第46話 転移者は女性を預かる


 しばらくの間、二人の女性は俺の家で預かることになった。


魔力で見えない扉のある部屋のほうが安全だという配慮からである。


「俺はその間、どこで寝ればいいんだ?」


リタリがニコっと笑って教会を指差した。


「久しぶりに一緒に寝よう」


はあ、まあいいか。




 眼鏡の男性文官が国王の意向を伝え、ウザス領主にもきついお叱りがあったそうだ。


「もっと厳しい罰が下るのかと思っていましたが」


サーヴ領主の引退と長男の廃嫡で済んだ。


俺は意外だと思っていたが奴隷を買ったくらいではその辺が落としどころだと言われた。


「主な罪状は領地経営の悪化、ですけどね」


しかしその領地を取り上げても、また国の直轄地が増えるだけである。


まともな跡取りがいるならそちらに任せたいという意向だったそうだ。


 そんな風に後始末を終え、サーヴの新地区に新しい領主が誕生した。 


もうすぐ成人だという前領主の次男がミランの所に挨拶にやって来た。


何故か俺まで呼ばれて挨拶を交わす。


「よろしくお願いします」


この少年はサーヴではなく、ずっとウザス領の母親の実家に預けられていた前領主の次男。


「ああ、よろしくな」


これから彼はミランと協力してサーヴを守っていくことになる。




 そして話がひと段落つくと、その少年領主は窓の外を走り回る教会の子供たちを見ている。


「うらやましいですか?」


俺の肩に乗った黄色い鳥がにこやかに問いかける。


「あ、いえ、あの」


俺はロシェを呼んで、彼を一緒に連れて行ってやってくれと頼んだ。


 もう姉妹の命を狙う者はいない。


男装の必要がなくなったロシェは美しい金色の髪の少女だ。


「はい。 どうぞ、こちらに」


年下の少女に手を引かれ、顔を赤くしながら少年は外に出て行った。


おずおずと周りの子供たちと話をする姿が見える。


「まだほんの子供じゃねえか。 大丈夫なのか?」


ミランは少年の様子を見ながらそう言った。


「大丈夫じゃないですかね。 周りの大人たちがしっかりしていれば」


彼が成人するまでは母親の実家である貴族が後見人となる。


 俺もノースター領に赴任したときはまだ成人前だった。


まあ色々と事情はあったにせよ、爺さんたちのお蔭で何とかなったしね。




「それで、ロシェの親の件はどうなった?」


ミランの言葉に俺は唇を噛む。


 あの元領主親子に訊きたかったのはロシェとフフの両親のことだ。


チャラ男に確認したところ、どうやらあの元領主はウザス領主に唆されて、ロシェの両親が住んでいた館に火を放ったらしい。


まだ生まれて間もないフフがいた両親は必死に子供たちを守ろうとして亡くなった。


「親は領主という肩書のため、息子は金のため、か。


領主になったところで金が自由になるわけでもないのにな」


名声と責任は常に付いて回る。


それを理解していないといずれバランスが取れずに破綻するだろう。


「他人を殺してでも手に入れたいものなんて、私には理解出来ません」


遠い王都の空に向かって叫んでやりたいよ。




「ところで、俺はもう一つ知りたいんだが」


まだ昼間であるため地主屋敷では酒は出て来ない。


チビチビとお茶を飲むのを止めて、ミランは姿勢を正した。


「あのヘラヘラした男は国王軍の者だった訳だが。


そいつに様付けされているお前は何者なんだ」


いつになく真面目な顔で俺をじっと見る。


 正直、俺は迷っていた。


元王子である事を話すのは簡単だ。


もう面倒事に巻き込んでしまっているし、それも今更だと思う。


それでも俺は同年代で気安く話せる相手を失うのは嫌だった。


「キッドは私の弟子です、料理のね」


微笑む俺に、ミランは盛大にため息を吐いた。




 助け出された女性たちの食事は俺と子供たちで作ったものを家の中に届けている。


「ねえ、まだ王都へは帰れないの?」


黒豹のお姉さんは毎日同じ事を訊いてくる。


「王都へ行った文官さんが今、向こうでの受け入れ先を確認しているので、もう少し待ってください」


そのまま放り出す訳にはいかないらしい。


「ふうん」


しなやかな身体が俺の腕にまとわり付く。


「私、退屈なの。 分かるでしょ?」


俺の耳に届く程度の小声で誘うように囁く。


 俺は腕から彼女を剥がしながら、


「確かにこの家にずっといるのは退屈ですね」


と返す。


王都への航海は片道で最短五日。


