第68話 転移者は情報を集める
俺は強く唇を引き結んで、ただ俯く。
「すみません。 私では力になれそうもありません」
「何故ですか!。 姫様はあなたのことを本当にー」
ルーシアさんは金色の髪を振り乱して俺にくってかかる。
「では聞かせてください。
それはフェリア様が口にされた言葉ですか?」
「そ、それは。 姫様はそんなことを口にはされませんが、それでも心は」
幼馴染の彼女は姫が何も言わなくても分かるのだろう。
だけど、それは彼女の代弁にはならない。
「フェリア様がきちんと言葉にされたのなら、本当に望んでいるのでしょう。
だけど、あなたがただ察しただけなら、それは彼女の本当の気持ちでしょうか」
「ケイネスティ様」
思いがけない俺の言葉に、幼馴染の侍女は掴んでいた俺の服を離した。
「どうしてですの!」
涙を浮かべて訴える女性から、俺は顔を背ける。
確かに俺はフェリア姫を愛おしいと思っている。
「待っていて欲しい」と言ったことも本心からだ。
だけどそれは解呪の話であって、彼女をどうこうしようと思っての言葉じゃない。
心のどこかでそうなるといいなと思っていたとしても。
「フェリア様も国のために嫁がれるのでしょう?。
私なんかが手を出していい女性ではありません」
きっぱりとした言葉にルーシアさんは一歩下がった。
「そうですわね。 あなたのような方に姫様の気持ちなんて分かりませんわね」
まるで女性の敵だというようにキッと睨らまれた。
彼女は帰るのだろう。 転移魔法陣を展開し始めた。
「一言だけ申し上げますわ」
そう言って、涙を浮かべた顔で俺を振り返った。
「お相手は南方諸島連合の代表で、すでに奥方のいる男性です」
南方諸島連合国とは、デリークトの南西に浮かぶ小さな島々の国をまとめて作られた連合国だ。
つまり、フェリア姫はその代表である国に正妃ではなく、第二夫人として嫁ぐのだろう。
「調べていただければ分かることですが、野蛮人の国ですわ」
ルーシアさんは、とてもフェリア姫に相応しいとは言えない男性なのだと吐き捨てた。
そして震える唇を噛みしめ、瞳に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
「私の悔しい気持ちなど、姫様の悲壮なお覚悟には敵いません。
だからこそ、姫様が哀れでならないのです」
ボロボロと流れる涙を拭いもせずに彼女は背中を向けた。
「ケイネスティ様にはガッカリいたしました」
そう呟いて彼女は消えた。
魔法陣の消えた床には彼女の涙の跡が残っている気がした。
「俺にどうしろっていうんだ」
真っ暗な部屋の中、眠ることも出来ずにただぼんやりとしている。
胸が痛い。 動悸が収まらない。
俺だって泣きたいよ。
同じことをグルグルと考え過ぎてまとまらない。
『ケンジ』
「王子ならどうする?」
突然、俺がそんなことを言い出すと王子はただ困っている。
しばらく考えた後、王子はぼそりと呟いた。
『ケンジと同じだよ。 私たちは他国の事情に首を突っ込める立場じゃない』
「あ、ああ、そうだよな」
俺はそのまま膝を抱えて蹲ってしまった。
気が付くと空が明るかった。
何をする気も起きず、食欲もない。
「王子、しばらく代わってくれ」
『そんな顔では外に出られないな。 ふぅ、分かったよ』
軽く朝食を取り、王子は今日は朝から魔法陣の研究を始める。
外の子供たちの声とは逆に、暗い静かな時間だけが流れていった。
こんな時、俺たちには友人がいないんだと分かる。
この気持ちを王子以外に話せる相手がいない。
『仕方がないさ。
ケンジのことをどう説明していいのか、私には分からない』
うん、そうだよな。
元王子だってことも、北の領主をやってたことも、どうやって話せばいいんだ。
きっと誰も信じてくれやしない。
『そんなことはないだろう』
例えばソグやデザ、皮細工屋のピティースなんかは何も言わなくても黙って聞いてくれるだろう。
おそらくロイドさんや木工屋の店主もきっと頭から否定したりはしない。
『ミランは私の姿も見ているし、フェリア姫のことも見ていた。
もし真実を話したら、全部を理解出来ないとしても誠意は分かってくれるさ』
「そうかな」
『ケンジ。 私は女性のことなどよく分からないけど、今やれることを考えたらどうだ?』
