第34話 転移者は食堂で待機する


 亜人といっても様々な者たちがいる。


ほぼ人間に近く髪や身体の一部だけが違う者もいれば、見た目は他の動物に近いが人間のように動き回ることが出来るという者もいる。


獣人は前者でトカゲ亜人は後者だ。




 カシンは毎日の体力作りにも参加していた。


子供たちは俺が気にしないので、誰も彼を蔑む様子はない。


ただ、やはり他の大人たちの中には顔を背ける者もいる。


「カシン。 大丈夫か?」


トニーにそれとなく訊いてもらうと、


「うん。 ウザスの町の人たちより、こっちは全然マシだよ」


と言う。


ウザスでは、亜人だというだけで嫌な顔をされたり、時には追い立てられたりするそうだ。


この獣人親子はどうやら行方不明になった母親を探してこの国に来たらしい。


そんな事情がある黒狼獣人も自分は堪えられても息子のそんな姿は心苦しく思っていたのだろう。


他の子供たちと仲良く走り回っているカシンを見て、父親であるエランは泣き笑いの表情を浮かべている。


「私も負けてはいられません。 ネス様、何をしましょうか」


エランは俺の護衛のように側に立っている。




「では、お願いがあります」


親子は斡旋所のカードは持っているようなので、トニーとリーダーの少年と共に森の監視をお願いする。


「毎日必ず一度は森に入って、変わったことがあれば報告してください」


少年二人だけではやはり不安だったのだ。


リーダーの少年もエランの狩猟の腕を間近に見られれば勉強になるだろうと思う。


 食堂の斡旋出張所へ依頼を出し、トニーに彼らのカードも一緒に持って行って受けてもらう。


毎日俺がチェックをして受領票に書き込み、斡旋所へ行けばお金が受け取れるようにしておいた。


その金額を見てエランが目を輝かせる。


「子供たちの護衛はお任せください」


うん、お任せしますよ。




 しばらくして「農作業が始まる前に峠の兵士が訓練を兼ねた山狩りを行う」という話が、新地区の領主から発表された。


俺はリーダーとトニーを呼び、獣人親子も交えてその話をする。


「この日は森から獣が溢れる危険がある」


彼らには魔法柵周辺で警戒をしてもらうことにした。


「どうして?」


カシンが首を傾ける。


「この間、山狩りで小鬼を減らしただろ。 小鬼がいなくなれば餌を求めて獣たちが動き出すんだ」


今まで森の奥に隠れていた反動で動きが活発になる恐れがあった。


猟師になることが確定しているリーダーの少年がカシンに教えている。


「旧地区の魔法柵は獣でも通れないように直してある。


問題は新地区なんだ。 下手をすれば町中に獣が入り込むかも知れない」


新地区の領主は「必要ない」と言って魔法柵の強化をさせてくれなかったのだ。


黒狼獣人のエランが眉根を寄せて考え込んでいた。


「それはずいぶんと危ういですな」


「ああ」


俺の肩の鳥が狼獣人の言葉に頷く。


「分かりました。 今まで以上に警戒をいたしましょう」


「よろしく」


毎日一度は森に入って調査をお願いしているが、あまり無理をしないようにと言っておく。




 春の花が咲き誇る頃、新地区の森を中心とした山狩りが行われた。


今回はサーヴの新地区の領主が集めた猟師や私兵、そして峠の見張り台の兵士たちだ。


旧地区の俺たちは、ただこちらの土地に逃げ込んで来る獣や小鬼の生き残りを相手にするだけでいい。


 トニーや獣人親子に周辺の警戒を頼み、俺は斡旋所の出張所である食堂にいた。


俺の座っているテーブルには何故か暇そうな食堂の看板娘がいる。


「お嬢さん。 仕事、しないんですか?」


食堂の親父がカウンターの中からこっちを睨んでいる。


「だってー、皆、山狩りに行っちゃったし」


日頃この食堂にたむろしている猟師や兵士たちが珍しく働いているのだ。


「それなら夕方には皆さん帰って来ますし、仕込みとか必要なんじゃないでしょうか?」


俺も親父さんをチラチラ見ながら、娘を何とかしろと念を送ってみる。


「えー、そんなのお父さんの仕事だもん」


成人しているはずの看板娘だが、まだまだ親離れ出来ていないようだ。


「それにいっつも領主のバカ息子がいやらしい目で見てくるから、たまにはのんびりしたいし」


娘のおしゃべりに俺は「へえ」と気のない返事を返す。




「バカ息子かあ」


突然、後ろから声が聞こえた。


「はあ、まあバカですけどねえ」


若い男性が隅っこの席に座っていた。 領主の使用人のコセルートである。


