻撃を受けているようだ。
ほとんどの斬撃は、大盾で弾かれている。
だがリオン選手は素早く円を描くように動き、大盾を避けてヌリカベン選手の体に斬り付けることに成功した。
これを何度か繰り返し、体を斬り付けているが、全身鎧で守られたヌリカベン選手には大きなダメージを与えられていない。
動きが止まるとシールドバッシュの強烈な一撃を喰らうことは、リオン選手もわかっているようで、細心の注意を払い、常に動きまわる戦法を取っている。
やはりヌリカベン選手の方が有利なようだ。
手数が多く動き回っている分、リオンの選手に負担がかかり、このまま長引けばいずれシールドバッシュに捕まるだろう。
一通りの打ち込みが終わったからか、それとも疲労回復のためか、リオン選手は斬り込みながら走りぬけて、一度距離をとった。
リオン選手は仮面でよくわからないが、呼吸を整えている感じで動く気配がない。
慎重だったヌリカベン選手もチャンスと思ったのか、勢いをつけて突進しだした。
当然リオン選手はこれに気づいたが、少し低い姿勢で足を踏ん張っている。
ヌリカベン選手の突進からのシールドバッシュは、避けようと思っても盾を捌いて合わせてくるので、避けきれない可能性が高い。
昨日の本選では、弓狩人選手に同じ攻撃を出していたが、避けようとする弓狩人選手の動きに追従してシールドバッシュを放っていたからね。
低い姿勢のまま、リオン選手はヌリカベン選手を見据えている。
——おお! 飛んだ!
なんと、リオン選手は空中に高くジャンプして、ヌリカベン選手の突進を躱したのだ。
空振りに終わったヌリカベン選手は、地面を削りながら急ブレーキをかけ、すぐに振り向いた。
そこにリオン選手が仕掛ける!
突進しながら、再度、空中に舞った!
そしてなんと、持っていた剣をヌリカベン選手に投げつけた!
ヌリカベン選手は大盾を使って、剣を横に弾いたのだが……次の瞬間——
「
——ボンッ
「うぐ、ぐわぁぁぁ」
ヌリカベン選手が、顔を押さえて悲鳴を上げた。
なんと剣を投げつけたリオン選手が、そのまま火魔法の『
彼女は、魔法が使えたらしい!
おそらく……切り札として温存していたのだろう。
『
そして彼女の狙いは的確だった。
ヌリカベン選手の顔面に火弾を直撃させたのだ。
全身鎧でカバーされていない顔を狙いすました一撃だった。
顔を焼かれたヌリカベン選手は、もがき苦しんでいる。
無慈悲な攻撃ともいえるが……後で回復薬で治療できるという計算もあるのだろう。
着地したリオン選手は、もがいているヌリカベン選手に近づくと、スライディングするようなかたちで足払いをかけ、転倒させると剣を拾い喉元に当てた。
「そこまで!」
審判をしている騎士から制止がかかり、リオン選手の勝利となった。
観衆はあっけにとられていたが……一気に大歓声となった。
「「「リオン、リオン、リオン、リオン」」」
リオンコールの大合唱となった。
いやぁ……驚いた。
彼女は、魔法剣士だったようだ。
そして最後の最後に、その魔法を出すという素晴らしい戦術だった。
俺と仲間たちも、皆拍手し歓声を上げたのだが……
なぜか……セイバーン公爵家三女のミリアさんだけが、呆然と立っている。
「あの戦い方は……。まったく……」
ミリアさんの呟きを、聴力強化した耳が拾った。
そしてミリアさんは、ユーフェミア公爵と一言二言、言葉を交わし走っていってしまった。
なにかあったのだろうか……。
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