〔Dragon Player〕

三鷹キシュン

序章

第1話 Extra Fantasy ① 骨と血は群れを成す

 

〝「このゲームは本物だ。」〟


 とある雑誌の表紙にその言葉が仰々しく飾られていた。

 当時、一般人を始め多くのゲーマーたちも良くある言葉だと。

 期待はなく

 また新しいゲームか。という認識で些細な関心しかなかった。











「空気が死んでやがる。」

 誰が言ったかは分からないが、一人のプレイヤーがそう呟いた。

 それは血の気が引くように凄惨とした光景が広がっていたからだ。


 この世界ゲームは、日本国成人指定16歳以上が対象のもの。

 しかし、その光景は16だろうが20だろうが、どぎついものだった。

 まごうことなき襲撃である。

 襲われていたのは、商人とその家族と思しき人間達だったにくかい

 無残な姿で横たわっていた。

 護衛と思われる2人はたった今、絶命した。

 声を出すことも許されず、喉をで切り裂かれ命が消えていった。 

 襲っているのは、人の形はしているものの人間とは到底見えない怪物たち。

 魔物だ。

 骨だけで構成されたその体からアンデッドを彷彿させるが奴らは別格の存在。

 奴らは理性を持たない。

 奴らに言葉は通じない。

 奴らが現れたら終わりだ。という3つの格言があるらしい。

 だから、この地域の民から奴らは恐怖の対象となっているとか。


 誰が記したかは定かではない。

 遺された手記には、こう記されていたと聞いた。

 奴らはただの子供ガキだ。

 奴らはから産み出された子供のようなもの。

 いや違う。

 奴らは道具であり、武器であり、盾でもある。

 奴らは縄張りに入った侵入者を絶対に見逃さない。

 奴らに捕食能力は備わっていない。

 奴らは、命令を馬鹿正直に受け取り実行するだけの人形だ。

 奴らは歩く××兵器だ。

 侵入者の肉を裂き、骨を砕き、身動きができなくなっても止まることはない。

 肉体が肉塊ならざる物に変わり果てても止まらない。

 原型がなくなり砂上が真っ赤に染まるまであの蛮行は止まることを知らない。

 奴ら、狂骨戦士スカルリベンジャーに見つかったら逃げるな。

 それでは間に合わない。

 ×せ。

 倒して、身を隠せ。

 ———でなけば、あの黒鉄砂城がさらに命を喰らう。

 肉も血も呑み尽くされた砂はより黒くなるだけだ。


 凄惨とした光景に絶句する仲間たち。

 そんな彼らを尻目に真っ先に飛び出す2人。

 舌打ちをして、「しゃあなしか。」と出るオレともう1人。


 今回の遠征にて、重要な戦闘の指揮に抜擢された戦闘系クランのリーダー。

 この近辺じゃあ、そこそこ名の知れた勇者様。

 クラン『金獅子の大槍ゴールドスピア』の現場指導者リーダー

 身長はオレと同じ167cmくらい。

 体格はオレより鎧装備が大きいこともあって大きく見える。

 左耳に金のピアスアクセサリーをして一見チャラそうにも見えるが律儀な奴だと耳にする。

 金の短いつんつん髪に、赤い瞳を持つ眉目秀麗の美青年プレイヤー

