第29話 転移者は森で闘う


 教会に戻った俺はリタリに怒られていた。


「あのね。 考えなしに家畜を殖やさないで!」


「はあ、すみません」


鳥小屋を作ってもらったばかりなのに、今度は家畜用の小屋も必要になったのだ。


 五羽の雛鳥はリタリが面倒を見て、二匹の子狐はサイモンが担当、ナーキとテートの凸凹コンビはヤシの実を育てている。


「じゃ、これは僕の担当?」


トニーが少し困った顔をしていたが、それでも引き受けてくれた。


このヤギでミルクだけでなくチーズやバターも作れると話すと喜んで木工屋へ頼みに行ってくれる。


以前、発育不良だった子供たちに少しだが食べさせたことがあるのだ。


すごく好評だった。


リタリは「ホントなの?」と俺の顔を見上げてくるが「本当だよ」と微笑みを返す。


ただ、二頭のヤギでどれくらい採れるかは分からないけどね。




 慌ててやって来た若い大工に鳥小屋の横にヤギ小屋と、その隣に飼料を保存するための小屋もお願いした。


「えっと、材料から揃えるので日数がかかります」


と申し訳なさそうに頭を掻くので、それで構わないと答える。


あー、その前に地主さんに小屋の増設の許可のお願いに行こう。


こんなことばかりしているので酒瓶の減りが早い。


旅の間は全く消費していなかったから余ってたけど、さすがに一度は王都へ買い付けに行かなきゃいけないかもな。




 旧地区の教会周辺は一気に賑やかになった。


教会の子供たちだけでなく、新地区の普通の家の子供たちまでが見に来るようになったのである。


もっと驚いたのは新地区の肉屋の主人が相談に訪れたことだ。


「肉にするならうちへ卸してくれないか」


やはり肉不足は深刻らしい。


俺はリタリに頼んで無理せず世話が出来る数だけ鳥を増やして欲しいとお願いした。


「う、うん。 何とかする」


鳥小屋もそのうち広げないといけなくなるかな。




 子狐のユキとアラシは魔獣だがおとなしく、サイモンと俺を家族だと思っているのであまり側を離れない。


野菜や肉よりもまだミルクが欲しいはずなのだが、どうやら魔力のほうがお好みらしい。


魔力を与えられるのは俺たちしかいないのだ。


 二頭の大人の砂狐の死体は、結局火葬にした。


真夜中に海辺の砂浜で、仲良く板の上に並べて小枝や枯れ葉を乗せて火を点けた。


『すまなかったな』


王子は毛玉たちの親を助けられなかったことを悔やんでいた。


隣で二匹の子狐を抱いていたサイモンは、パチパチと弾ける枝の音を黙って聞いている。


子狐たちは最後のお別れに鼻を鳴らしていた。


「今度、もう一度この子たちの巣穴を見てくるよ」


近くに仲間がいるかも知れないからな。


 何にせよ、森の獣を減らさなければ危なくて近寄れないので早く山狩りがしたい。


獣たちの行動が少ない間にやってしまいたかったが、ウザスの領主からの許可はまだ下りていなかった。


ミランもまたイラついて酒の量が増えている。




 三日後に木工屋の主人と若い大工が来て小屋を建ててくれた。


「さすがに材料が乏しくなってきた。 また仕入れをお願い出来るかね」


前回切り倒した木は数日後に依頼が来て、すぐに使える状態まで魔術で乾燥した。


「分かりました」


在庫不足は俺のせいなので、ここは素直に協力することにした。


 翌日、俺はリーダーとトニーを連れて斡旋所へ行き木工屋の仕事を受ける。


「今日は小鬼が中心になる。 しっかり止めを刺せ」


「はい」「分かった」


人間の容姿に近い小鬼は人間よりもずる賢く、死んだふりをすることもある。


油断出来ない相手なのだ。


 俺は二人の少年を連れ、樵のお爺さんを訪ねた。


「おや、またあんたかい。 前回と同じでいいのか?」


「お願いします」


以前の仕事から新年を跨いだおかげで、一年間で伐採出来る規制の数が元に戻っている。


樵のお爺さんと少年二人を連れ、前の場所から少し奥へと移動していった。




 フード付きローブに赤いバンダナ、腰には短剣と魔法陣帳。


これは俺の仕事用装備だ。


トニーとリーダーには気配察知で捉えた獣や小鬼の場所を教えて戦闘態勢をとらせる。


その間に俺と樵のお爺さんで木を選び、切り倒す。


<切断><切断><切断>


大きな木を三つ、四つくらいに切り分け、<浮遊>を発動して静かに地面に下ろす。


それをお爺さんが枝を払い、丸太にしていく。


切り株は根ごと掘り起こし、枝と共に薪用にするため全て鞄に放り込む。


