第50話 転移者は失敗を感じる

 宴も解散になったその夜遅く、眼鏡さんとチャラ男が俺の家を訪ねて来た。


「来る頃だと思ってました」


俺は周りを警戒しながら二人を招き入れる。


唸るユキを宥めて抱き上げる。


「かわいいですね」と目を細めていた二人だったが、ユキのモフモフだけでは誤魔化されてはくれない。




 念のためにと眼鏡さんが<遮音>の結界を張った。


王子が『おお、魔法がうまくなったなあ』と感心している。


「で、ケイネスティ様はこんなところで何をなさっているのですか?」


何をと言われても何もしていないな。


 それより俺はチャラ男を睨む。


「誰にも言わないと言ったじゃないか」


「ええ、言ってませんっすよー」


チャラ男は笑顔でお茶とお菓子を配る。


「キッドに訊いたわけじゃありません。


王子、教会の通信魔法陣をお使いになりませんでしたか?」


「あー」


どうやら王子が送った無地の魔法紙は眼鏡さんの手に渡ったようだ。


「あんな古い通信魔法に興味を持つのは王子くらいでしょう」


王子、王子と言わないで欲しい。


あれをやったのは、あの魔法陣を使いたくて仕方なかった王子に間違いないけれど。




 ノースターから俺が姿を消したあと、眼鏡さんは王都の宰相様の元に帰った。


「もちろん、あの後、三日間で元職員のバカに仕事を叩きこんでからですが」


俺のことを王都の貴族に密告し領主の地位を剥奪することになった彼は、未だにノースターで文官をしているそうだ。


爺さんたちもしばらくは領主の私兵たちの身の振り方を決めるために残っていた。


 そこに国王がわざわざノースターを視察に訪れたらしい。


「うわ、やな感じ」


「仕方ありませんよ。 国王領となったので、一度は見ないといけませんから」


そこで以前とは格段に発展した北の領地を見ることになった。


 しかし、この驚くほどの成果を王子のお蔭とすることは出来ない。


そのため爺さん二人に白羽の矢が立った。


「新しい領主にガストスさんをという話になったのですが、辞退されました」


そうだろうな。


「クシュトさんにも打診がありましたが、その前に行方が分からなくなりまして」


俺はぷっと吹き出してしまう。 クシュトさんらしいや。




 それなら次は、この眼鏡のパルシーさんにも領主の話があったはずだ。


「いえ、私はネスティ様の執事ですから、同罪として王都に連行されたのです」


俺は驚き、顔を歪めた。


宰相の息子であるため拷問や詰問は無かったそうだが、王都にある古い教会の地下に軟禁状態になったそうだ。


「毎日書類の整理をさせられておりましたよ」


チラリと恨みがましい目で俺を見た。


俺は悪かったと、つい目を逸らす。


「ですが、それが功を奏しました」


古い教会の地下に、例の通信魔法陣の送受信設備があったのだ。


「お蔭様で王子様が元気にしていらっしゃるということが分かりましたからね」


王子の側でずっとその魔術を見ていた眼鏡さんには、あの魔法紙を作ったのが誰かは明白だったのだろう。


眼鏡さんがニコリと微笑む。


いや、その笑顔が怖いんだってば。




「その後が大変だったんっすよー」


チャラ男が話に加わる。


「こいつったら、俺にまだ使える通信魔法陣がある教会を片っ端から調べさせたんっす」


この半年ほど様々な教会へ行って調べ尽くしたそうだ。


「ここが最後っす」


チャラ男が疲れた笑みを浮かべている。 


まあ、ここは最南端だからな。


「で、結果的に『使える状態の通信魔法陣』がある教会は、ここと王都の古い教会だけっしたー」


ほとんど人が出入りしていなかったことが良かったのだろう。




 今回、眼鏡さんは王都の文官としての出張だ。


南の辺境地に誰も行きたがらなかったので彼に話が舞い込んだ。


いや、おそらくそうなるように仕組んだんだろうな。


眼鏡さんがニヤリと悪い笑みを浮かべている。


 今回のような旨味の無い仕事をこなしながら、彼は徐々に信用を取り戻していくそうだ。


「私は明日には王都に戻らなければなりません。


しかし、これからはケイネスティ王子殿下とはあの通信魔法陣で連絡が取れます」


フッフッフと笑う眼鏡さんが黒い。


「……緊急の時だけにしてください」


俺は誰かに見られるかも知れないので、それだけはお願いした。



 

