267.石の聖獣、カーバンクル。

 翌日の早朝、俺は大森林を訪れていた。

 昨日『ミノタウロスの小迷宮』でもらった『バンクルストーン』を、『石使い』の少女カーラちゃんに渡すためだ。


 今日から正式に『蛇使い』の少女ギュリちゃんと『石使い』の少女カーラちゃん、そして『虫使い』のロネちゃんの訓練を始めるようだ。


 毎朝早朝の一時間を、訓練に当てることにしたらしい。

 これならお店の仕事があるロネちゃんも、負担なく参加できるようだ。



 三人は昨日のうちに、一度会って挨拶を交わしているとのことだ。


 ギュリちゃんもカーラちゃんも保護してから、あまり時間が経っていないが、大分元気になっている。

 今後は、むしろ体を動かした方が元気になるだろうという『ドライアド』のフラニーと『アラクネ』のケニーの考えもあり、今日から無理のない範囲で訓練というか運動を始めるらしい。


 レベル30くらいまでは大森林で訓練をして、それ以降は『ミノタウロスの小迷宮』に合宿に行こうと思っている。

 昨日の時点で、大森林の守護統括のケニーには相談済みなのだ。

 ケニーも楽しみにしているようだ。

 『ライジングカープ』のキンちゃんたちをはじめとするレベルの高いメンバーは、すぐにでも迷宮の『下層』に遠征に行きたいと鼻息を荒くしていた。


 俺が着いた時には、既にロネちゃんたちのトレーニングが始まっていた。

 仲間たちの中から、先生役が何人か任命されたようだ。


 基礎体力を付けるための訓練の講師役は『マナ・ボクサー・マンティス』のイーノとノーキだ。


 講師というよりは、トレーナーやコーチのような感じみたいだ。


「元気があれば、なんでもできる!」

「元気ですか?!」


「「「はい!」」」


 イーノとノーキの掛け声に、少女たち三人が元気よく大きな声で返事をした。


 おお……ちゃんとノリについていってる……すごいなぁ……。


 俺的には……かなり微妙な掛け声なんだが……。

 どうしても……俺が大好きだった格闘家を思い出してしまう掛け声なのだ……。

 さすがに少女に対し“気合注入のビンタ”は、していないようだが……。


 そして、みんなで走りだした。

 ランニングを始めたようだ。


 まぁ基礎体力作りということなのだろう……。


 せめて柔軟体操から入った方が、いいような気がするが……

 俺が来る前にやったのかなあ……

 あとでケニーに確認してみよう。



 しばらくして、広場に戻ってきた彼女たちは疲れ切った表情をしていたのだが、無理矢理に笑顔でジャンプさせられ盛り上がって終わるというかたちを取らされていた。

 疲れた気持ちで終わるよりも、やりきった喜びで終わるという精神的なことも含めたトレーニングなのだろうか……


 なんとなく……俺が元の世界で好きだった“不屈の闘志を燃やして戦うボクサー”の映画の一シーンに似ている気がするが…………。


 『ライジングカープ』のキンちゃんが、満足そうな笑みを浮かべている……。

 なんとなく……またキンちゃんが固有スキル『ランダムチャンネル』で手に入れた情報が反映されている気がするが……考えすぎかなぁ……いや……考えたら負けだな……無視!