 <ゴールドスター>だ。

 事務仕事はゴールドスターと血を分けた実の弟が担当しているとか。

 奴の実の兄が犯罪者レッドプレイヤーだとか。

 色んな噂がある。


 この世界では、犯罪を犯したプレイヤーは犯罪者になる。

 例えば、プレイヤーに対して窃盗・強盗・暴行・殺人などをした場合。

 町や国が所有する物への器物損壊・虐殺行為・戦争などをした場合etc。

 犯罪者には、それぞれランク付けされる。

 罪状の重さにもよるが、赤色レッドともなれば重犯罪者。

 地方一帯に指名手配書が出回り賞金首となる。

 賞金首になれば≪賞金首狩りバウンティーハンター≫の格好の的になる。

 ≪賞金首狩り≫でなくとも情報を衛兵へ報告することで報奨金が貰える。

 但し、目撃情報それについて痕跡や証拠といった信憑性があればの話だが。

 虚偽デマを流し混乱を生んだり犯罪者の片棒を担いだりした情報提供者は同じく御用となったりする。

 ・・・と。まあ、奴の兄貴の話なんざどうでもいい。


 奴の得物は、クラン名に掲げている通り〔金獅子の大槍〕。

 槍として種類は、穂の根本あたりから三叉に枝分かれした十文字槍。

 刺突に向かないと言われてはいるが弱点それを補うように真ん中の穂先が長く作られている。

 また、三叉を束ねる口金あたりから金獅子が大きく開口している特徴的な槍だ。

 槍は戦術の幅が多い武器のひとつ。

 柄を長く持つことで、相手の攻撃圏外から先制攻撃を仕掛けやすい。

 突き。払い退ける。斬りつけ、敵を跳ね飛ばす。叩き潰すなど動作しやすい。

 至近距離での戦闘は難しいものの柄の持ち方を変えることで対処できる。

 例えば、石突きや柄の部分を用いる棒術で剣非対応の打撃攻撃ができたりする。


 ———とは言え奴の今回の立ち回りは、あくまでも≪指揮官コマンダー≫。

 奴が連れてきたクランメンバー20人の統率。

 メンバーそれぞれに指示を出し、効率よく怪物たちを殲滅すること。

 ・・・ただ、ここで戦うことは想定外イレギュラーになる。


 だってそうだろ。

 民たちが恐怖の対象という話だったというのに、あの商人たちはこの黒鉄砂城ダンジョンを突っ切って進もうとしていた。

 確かに迂回せず進めば早く目的地に着くだろうが、ここは一筋縄ではいかない。

 ダンジョンボス討伐に駆り出された王国騎士団が壊滅したってのがつい最近の話。

 よっぽどのことがなけりゃ、通らないんだが。

 ・・・命を懸けてまで通ろうとした。

 よっぽどの事情があったんだろけど結果的に全滅した。

 こいつらの士気を落とし、やつれているメンバーもいる。  


 しゃあなしか。と言った手前。

 どうなんだ?とも思うが、あんな一方的な虐殺を見た直後だ。

 血が引くように真っ青なつらになる気持ちが分からないわけじゃない。

 それにいくら雇われ傭兵の護衛でもオレみたいな軽装備で挑むなんてな。

 動ける戦いが出来ないならやるなって話だ。

 初撃も見切れずあっさり命を散らす以前に雇い主を死なしてしまっては本末転倒。

 オレ達と同じく防塵用の外套を纏っているあたりは良い。