トニーを騙し、子供たちに近寄ろうとした男だ。


「あれ?。 あなたは山狩りに参加しなかったんですか?」


俺は睨まれながら女性と話をするより、こっちに興味があった。


「ネスさんと同じですよー。 何かあった時のための待機です」


いやいや、俺は様子を見に来ただけでそんな立派なものじゃないけど。


確かに多少のケガ人くらいなら対応しようと思っている。


 俺が立ち上がって移動しようとする前に、彼のほうからこちらのテーブルに来た。


「でも、あのバカ息子。 最近来てないでしょう?」


囁くように看板娘に顔を近づける。


「ええ、まあ」


娘は逃げるように俺の腕に寄り添う。


俺はただ彼の言葉の先を待つ。




「金がね、無いんですよ」


領主の使用人はため息を吐く。


これだけ隣のウザス領に経済を頼っているのだから、住民だけでなく領主にも金がないのは当たり前だ。


看板娘に入れ込んでいるそのバカ息子も金が無くて貢げないということか。


「それで今回の山狩りには期待してるんですけどねえ」


「ああ、獲れた獣は一旦すべて領主の懐に入るからなあ」


何故かカウンターから出た親父までが俺の隣に娘を遮るように座る。


「はあ、ですねえ。 でも隣のウザスへ持って行ったところで安く買い叩かれるだけでしょうに」


日頃から他領へ売っているくらいだから、ウザスでは肉は余っているのだ。


そんな物を持ち込んでも高く売れる見込みはないだろう。


「そうですよねえ」


俺の返事にコセルートはテーブルに突っ伏した。




 親父に酒を注文し、コルセートにカップを差し出す。


少し飲ませるとグチグチと文句を垂れ流す。


「俺がどんなに良い情報を仕入れても、頭が悪いから受け流すだけだし。


ちょっと金が入るとすぐに女を買いに走るし。


全くこれから先が思いやられるっていうかー、もうダメっしょ、この町も」


俺はただ黙って同情しているような顔で聞いている。


「あいつもなあ。 昔はあんな奴じゃなかったんだが」


食堂の親父は顎を撫でながら領主の顔を思い浮かべているようだ。


「お父さん、領主の知り合い?」


領主と言えば貴族だったり、ある程度の地位や金がある者に限られる。


父親にそんな知り合いがいたことに娘が驚いていた。


「まあな。 ここは狭い町だから」


ずっとこの町に住んでいる者ならば、身分の差はあってもある程度は顔見知りなのだろう。




「そういえば、ウザスの領主とは大変仲が良いとか?」


俺は水を向けてみる。


「ああ。 亡くなった奥様がウザス領の出身だったんでな」


新地区の領主の妻はウザスの領主の親戚だったそうだ。


「そうなんですよー。 結構美人で頭の良い人だったんですけどねえ。


亡くなったことで向こうのご実家から、あれこれ言われたっぽくって」


何かある度に「娘を死なせたくせに」と責められるそうだ。


「ウザスのご領主様に頭が上がらないということですか」


「ええもう、言いなりですわー」




確か領主には子供は男の子が二人いた。


「バカ長男がウザスの学校に行ってる間に遊びを覚えちまって。


戻って来てからもウザスに入り浸りですよお」


どこに、とは言わないが、おそらく歓楽街なんだろうね。


「下の坊ちゃんはまだ子供なんですけどねえ」


ウザスの町の母親の実家にいるそうだ。


「それって人質なんじゃないの?」


逆らえば子供の命はないってか。


そんな事情があったとは。 少しは同情の余地ありかも知れないな。


「いえね。 バカ長男の影響を受けないようにってことらしいです。


小さい坊ちゃんは母親に似た聡明なお子様で、向こうの家が引き取りたがっているそうですよ」


へえ。




 そんな話をしていると表がザワザワと騒がしくなった。


「何かしら?」


娘が立ち上がり、外へ顔を出す。


「師匠ー!」


入れ違いにトニーが飛び込んで来た。


「来てください。 あの、えーっとケガ人がいっぱい出て」


俺の服を掴んで引っ張る。


「分かったから離せ」


服が破れる、というか、破れないのがバレる。


トニーを落ち着かせながら心配そうな看板娘の横を通り過ぎ、俺は外に出る。


「案内してくれ」


念話鳥をバンダナにして口元を覆い、フードをかぶる。


「はい!、こっちです」


森に向かって俺たちは走り出した。


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