 翌日、チャラ男と眼鏡さんは警護の兵士たちと共に黒豹のお姉さんを連れて王都へと帰還した。


これで少しは静かになるかな。


俺たちの日常が戻って来る、と思っていたんだけど。


「本日よりこの町に住むことになった。 よろしく頼む」


網元の家の近く、路地の入口角にある二階家の改装が終わり、トニーと父親のトニオが住むことになった。


ミランは酒飲み友達が増えたと単純に喜んでいそうだな。


エルフの女性も一人暮らしだったお婆さんと同居することになって、教会の子供たちは水くみの仕事が無くなった。


まあ、今では子供たちも家畜や作物を育てたりする仕事で忙しいので、そこは構わないかなと思う。




「ねえ、うちも忙しいんだけど」


パン屋の娘が店員を募集し始めた。


チャラ男が指導したお菓子が売り出されると客が倍増したのだ。


何と隣のウザス領からわざわざその菓子を買うためにだけやって来る者がいるほどだ。


「あの、俺やりたい」


新地区の浮浪児の子供の一人が手を挙げる。


 十二歳になったという少年は、以前は小さくてガリガリで、目だけがぎらぎらしていた。


小綺麗になった今では短髪の濃茶の髪をした体格の良い少年になっている。


パン屋の店員ということで女の子を募集していた親父さんが顔を顰めた。


「お、俺、パン好きなんだ。 作るのもやりたいんだけど」


チラチラとパン屋の店主の顔を横目に見ながら俺に訴える。


いやいや、俺に言われてもさ。


「というわけで、お願いします」


一緒に頼んでやるくらいしか出来ないよ。




 一連の前領主による事件でバタバタしている間、イケメン煉瓦職人のデザは顔を見せなかった。


「こんにちは、もう大丈夫ですかね」


この男は本当に空気を読むのがうまいな。


 しかし、今日は荷物を抱えていた。


「えっと、すみません。 工房を出て来たので、教会かどっかで寝てもいいですかね」


「何やったんだ?」


凄腕煉瓦職人は「別にー」と目を逸らす。


俺は一応デザに「寝台は無いけど、この部屋ならどこで寝ても構わない」と許可した。


彼が煉瓦の図案を拡げている間に、俺は木工屋の主人のところへ行く。




「そうか。 あんたのところへ行ったか」


「どうしたんですか?、彼は」


腕の良い煉瓦職人で工房では浮いているらしいとは聞いていた。


今の親方に恩があるので、親方の息子が跡を継ぐまでは工房を背負う覚悟だったはずだ。


「うんうん。 早い話が、そのバカ息子があいつを追い出しやがったんだ」


はあ、どこでもバカ息子はいるもんだな。


 要するにバカ息子は腕の良いデザをずっと羨んでいた。


親方に娘がいればデザを婿にもらって継がせることも出来たが、出来の悪い息子が一人しかいない。


「どんなに腕が良くても、あのぶっきらぼうは他の奴に教えるってことが出来なくてな」


一人で黙々と仕事をする。


腕を評価される。


工房に仕事が入る。


デザに頼り過ぎて他の職人が仕事をしなくなることを恐れ、親方は彼を工房の隅に追いやっていた。


デザもそれは分かっていたので、口も出さないし文句ひとつ言わない。


「親方も辛かったと思うぞ」


でも結局は妻と子に彼を追い出すように迫られたのだという。




「どこも理不尽ですね」


「まあな」


俺と木工屋の主人はため息を吐く。


「デザは本当に腕が良いんだ。 あの煉瓦工房にはもったいないくらいさ」


しかし、弟子という立場では師匠を差し置いて仕事を取ることが出来ない。


俺が彼に仕事をさせるには師匠の工房に発注しなければならないのだ。


そうなると工房から他の職人がやって来るおそれがあった。


今回は木工屋の店主を通して、指名で頼んだ仕事だ。


「分かりました。 では彼は独り立ちということでいいのですね?」


「ああ、それは俺が煉瓦工房の親方に話をつけておく」


師匠の工房から円満に独立したという形にしてやりたい。


「新地区の仕事はもう受けられないかも知れないが、それはデザも文句は言わんだろう」


俺は木工屋の主人の言葉に頷いた。




 少し重い気持ちで家に戻ると、デザが色煉瓦を組み合わせた図案を見せてくれた。


「おー、これはきれいですね」


彼のセンスの良さに、俺はますます悲しくなった。


王都でも食っていける腕を持ちながら、彼にはこの町を出る気が一切ない。


『どうして皆、うまくいかないのだろうな』


王子、世の中ってそんなもんなんだよ。 たぶんね。


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