次から次へと切り倒していった。


大きな音はさせない。 静かに作業をしないと樵を嫌う小鬼が寄って来てしまう。




 途中で昼食用の弁当を出して、お爺さんと一緒に食べる。


「どうじゃ、森は恐ろしいか?」


お爺さんは子供たちとは縁の無い暮らしをしている。


子供との会話は久しぶりらしい。


「いえ、最近森の中を調査のために歩いたけど、獣が少なくて驚いてます」


リーダーの言葉にお爺さんも頷く。


「春になればもう少し増えると思うんじゃが、どうも小鬼のせいでなあ」


お爺さんは残念そうにため息を吐く。


「この子は成人したら猟師になるらしいので、そしたらお爺さん、雇ってやってくださいね」


俺はリーダーの少年を売り込んでおいた。


「おお、そうか。 じゃあ、それまでには腕を磨いておいてくれや」


「は、はい」


少年は張り切って返事をしていた。




 そろそろ暗くなり始めた頃に俺は灰色狼の気配を感じた。


小鬼は今日はすでに数体、トニーたちが倒している。


しかし狼は小鬼とは違い群れで行動するため囲まれる危険があった。


「お爺さん、狼です。 木に登ってください」


「おっしゃ」


スルスルとお爺さんが上がると、俺は少年たちを呼び寄せた。


<身体強化><回避速度・倍>を二人に掛ける。


「相手は複数だ。 絶対に一人になるな」


頷いた二人の少年に緊張が走る。


ザザザッと森の奥から足音が聞こえた。


<風切り>


俺は音がした方向と逆の方角に魔術を発動した。


ギャン


短く声が聞こえ、すぐにまたザザザッと移動している音がする。


何度か風の魔術を飛ばし、狼たちの足を止めておいた。


魔術で強化した少年たちは余程のヘマをしなければ灰色狼には負けないだろう。




 俺は少し離れ、より大きな気配のほうへと向かう。


狼たちが出て来た森の奥にその気配があった。


グルルルル


赤い眼が光る。


『こんなところに魔獣が』


「小鬼がいるんだから、魔獣はいるだろ」


俺は王子とそんな会話をしながら、その魔獣の様子を窺う。


足元には小鬼や灰色狼の死骸がいくつか転がっている。


「狼たちは逃げて来たのか」


『そうかも知れんが、この魔獣自体が気配を消していたような気がするな』


そういえば、こんなに大きな体の魔獣ならば普通はもっと気配が濃い。


「気配を消してってことは狼を待ち伏せでもしてたのか。 なんてヤツだ」


グゥワーッ


俺たちに気が付いた黒い影は後足で立ち上がった。


<刺突杭・鉄>


<投擲>を上掛けし、喉をめがけて発動する。


ガッ!


喉を貫かれ声を出せなくなった熊の魔獣は、それでもゴロゴロと転がるように俺に向かってくる。


しかし<浮遊>で宙に浮いている俺を魔獣の腕は捉えることは出来ない。


木にぶつかって止まる。


赤い目を爛々と輝かせ、まだ俺を睨んでいる。 何をそんなに恨んでいるのだろうか。


俺はぼんやりとそんなことを考えながら失血で魔獣が動かなくなるのを待った。




「ネスさーん」「師匠ーーー!」


俺を呼ぶ声が聞こえる。


むせるような血の匂いの中、俺は急いで魔獣の死体を鞄にしまった。


「今行く。 お前らは動くな」


<洗浄><乾燥>


戦闘の汚れを落とし、身だしなみを整える。


ついでにこの辺りに漂う魔獣の血の匂いも<清浄化>した。


そして、俺はゆっくりとお爺さんたちの待つ場所へと戻ったのである。




 木工屋の資材置き場に丸太を並べていく。


「ふむ、相変わらず良い腕だな」


少年二人には木工屋の署名入りの受領票を持たせ、樵のお爺さんに食堂の斡旋出張所へ連れて行ってもらった。


「すみませんが、これを見ていただけませんか」


俺は人目が無いのを確認して、こっそりと魔獣の死体を出す。


「げっ、ヤマグマか」


どうやらこの地方でも山の奥に棲む熊のようで、滅多に姿を見ることはないそうだ。


「それが何だってこんなところにいたんだ」


「小鬼か、灰色狼に餌場や棲み処を荒らされた可能性がありますね」


そして魔獣になったということは、どこかで魔力に触れたのかも知れない。


それとも小鬼を食らって魔力を溜め込んだのか。


どちらにしても早く生態系を元に戻さなければ、いつか住民にも犠牲は出るだろう。


俺と木工屋の主人は黙って顔を見合わせて頷いた。


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