 それ以外はダメダメだ。

 それは、こいつらもなんだけどな。 

 とてもじゃないが、いまの状態で連戦になるウェーブ戦は無理だ。

 それを察していたのかゴールドスターは、横目で軽く会釈して、


「ユウマ君。此処は僕に任せてはくれないか?」

 小さな声でそう言った。

 続けて、

「此処で足踏みしている時間ひまはない。」

 それに――—と言って、うつむき窶れ顔のクランメンバーを一瞥。


「この体たらくでは、到底・・・大規模作戦レイドの邪魔にしかなりえない。」


 言い放った矢先———。

 〔金獅子の大槍〕が本物の獅子のように唸り声をあげる。

 俯いていたメンバーが一斉に顔を上げる。


「よく見ておけ!」

 ゴールドスターは一喝を入れた。

 一喝にスカルリベンジャーも反応する。

 砂丘を見上げる怪物たち。

 両手の三つの大爪を構えるように臨戦態勢に移行した。

 獲物を見つけた奴らのふたつの赤い眼光は鬼気に満ちている。

「Gyagagagagaga!」と骨を軋ませ雄叫びが猛る。

 雄叫びそれに一部のメンバーが状態異常〖恐怖〗に囚われる。


「此処でおじげづく様な輩はクランに必要ない。」

 金獅子の口に赤黄色の炎が灯る。


「前を見ろ。奴らは悪であり、人殺しだ!」

 次第に十文字の三叉の刃へと炎が流れ燃え盛っていく。


「我々はなんだ!?」

 炎の色が青白く変わり始めた。


「我々は天の下に悪を討ち正義を執行する!」

 鼓舞することでメンバーの状態異常が解消されていく。


「「我々は正義のために立ち上がった『金獅子の大槍』だ!!」」

 最後はメンバー全員が大声でそう宣言した。


 場違い感半端ないオレを置いて、勝手に盛り上がる彼等メンバー

 真横でそれを眺めるオレは、引いたつらで帰りたいと心底思った。

 うわぁ・・・マジでコイツ勇者だわ。

 獅子は小虫を食わんとてもまず勢いをなす。とはよく言ったもの。

 そこからは早かった。


 まるで疾風迅雷の如く。

 凄まじい勢いで砂丘を下っていくことで発生した砂煙がまず敵の視界を奪う。

 砂煙の中、大槍の青白い炎刃が乱舞するのが見えた。


 周囲を巻き込む中規模の範囲攻撃。

 長い柄で相手の足を払い体勢を崩したところに、火炎属性を刃に纏わせた斬撃。

 最後は刃を使わず柄頭で刺突したのだろう。

 頭蓋を砕き割る音が聞こえた。

 小虫ザコ相手に油断せず全力を尽くして圧倒、あっさりと決着はついた。


 砂煙が晴れた先には、ゴールドスターだけが立っていた。

 立っていた。というより立ち尽くしていた。

 助けられなかったことへの思いが募ったのか、悲しげな表情で立ち尽くしていた。

 それを知ってか知らずか、クランメンバーは歓喜の声をそれぞれ言い合っていた。

 メンバーからの声に気づいたゴールドスターは、悲しさを隠すように笑って手を上げ勝利と無事を報告した。

 駆け寄っていくメンバー。

 その後ろをオレは、ゆっくりと丘を下っていくことにした。

 下っていく途中、倒されたスカルリベンジャーは、骨だけとなって転がっていた。 

 

