第5話 今井さん
お昼近くになり、パソコンを閉じてテレビをつけた。
運の良くなる法則とか、人間力向上とか、誰かが云っている。
「今は何でもタッチパネルとデジタルです。なので敢えて手帳を使って運を向上させましょう」と、女の人が云っている。
運気上昇とか自己啓発の本が結構売れている。
テレビでは、「これをこうすると、こうなる!」と断言している人が正しいみたいな流れになっている。皆スマホの画面ばっかり見ているから、それ以外のものが見たくなっているのかもしれない。
SNSが当たり前になり、誰かの発言がすぐに拡散される。失敗すると炎上するから、成功すると救世主みたいな扱いになる。一時的に。
「あんまり百年前と変わらないね」テレビを見ながらロメリアが云った。
〇
今週は夜勤がある。政府提案の働き方改革で、『朝起きない働き方』が導入された。
朝は眠いのに、無理矢理起きて仕事をするのはいかがなものか、という疑問のもと、お試しでやっているようだ。夜に仕事をする人が増えると電気が点いている場所が増えるので、防犯にも繋がるというのが政府の考えらしい。
夜に出勤するという事は、日中睡眠をとり、夜に起きるという事だ。多分このシステムは無くなるだろう。
仕事中に珈琲をがぶ飲みした時間がやっと終わる。夜勤の時は、朝の出勤ラッシュが終わった辺りに帰宅する。
夜勤時の昼休みはあんまり食欲が沸かないので、仕事帰りに色々食べたくなる。今日は無性にコンビニスイーツが食べたくなったので、コンビニに寄る。
会社から自宅までの通りにある唯一のコンビニ。私と同じ、夜勤明けの人が来店する時間帯だ。
コンビニの自動ドアを通り、まっすぐスイーツコーナーに向かう。その時、レジで会計をしていたお客の横顔に見覚えがあった。今井さんだ。
私は何故か、カップ麺が並ぶ通路に身を隠した。今井さんが会計を終えてコンビニを出たのをそっと確認した。
今井さんは同じ会社の人で、私が以前、好きだった人。今井さんが異動になってから会う事は無く、社内報で結婚したと知った。子どもが産まれた事も知った。
今井さんと私が同じ課にいた頃、よくお喋りをした。今井さんに恋人がいる事は、他の人から聞いていた。今井さんは私とお喋りをしている時、一切恋人の事など匂わせなかった。
私には横恋慕する度胸など無い。もしかして、今井さんが私に想いを抱いてくれたら……などと、想像するだけだった。
先ほどチラッとだけ見かけた今井さんは、疲れ果てた顔をしていた。それに、あの頃とは違う、気配りの無いファッションだった。見てはいけなかったような気がした。
「美由、どうしたの?」カップ麺の棚の前で動かなかった私に、ロメリアが声をかけた。
私は、疲れ果てた今井さんに気付かないふりをするのが、せめてもの気配りかと思ったと、ロメリアに云った。誰かに同調してほしかった。
「そうかな、あっちはそんな事思ってないかもしれないよ。今は手のかかる子どもが可愛くて可愛くて精一杯で自分の事は二の次なだけかもしれないよ。家に帰ったら、物凄い笑顔をしているかもしれないよ」
そうか、そういう事もあるのか。私は、自分が余裕がある、みたいな考えをしていた事が恥ずかしくなった。
「ロメリア、ありがとう」
「何の事?」ロメリアは静かに微笑みながら、ふわふわ浮いていた。
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