絶望と幸福

「…てことを…。何てことをぉお!」

 マカは激昂した。

 誰だって死んで欲しくない、死にたくない人間はいる。

 特に若い者であれば、尚更だ。

 カノンが人形を与えるターゲットを、自分と近い歳の者を選んだのにも理由がある。

 マノンと言う、もう一人のマカをよみがえらせる為に。

 近い歳の者の血と命、そして呪が必要だったのだ。

 でもこんなのは、人の悲しみと弱みに付け込んだ悪しき行動以外の何物でもない。

 人の死は、とても悲しく苦しく切ない。

 だからこそ、生は楽しく明るく嬉しいものなのだ。

 生に闇や影があろうとも、生きていればどうにだって出来るし、何にでもなれる。

 その人の絶望と幸福を利用して、得た結果が、目の前の闇のモノ。

 すでに人成らざるモノなんていう次元じゃない。

 あっては成らない、闇の眷属だ。

「マノンっ! 頼むから闇へ返れ! この世に存在するだけで災いとなるお前を、このまま野放しには出来ないんだ!」

「死ぬことを頼むなんて、ヘンな姉さんだね。イヤに決まっているじゃないか」

 マノンは避けるだけで、攻撃を仕掛けてはこない。

 だが体力の限界を、マカの方が感じていた。

 すでに息は上がりつつあるのに、マノンは息一つ切らせていない。

 …そういう肉体的な機能が無いのかもしれない。

 昂る感情のせいで、涙が溢れてきた。

 仮にも同じ両親を持ちながらも、己が半身は闇のモノと化してしまった。

 元より、この血をもって生まれたことより、自分がただの人間だとは一度たりとも思ったことは無かった。

 だが、あえて人としての道を外れようとも思わなかった。

 例えそれに近い道に進んだとしても、必ず引き戻せる自信があったのに…。

 けれど目の前の自分は、闇の道を進むことを決めてしまった。

 それは血族の次期当主としても、普通の女子高校生としても許せることではない!

「…終わりにしよう。マノン」

 マカは静かに息を吸った。

 そして右手に気を溜める。

 屈み込み、一気に走り出す!

 マノンの首を狙って。

 しかし…。

「遅いよ、姉さん」

 無邪気な笑顔に、一瞬手が揺れた。

 その隙に攻撃の腕を捕まれ、地面に体を叩き付けられた。

「がはっ!?」

 肺の空気が全て抜けた。

 右腕と首元を捕まれた。

 抗おうとしても、体への衝撃のせいで指一本動かせない。

 ノドを締められ、空気が漏れる。

「ひゅっ…」

「人として生きるのもタイヘンだね。血族の力の使い方を忘れてしまうんだから」

「闇っ…に堕ちる、よりは…マシだ…」

「言うねぇ。流石はボクの姉さんだ」

 マノンはククッと笑いながら、顔を近付けた。

「決着を付けたいのはヤマヤマだけどね。あいにく、まだボクの体はちゃんと出来ていない。延長戦といこうか」

「なにっを…」

 マノンはニッコリ微笑むと、マカから離れた。

 そして両手を広げると、白い光に包まれる。

「なっ…!」

 マカは必死で顔だけ上げた。

 しかし光の中に、白い物体を見つける。

 それは人の形をした小さいモノ。

「まさか…」

 例の人形。

 それが次々にマノンの体に吸い込まれていく。

 するとマノンは光の中に溶けていく。

「とりあえず、しばらくは維持できるかな? またね、姉さん。そして父さん、母さん」

 マノンは笑顔で手を振り、光に溶けて消えた。

 そしてそこにはマカとマサキ、カノンの三人が残った。

 ―誰一人、身動きが取れなかった。


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