 少し休憩するようなので、俺は近づいて挨拶をすることにした。


「みんな、おはよう」


「「「おはようございます!」」」


 おお、三人とも元気のよい挨拶だ。


「グリムさん、私がんばります。リリイちゃんやチャッピーちゃんと一緒に戦えるくらい、強くなってみせます!」


 ロネちゃんがそう言って近づいてきたので、頭を撫でてあげた。

 気合十分のようだ。


「私も、もう悪い人たちに利用されないように、強くなります!」


『蛇使い』の少女ギュリちゃんも、そう言いながら近づいてきた。


「私も、助けていただいた恩を返せるように、強くなります!」


『石使い』のカーラちゃんも笑顔を見せてくれた。

 奴隷として、檻に入れられていた時にはなかった屈託のない笑顔だ。

 そして……狼尻尾が大きく揺れていて、めっちゃかわいい。


「みんなありがとう。無理のないようにね。まずは自分の身を守れるようになろう。ゆっくりでいいからね」


 俺は三人にそう声をかけて、頭を撫でてあげた。

 一番年上のカーラちゃんは十三歳だが、同じように頭を撫でてしまった。

 嫌がるかと思ったが……少し恥ずかしそうにしているだけだった。

 可愛い子を見ると、思わず頭を撫でてあげたくなるんだよね……。


 ちょっと長めの休憩にしてもらって、話を聞いたが……


 三人とも最初は霊域や大森林にいる俺の仲間たちを見て、驚くと共に怖かったようだが、みんなの優しさに触れて怖さは無くなったようだ。


 むしろ面白いことを言うメンバーが結構いるので、今では笑顔が多く出るようになったみたいだ。


 酷い目にあっていたギュリちゃんも、奴隷に売られて沈んでいたカーラちゃんも、肉体だけでなく心も少しずつ回復してくれているようだ。


 本当によかった。


 まぁ面白いことを言っているのは、キンちゃんがほとんどだろうけど……。

 というか……一方的に話しているらしい……。

 なんとなく想像できる…………いや、完璧に想像できる!


  三人がギャルに染まらないことを祈るのみだ…………。



 俺はカーラちゃんに、昨日ミノショウさんから貰った『バングルストーン』の首飾りを、プレゼントすることにした。


「カーラちゃん、これは石の聖獣が宿っているという『バンクルストーン』の首飾りなんだ。昔の『石使い』さんが使役していたらしい。これを君にあげるよ」


 俺はそう言って、首飾りをカーラちゃんにかけてあげた。


「あ、ありがとうございます」


 カーラちゃんはそう言って頭を下げると、首飾りに手を触れた。


「き、綺麗な石……なにか……感じる……。あ…頭になにか……思い浮かびます……」


 そう言いながらカーラちゃんが石に触れると、『バンクルストーン』の輝きが増した!


「うん、わかった。うん、やってみるね」


 カーラちゃんが、一人で呟いている……

 ……もしや石と会話してるのか……?


「いでよ! わが友、カーバンクル!」


 カーラちゃんが突然そう叫んで、胸を張った!


 次の瞬間————


 胸の中央部分の『バンクルストーン』が輝きを増し、赤い光の玉が前方に飛び出した!


 その光の玉は地面に落ちると、大きな炎となって燃え上がり、次の瞬間には、一気に消し飛んだ!

 そして、その場には……子犬くらいの大きさの動物がいた!


 赤毛というか茶毛の耳が大きな狐のような姿だ。

 確か……フェネック……そう俺の元いた世界のフェネックという動物に似ている。

 耳が大きくて、可愛い!

 額には、赤の『バンクルストーン』が埋め込まれている。


 どうやらこの子が、赤の『バンクルストーン』の聖獣のようだ。


 早速カーラちゃんは、『バンクルストーン』の力を引き出し、聖獣を呼び出すことができたのだ。


「『石使い』様、私は『カーバンクル』のガーネと申します。あなた様に、お仕えさせていただきます」


 聖獣がカーラちゃんに挨拶をした。

 普通に言葉が話せるようだ。

『カーバンクル』という種族なのか……

 なにか……ゲームのキャラクターにもそんな種族がいたような気がしないでもない……。


「あ、あの、カーラです。よろしくお願いします」


 カーラちゃんが、少しハニカミながら挨拶をした。


「あの……私はグリムといいます。君は以前『石使い』の『使い魔ファミリア』だったと聞いたけど、その時のことを覚えているのかい?」


 俺は挨拶をしつつ、気になることをズバリ訊いた。


 もし以前の『使い人』の情報が得られれば、今後の参考になると思ったのだ。


「強き王よ、申し訳ありません。我々石の聖獣は、所有者が変わると以前の記憶は一旦封印されます。新しい所有者と良好な関係を築くためです。ただ必要な知識については、いずれ思い出すはずです」


 そう言って、『カーバンクル』が俺に頭を下げた。


 やはり以前の記憶は、すぐには引き出せないのか……

 なんとなく、だん吉と同じような感じだ……。


 話しぶりからすると、全く思い出せないということではないようだ。

 必要なタイミングで思い出せる可能性があるというなら、焦らずに待つしかないね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る