 流石だ。と心の内で、素直に称賛を送った。

 あの重量級装備であれだけの動きができるのは奴くらいだろう。


 奴の防具に関しての情報は、デフォから聞いたことがあった。

 黒鉄ウルハ[雷]装備一式セット

 ゴツイ重量級の金色に輝く鎧装備。

 それぞれの部位にも凝った装飾がされている。

 特に胴衣の上部中心に嵌められた紅玉もそうだが、鷲をかたどった金のサークレットからも何かしらの大きな力を感じる。

 頭部、胴衣、籠手、腰部、脚具の基本装備部位5つの合計の耐久力VITは1500オーバー。

 オレの12倍の耐久力から得られる恩恵はかなりデカいが、デメリットもある。


 そのひとつが重さだ。

 5つだけの合計重量は60kgを超えるのだとか。

 そうなれば、普通のプレイヤーなら立ち上がることもできないが奴は違う。

 奴のLvレベルは、高レベル帯に入りトッププレイヤーの仲間入りを果たしている。

 それはオレもだけどな。

 それでも筋力STR一点にSPステータスポイントを振り分けただけじゃあ、あそこまで機敏に動けはしない。

 オレですら、そんなことは出来ないだろう。

 それ以前に動かすとなれば、一定値以上の重量級への技量も必要になってくる。

 その為間違いなく、あのスキルを習得していると思われる。


 それは【重量不在】という勇者専用のジョブスキル。

 どんな重量物を装備・所持していても重さをは感じないというふざけたスキルだ。

 だからこそ、あの重量級装備60kgでも自由に動き回ることができる。

 だからと言って万能なスキルとは言えない。

 この世界ゲームにも所持品を保管する為のアイテムボックスやインベントリという類の機能を持つポーチやリュックサックなどがある。

 しかし、限界容量以外のアイテムは入れることはできない。

 それに重さを感じないということに慣れが必須だということ。

 戦闘での攻撃や回避から生じる衝撃は、【重量不在】の効果圏外の為重さを認識できるが正直なところ慣れには相当な時間を要するだろう。


 ≪勇者≫になるだけでも一苦労だというのに本当大した奴だよ。

 ≪勇者≫という職業ジョブになる方法は、知っていても中々なろうとは思わない。

 憧れや理想を掲げるだけで成れたなら、この世は≪勇者≫で溢れかえっている。

 ≪勇者≫になるには、まず〝揺るぎない誇り〟という称号が必要となるが正直難しいハードなんてもんじゃない。

 この称号を手に入れようとしたオレを含めた多くのプレイヤーが挫折したほど。

 「救ってみせる」「絶対に助ける」という気持ちを胸に行動し、揺るぎなくしっかりした心で善行を積む必要がある。

 それも連続で100回以上達成させなければならない。

 連続達成できなかった場合、二度とその称号を手にすることが出来ない。

 善行を認知するのは、民衆や他のプレイヤー。

 つまり、絶対的正義なヒーローじゃないとムリな鬼畜仕様。

 この最初の関門である圧倒的理不尽無理ゲーをまず通過すること。

 それが条件となる。

 次に、≪戦士≫・≪剣士≫・≪傭兵≫のジョブLvを最大MAXの状態にする。

 ジョブLvが最大になると、修了エンドスキルというものを獲得する。

 ≪戦士≫の場合は、エンドスキル【武運長久の衣】を獲得できる。

 効果は、幸運LUKの数値が+20。

 戦闘中、一度だけ即死になる攻撃をHP体力を1で留めるというもの。

 オレも持ってるし使い勝手がとても良い。

 手始めにこのスキルを求めて≪戦士≫になる者が多いほど重宝されている。

 他ふたつのエンドスキルも獲得すると、期間限定依頼リミットクエストが発生する。

 順番通りに複数のリミットクエストを達成した上で、国または地域在住の民衆から一定以上の好感度を保持すること。

 且つ、経歴に犯罪歴なしであることを条件に、ユニーク職≪勇者≫が解放される。

 ≪勇者≫になったプレイヤーは、国王から直々に謁見の間にて賛辞と聖なる武器が贈呈される。

 聖なる武器とは、かの有名な聖剣だったりする。

 奴の場合は、魔鉱石と魔力を宿した黄金であしらえ金獅子の顔を象ったあの大槍だったらしい。

 ≪勇者≫は、国に仕え、民を救い、己を犠牲にする。

 本当にすげぇ奴だよ。

 それも含めての称賛だった。


 兎に角クランメンバーの士気上げには成功したようで何よりだ。

 ただ問題は、新たな問題を生むもの。

 その点は、奴も承知していることだろう。

 一掃した。

 一掃してしまったスカルリベンジャー。

 あれは間違いなく斥候だ。

 倒されたことを城主が放っておく訳がない。

 状況確認の為に狂骨魔獣スカルハウンドを寄越すことが予想できる。


 スカルハウンドは、オオカミの形を模した骨の怪物。

 歩きや走りといった人間の二足歩行をとるスカルリベンジャーとは異なる。

 四足の獣の機動力AGIは桁違いだ。

 それにだ。

 もしも、スカルハウンドに搭乗者スカルリベンジャーを乗せたライダーがいるなら―――。

 それはウェーブが始まる前兆になる。

 その恐れを見越したように無線連絡メッセージ着信音コールがした。


 メッセージとは、フレンド登録しているプレイヤー同士が離れた距離でも会話できるツールのこと。

 着信時、耳元から約5cmに円形の受話器アイコンがAR表示される。

 そのアイコンをタップすることで受信し、スピーカーの役割となる。

 但し、相手側が緊急を要する連絡時にコールはない。

 口元に同じく円形の受話器アイコンがAR表示され、それがマイクの扱いになる。

 