出来ないことを考えても仕方がない。
「うん、そうするよ。 王子、ありがとう」
俺は気分転換に外に出ることにした。
ソグに頼んでウザスへ同行してもらう。
「南方諸島連合に詳しい者を頼む」
「分かった。 探してみよう」
諸島連合には亜人が住む小さな島国もある。 そこの出身の海トカゲ族も多いらしい。
ソグが港で荷下ろし作業をしていた海トカゲ族の知り合いに声をかけ、日が落ちた頃に酒場で落ち合った。
「何を聞きたい?」
ソグが声をかけたのは一人だったが、何故か三人も来ていた。
そのうちの二人は山狩りでソグと一緒に組んでいた顔見知りだった。
俺にはうろこの色以外は見分けがつかなかったけどね。
「最近の南方諸島連合国の内情を。 特に代表の個人的な情報が欲しい」
俺は店に頼んで上等な酒と食事をたっぷりと用意した。
「悪いな、えへへ」
ソグから見ればまだ若いらしい海トカゲ族の男性たちがチラチラと俺たちを見ながら大皿にかぶりついている。
とりあえず食べ終わるのを待つ。
◇◆◇◆◇◆
昼下がり、峠にある国境警備隊の掃溜めと言われる見張り台。
そこに褐色の肌と黒い髪をしたガタイのいい青年が訪れた。
「何か御用でしょうか?」
一番の新入りである若い兵士が対応に出る。
この町の地主である青年は「兵士の皆さんでどうぞ」と、まずは手土産を渡す。
「ありがとうございます」と受け取りながら、兵士は警戒を解かない。
「そんなに警戒するなっつっても無理か。
なあ、ちょっと二人だけで話がしたいんだが」
地主はそう言って、見張り台の責任者に断りを入れて若い新入りを連れ出した。
「こんな小さい町じゃ誰が聞いてるか分からないからな」
二人は峠を越えて隣の大きな領地に入る。
農地を抜けて、酪農場の近くにある飲食店の前に立つ。
「ここは農地の真ん中にあるから肉も野菜も安いし新鮮で美味しいんだ」
昼間しかやってないのが玉にキズだけどな、と酒好きの青年が笑う。
「へえ」と兵士は引きつった笑顔のまま一緒に店に入り、勧められた席に座った。
軽く食事を取るが、その味の良さに兵士は驚いた。
黙ってはいるがその食べる速度で気に入ったのが分かる。
地主の青年はうるさい使用人の目が届かないのをいいことに酒を頼んでいた。
「……お前から見て俺はやっぱり信用出来んか?」
酒でも飲まなきゃやってられんというように、青年は小さなカップの酒を呷る。
兵士が聞いていようがいまいがあまり気にしていない。
「俺はあいつのことは最初から気に入ってたさ。
こんな寂れた、砂漠に呑まれそうな町に珍しく若いもんが自分から来てくれたからな。
だけど、あいつは自分のことはこれっぽっちも喋らん」
兵士は誰のことか、すぐに分かったが、黙って聞いている。
「浮浪児たちの面倒は見てくれる。 井戸は直す。
山狩りを指揮した上に、鉱山まで見つけちまう。
言葉にゃしてないが、俺は本当にあいつには感謝しっぱなしなんだぜ」
褐色の肌をした三十歳ほどのまだ若い地主は、黒い髪を掻きむしる。
「ハシイスとかいったな。
お前さんならあいつの事情を知ってるんだろ?。
俺はどうやったらあいつに恩を返せるんだ?」
それが聞きたかったらしい。
「知りませんよ。 俺だって今は恩返しの最中ですから」
食後のお茶を飲みながら、北から来た若い兵士は恩人である青年の運命を恨む。
「ただ、あの方には味方が必要なんです。
何も言わず、何も聞かず。 ただ信じて、許してくれる誰かが」
幼い頃から命を狙われるというのはどんなに辛いだろう。
声で伝えられないもどかしさは本人でなければ分からない。
文字を書いて周りの人たちと会話は出来ても、何かあった時、とっさに助けを呼ぶ事も出来ないじゃないか。
ノースターでは誰もが若過ぎる領主をただ見守っていた。
世間知らずで常識知らず。
やることは突拍子もないことも多かったが、誰よりも領民のことを思い、身体を張って守ってくれた。
だけど信じることが出来なかった者がいたせいで、町は恩人である領主を失ってしまう。
「俺はもう二度とあの方を傷付けたくない。 俺が誰にも傷付けさせない。
たとえあなたでも」
小さく呟いた言葉には若い兵士の強い意志が込められていた。
◇◆◇◆◇◆
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