文官の眼鏡さんが戻って来るまでには早くても往復で十日以上かかるのだ。




「私はずっとここにいてもいいですー」


チャラ男の作った菓子を食べながら、エルフの女性はニコニコしている。


「気に入っていただけて良かったっす」


チャラ男は眼鏡の文官さんが戻って来るまで、護衛としてこの町に滞在することになった。


「キッド師匠、今度は違うお菓子も教えてくださいよー」


パン屋の娘はチャラ男から技術を全て盗み取るまで王都に帰すまいと張り付いている。


「はあ。 このお菓子が食べられるなら、私、どこまでもついて行きますう」


修行中のパン屋の娘と、食い意地の張った、見た目は美少女のエルフ。


「いやあ、困ったっすねえ」


チャラ男は若い女の子に両腕を捕まれ、満更でもなさそうだ。


ふむ、この姿をクシュト爺さんが見たら何と言うだろう。


「ネス様、何か不穏なこと考えてませんか?」


俺はただ笑いながら見ているだけだ。




「あ、退屈しのぎにコレはどうっすか」


チャラ男が鞄から取り出したのは革のボールだ。


俺は懐かしさについ目頭が熱くなる。


ノースターを出てから、一つくらい持ってくれば良かったとずっと思っていた。


「近頃じゃ、ノースターだけじゃなく、西の港町や王都でも流行り始めてるっすよ」


俺は革の感触を楽しむようにボールを撫で回す。


以前の物より格段に素材も良く、縫製もしっかりしていてる。


「外で蹴って来て良いか?」


「もちろんっす。 それはネス様に差し上げるんで」


「ありがとう!。 ユキ、おいで」


【それ、なあに?】


俺は子狐と一緒に広場に出て、足元にボールを置く。


 クンクンと匂いを嗅いでいるユキを見ながら念話鳥をバンダナに戻して口元に巻く。


「ユキ、俺からこの球を取ってみろ」


ユキは可愛らしく首を傾げ、ボールに触れようと前足を伸ばす。


俺はそれを目の前で足で転がして移動させる。


ユキが追いかけ、俺がクルクルと移動させ、時にはポンッと蹴り上げて頭や胸に乗せる。


【ずるいのー、つかまらなーい】


子狐はキャッキャッと楽しそうに俺の周りを飛び跳ねる。


ボールは元の世界の物ほど弾力は無いが、元々子供用に作られた物なので柔らかく安全だ。




「それ、何ですか?」


まずはトニーたち少年組が近寄って来る。


「最近、王都で流行ってる遊びだ。 手を使ってはいけないんだが、やって見るか?」


俺は子供たちに向かって足で蹴り出す。


最初は恐る恐る蹴っていたが、すぐに慣れて皆で代わる代わる蹴っていた。


子供たちの間をユキが走り回って邪魔をする。


「あー、こらー、ユキー」


小さな子供はユキとボールの取り合いになった。


「あははは」


俺は心から笑っていた。


うれしくて、楽しくて。


『ケンジは本当に球蹴りが好きだな』


そうだな。 王子が魔法陣が好きなのと同じくらい好きだ。


そう言うと王子は納得してくれた。




 いつの間にか広場には子供たちだけでなく、大人も集まって来て見物していた。


「このままじゃ取り合いでケンカになりそうっすねえ」


あまりの人気ぶりにチャラ男も心配になってきたようだ。


「腕の良い職人がいるから、あれを見本にして作ってもらうさ」


「それがいいっす」と広場の喧騒を二人で眺める。


「えっと、その、あの遊びでケガ人とか出てないか?」


あれは俺が広めてしまったようなものだ。


ルールなんて詳しいことも何も教えず、ただ俺が蹴っていたのを誰かが真似をして広めていった。


「いや、特に聞かないっすね」


子供の遊びなので大きなケガはないだろうけど、転んだりぶつかったりくらいはあるだろう。


それくらいならいいや、と俺は胸を撫で下ろした。




「ねえ、あれ、私たちの退屈しのぎ用じゃないの?」


家から黒豹のお姉さんが出て来て文句を言い始めた。


しかし、すでに大勢の子供たちが楽しんでいるのを取り上げる訳にもいかない。


俺はチャラ男と顔を見合わせ、


「観て、楽しんでいただくということで」


と、彼女を宥めた。


「きゃっ、何よ、あんたたち」


気がつくと、黒豹のお姉さんの周りに女の子たちが集まっていた。


「きれー」


黒豹獣人のその滑らかな黒い肌。


ピッタリとした服にスラリとした魅惑的な曲線、しなやかな尻尾の動きに目を奪われている。


獣人のお姉さんは羨望の眼差しに得意気に微笑み、機嫌を直していた。


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