 オレに連絡を寄越したのは、オレが所属するクランの内の誰か。

 間違いなくクランリーダーではないのは確か。

 アイツがこの程度のことで連絡を寄越すわけがない。

 ———と考えれば・・・考えなくともひとりしか思い浮かばない。


「悪いお知らせです。」

 この丁寧口調にこの声。

 間違いない。

 後輩君だ。

 その一報を聞いて、直ぐさまゴールドスターへ警戒をするように促す。

 

「マジックスコープ越しからですが、ハウンドが其方へ向かっています。」

 マジックスコープは、筒状の単眼望遠鏡に【遠視】というより深く遠くを覗くことに特化した魔法がかけられた魔法道具マジックアイテム

 使い捨てタイプにしては、それなりに値段が張る為容易には扱えない代物。

 それでも今回の大規模作戦で失敗は許されない。

 クランの予備財源プールを開けてまで、オレ以外の2人は上限まで持っている。


「数は数えられるだけでも、10・・・いえ20以上と見てください。」

「20以上!?」

 オレは驚愕し、声を荒げた。

「なんだ。なんだ?」と大声にゴールドスターの仲間たちが反応する。

 斥候を数体倒しただけで、その規模はありえない。

 どこかに偵察スカウトがいたってことか。

 最悪だ。

 その規模じゃあ―――。


「規模から見てウェーブが発生していると思われます。」

 ウェーブは、波のように押し寄せることを意味し次々と押し寄せる敵との戦闘のことをウェーブ戦という。


 悪い予感はしていたが、これは想定外の始まりだ。

 アイツクランリーダーが見越していた時間タイミングよりも早い。


「あ。」

 あ?

 何だろうか。

 混線するように乱れて聞こえる。


「時間がないから手短に言う。」

 デフォの奴だ。

 自分で繋げりゃあいいものを無理矢理マイクだけを分捕ぶんどったな。


其処そこは今からウェーブ戦に入る。」

 だろうな。とゴールドスターにそのことをジェスチャーで伝える。

 ゴールドスターは頷きで返答した。

 直ぐに仲間たちをウェーブ戦の陣形を取るように指示を出し始めた。


鍍金めっきに伝えろ。」

 〝黄金の勇者〟相手に鍍金って、そりゃあないだろう。

 〝黄金の勇者〟とは、ゴールドスターの通り名や二つ名のこと。

 謁見の時に、その称号を王様から賜ったとか。


「そのウェーブ戦を乗り切り次第、前線を押し上げろってな!」

 連絡はそこで途絶えた。

 めっちゃくちゃにお怒りだ。


 確かにこのままでは不味いことになるのは、目に見えている。

 城主から離れた距離が大きければ大きいほどウェーブ戦の間隔も大きくなる。

 ウェーブ戦を絶え凌がなければならないゴールドスターたちにとっては有難い話。

 ただ、それでは意味がない。


 オレもそろそろ目標地点に向かわないとな。とゴールドスターを見やる。

 指示も指揮も出来ているようだし問題なそうだ。


「おーい。」

 手を上げ、ゴールドスターを呼ぶ。

 

