435.守るために、女伯爵に。
「兄上、それはなりません!」
エレナさんが驚いて、伯爵に詰め寄った。
「いやエレナ、お前だって冷静に考えればわかるはずだ。できる手立ては、これしかない。これですら認めてもらえるか……わからないのだ……」
伯爵が諭すように言い、エレナさんの手を握った。
「そんなこと……」
大粒の涙を流すエレナの肩に優しく手を触れて、ユーフェミア公爵がエレナさんの言葉を止めた。
「エレナ、バランの言う通りだよ。私もそれしかないと思う。その発想に至るっていうのは、さすがバランだ。そんな男を領主の座から降ろさなきゃいけないのは辛いが、誰も責任を取らないわけにはいかないのさ。事の重大さを考えれば、領主として責任を逃れることはできない。王国を……重臣たちを納得させるには、止むを得ないんだよ。ただ、お前が爵位を継ぐことで、ヘルシング家を存続することができる可能性がある」
「な、なぜ私なのですか? もし兄が領主から退くとしても、次期領主はジェレミーです」
「普通ならそうだよ。だが、ジェレミーはまだ六歳だよ。何ができるってんだい? 誰も納得してくれないよ。ジェレミーが成長するまでの間、お前が爵位を継いで守るしかないんだよ。お前なら文句をつけることができないし、納得もしてもらえるはずだ。誰も気づいていなかった領の静かなる乗っ取りに気づき、ニア様やグリムたちの力を借りたとはいえ、先頭に立って取り戻した。そして『正義の爪痕』の大幹部である『血の博士』を自らの手で葬った。エレナ……あんたは領を救った英雄といえる。そのエレナが爵位を継いで、領民のために尽くすというなら、筋は通る。それにニア様やグリムの力が大きかったとはいえ、エレナが主導した戦いで、この領に巣食っていた『正義の爪痕』のアジトを全て潰し、壊滅的な打撃を与えたことは、大きな功績ともいえる。まぁ結果論ではあるがね……。これらを考慮すれば、ヘルシング家を存続させることも可能なはずさ……」
「しかし……確かに『血の博士』は私が倒しましたが、この領全域を救ったのは、あくまでニア様とグリムさんの功績です」
「まぁ実際はそうだが……。ものは言いようさね。あまり生真面目に考えなさんな。そもそも、あんたがグリムたちと出会って、一緒に領都まで来なかったら、出来なかったことだ。あんたが主導した戦いというのは、間違いじゃないさ。それに吸血鬼が犯罪組織『正義の爪痕』の構成員になっていることがわかったんだ……『ヴァンパイアハンター』の家系をないがしろにもできないはずさ」
「それならば、やはり私が『ヴァンパイアハンター』として……」
「わからない子だね。それじゃ収まりがつかないんだよ。領を救い、『正義の爪痕』に大打撃を与えた英雄のエレナが爵位を継いで、領政を正す。そしてバランが責任を取って領主を退き、『ヴァンパイアハンター』として人々のために戦う。この筋立てじゃなきゃ無理なんだよ! 私は初めから、この筋立てしかないと思っていた。おそらくクリスティアも同じ考えだっただろう。それをバランの方から提案してくれた。やはり、これしかないんだよ」
ユーフェミア公爵の言葉に、エレナさんはただただ涙を流していた。
「エレナ、お願い! あなたしかいないわ」
「そうよ、エレナ。私たちの戦いは、まだ終わっていないはずよ」
領主夫人のボニーさんと、吸血鬼にされてしまった『ヴァンパイアハンター』のキャロラインさんがエレナさんに駆け寄った。
親友二人からの言葉に、エレナさんはただ黙って頷いた。
「エレナ、女のあんたには、過酷なものを背負わせるかもしれないが、元々『ヴァンパイアハンター』なんて過酷なことをやってたんだ。あんたならできるさ。まだ小さなジェレミーが、大きくなるまでの間だけでも構わないんだ。私とクリスティアが全面的に応援する。ピグシード辺境伯領のアンナと同様に、私が後見として後ろ盾になる。女公爵、女辺境伯、女伯爵で女同盟といこうじゃないか! クリスティアもいるし」
ユーフェミア公爵が優しく、そして少しおどけて言った。
“女同盟”と言っていたが……俺的には、恐ろしいアマゾネス軍団にしか見えない……。
「わかりました。私の全てをかけて、この役目を引き受けます。ユーフェミア様、皆様、ご尽力いただきありがとうございます」
エレナさんが神妙に頭を下げた。
上手くまとまってくれたようだ。
「ニア様とグリムにも、ひと肌脱いでもらいたい。ニア様はピグシード辺境伯領の守護妖精になってもらっているが、ヘルシング伯爵領では私と同様に、後見として後ろ盾になってもらいたい。そうすれば、事実上、守護されているのと同じだからね。これが最後のトドメで、うるさい者たちを黙らせる」
「まぁ私は別にいいけど。どっちみち困ったことがあったら、助けるつもりだから。守護妖精でも後見でも何でもいいわ」
あいかわらずニアは、簡単に安請け合いしている……。
「グリム、あんたには、領運営でアイディアがあったら出してあげてほしい。ピグシード辺境伯で取り入れていることで、やれることがあればヘルシング伯爵領でも導入させてやってほしい」
ユーフェミア公爵にお願いされてしまった。
「私でよろしければ、協力させていただきます。ピグシード辺境伯領で取り入れていることについては、アンナ様さえよろしければ、私は構いません」
「アンナは大丈夫だろう。ただピグシード辺境伯領とは状況が違うから、取り入れることは多くないかもしれないがね。もしこの領に適した案があれば、遠慮なく提案してほしい。それから……できればだけど、『フェアリー商会』の方でも協力できたら、してやってほしい。無理に進出しろとは言わないがね。セイバーン領への進出が遅れても困るしね。ハハハハハハ」
そう言うとユーフェミア公爵は、豪快に笑った。
「わかりました。何ができるか、考えてみます」
まぁ俺なりに考えてみよう。
「それから……おそらくだけど、この領……特にヘルシング家の財産は、ほとんどなくなってるんじゃないかと思う。『正義の爪痕』の豊富な資金力は、全てではないにしろ、ここからでていたと思うが……。どうだい? エレナ」
ユーフェミア公爵が鋭い指摘をした。
なるほど……言われてみれば『正義の爪痕』は思ったよりもはるかに巨大な組織で、かなりの資金が必要だったはずだが、この領の資金やヘルシング家の資金を使っていたとすれば、納得できる。
「はい、まだ確認中ですが、おそらくユーフェミア様のご指摘の通りと思います。もうほとんど蓄えがなくなっているようです」
エレナさんが、申し訳なさそうに答えた。
「やはりねぇ……。領の運営資金や伯爵家の資金がないというのは大きな問題だね。おそらく各市町の荒んだ状態を解消するには、かなりのお金がかかるだろう。領内の貴族たちも『暗示』にかかっていたようだから、蓄えは残っていないだろうね。セイバーン領でも応援はするが、なにか資金源を作る必要もあるね。そういう意味でもグリム、いい案があったら頼むよ」
おっと……また俺に振られてしまった……。
今のところ、何も思い付かないけどね……。
「わかりました。何ができるか、考えてみます」
何ができるかわからないが、やれるだけのことはやってみるか……。
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