「———すまない。」

 開口一番にゴールドスターは謝罪をしてきた。

 そりゃあ、まあ、自覚は流石にあるか。


 ポリポリとオレは頭を掻いた。

 本来ならあそこで何が起ころうとも戦闘を避けるべきだった。

 って言っても、オレ自身も戦う気満々だったしな。

 謝罪を止めるように言った。

 しかし、あっさりと断られた。


「そうであっても指揮官としては、別ルートで迂回するべきだった。」

 そうか。

 確かにゴールドスターの今回の役回りは≪指揮官≫。

 ≪勇者≫は、戦いに参加するだけで周囲のプレイヤーに影響を与える。

 状態異常〖恐怖〗を解消したように、言葉で勇気づける【鼓舞】というスキルを使わなくとも存在がプレイヤーにバフをかけている。

 言葉は力だ。

 指揮官が指示を出す言葉にもバフが乗る。

 これ以上ない最高の組み合わせと言っても差し支えないだろう。

 ———と言うのは能力の話であって上に立つ立場では確かにそうとも言えるが。


「いやいや、構わねぇよ。」 

 右手を左右に振って答える。


「オレもゴールドスターが出なかったら突っ込んでたし文句はねぇよ。」

 そんなことより、だ。


「内のリーダーが、ウェーブ戦を押し上げながら到達目標までは進めろってさ。」

 そうしないとアイツの作戦が破綻する。


「了解した!」

 こういうのが≪勇者≫に必要な素質なのかね。

 こうまで清々しい回答や素直な受け答えなんてオレには真似できない。


 オレは所持品から飲料水が入った瓶を1本飲み干す。

 乾いたこの赤黒色の砂丘で水分補給ができるのはここまでだ。


「それじゃ作戦開始タイムリミットまで僅かだし頼まぁ。」

 そう言ってゴールドスターへ他の荷物を渡していく。


 いま着用している防塵用の外套マントはそのまま。

 この外套なしで、この黒鉄砂城の砂丘を渡るのは自殺行為だ。

 黒鉄砂城の〔黒鉄砂〕には、装備品の素材に含まれる微弱な鉄分にも反応する。

 反応して〔黒鉄砂〕が付着した装備品の耐久値は減りが早く脆くなる。

 ゴールドスターの全身如何にもユニークです。みたいな装備なら問題ない。

 但しエピック級以下の装備で外套なしで歩こうものなら至る所に〔黒鉄砂〕が付着すること必至だ。


 残りの飲料水や保存食などが入ったリュックサック占めて6kgくらいを渡した。

 【重量不在】の恩恵がある奴なら余裕だろう。

 それくらい自分で持てよ。と言われるかもしれないが6kgの負荷はキツイ。

 特に敏捷AGI特化の戦士にとっては致命的。

 ここで軽くしておくのもプラン通り。


 良し!軽く準備運動して出発だな。

 脚部や腕の筋を伸ばしたり、手首足首をぶらぶらさせる。

 こういった軽度な準備運動にも意味がある。

 数値としては+1~5程度と僅かな補正バフが短時間入る。

 それだけでも移動速度が向上されるんならやらないと勿体ない。


「ユウマ君。」

 声をかけてきたのはゴールドスターだった。

 ん? なんかやり忘れてたっけ。

 準備運動を一旦止め立ち上がる。


「君は怖くないのかい?」

 オレは一瞬きょとんとする。

 言っている意味が分からなかったからだ。

 怖いかって?

 変なことを聞くなぁ。

 こんなクソ面白そうな戦いの前にそんなこと言ってんじゃねぇよ。

 白けるだろ。

 それとも・・・。


「なら、お前はどうなんだ。ウェーブ戦の押し上げが無理なら―――」

 違う。とゴールドスターは首を振って答える。


「君は、あの城主相手に怖くはないのか?」

「お前馬鹿だろう。」

 にやりと笑う。

 ゴールドスターは、え?と間抜けな声を上げる。


「この戦いは決死行じゃねぇんだ。肩の力を抜いてさ。愉しもうぜ!」

 サムズアップを送る。

 呆気に取られた顔になるが、直ぐに思い直したようで苦笑して答える。


「ふん。そっちこそしくじるなよ。」

 肩を数回ポンポンと軽く叩かれ任された。


「しくじる?」

「馬鹿云え。オレはいつだって愉しむだけだ!」

 オレは、駆け出した。


 オレはいつだって愉しんでる。

 オレは戦いが好きだ。

 恋してると言っていい。

 愛していると言ってもいい。

 戦うことへの意識や執念は、誰よりもあると自負している。

 だからという訳じゃない。

 ゲームを始めてまだ間もない頃3か月前、この地域で開始するには難易度がそれなりに高いと耳にはしていたが正直舐めていた。

 Lv差が40以上あるとはいえ、あの小虫相手スカルリベンジャー即死敗北した。

 小虫でそれだ。

 現状では死に急ぐようなものだった。

 だから、スキルアップをとバトルスタイルよりも体裁きや剣術や足技といった基本・基礎を教えてもらう必要があると判断した。

 道場を持つ参謀ともだちに頼み込んで、教えてもらうことになったまでは良かったんだが何でああなったのか。

 今となっては、その程度の軽い気持ちで教えを乞おうとしていた過去の自分が嘆かわしく思う。


 道場の門下生にまじって打ち合いに参加していたが、参謀の祖父おじいさんに「なまぬるい!」と言われ鬼稽古しごきが始まった。

 足腰立たなくなるまで山の上り下り。

 型が身に沁みつくまで死ぬ気で竹刀で素振り。

 木刀に防具なしで挑み続ける試合。

 生傷絶えない終わりなき稽古。

 それに耐え兼ねた門下生が次々と根を上げて倒れていく中、オレは衝撃を受けた。

 参謀は、涼しい顔で修練を終えて日課だと言って山へ走り込みに行ったのだ。

 それも目隠しをしてだ。

 なんでも視覚を奪われると、別の何かを感じ取れるとか。

 正気の沙汰ではないが、それを平然とやって退ける参謀に愕然とした。

 オレの考えは浅はかで甘かった。と思い知った。

 その日からオレは変わった。

 ただオレ達は持久力スタミナがなく、単に体力づくりはじまりをやっていたことは後で知った。

 

 心の奥でどこかに甘えが、遊びの感覚があった。と払拭する。

 肉刺まめが潰れようが。

 出血? 打撲? 生傷が絶えない?

 何を女々しいことを抜かしてんだ。

 そんなこと知ったことか。

 無表情な彫刻のように痛みも迷いも捨てて挑み続けるようになった。

 コケて泥だけになっても、土砂降りの嵐の中おじいさんと打ち合い。

 何度負けようと、何度打ちのめされても諦めたくなかった。

 諦めることは簡単だ。

 でも、それじゃあダメなんだ。

 戦うことが好きなら、こんなところでは躓くようじゃ終われない。

 オレが―――。

 オレ自身が自分を許せなくなる。

 そんなのは御免だ。

 その後も毎日ひたすら打ち込んだ。

 ただ、やれることをするんじゃ足りないから見て学んで打ち込む。

 そんなある日、それは唐突に訪れた。

 振るう剣も激しく降る雨粒もが遅く見えた。

 まるでスローモーションみたいだった。

 あのおじいさんが振るう剣をゆるりと躱し、雨粒一滴一滴を弾いて、身を捻って一撃を与えることが初めてできたのだ。

 喜びも一転。

 直ぐに切り返され「調子に乗るな。」とぼこぼこに打ちのめされた。

 それでも嬉しかった。

 修練が実ったのだから。

 来る日も来る日もぼこぼこに打ちのめされた甲斐があったというもの。

 今や、おじいさんにの弟子として正式に認めれるまでになった。

 まあ、それでも参謀の一太刀は未だに見切れてはいない。

 あれは早いなんてもんじゃない。

 摺り足の音もなく、空気が凍るように冷たくなったと思えば姿も気配も消える。

 鈴の音が聞こえたかと思ったら、いつ抜いたのか認識できずに背後を取られる。

 木刀を真っ二つに割られ、背後から喉を断ち切るように木刀を構えているのだ。

 どんな手品マジックだよ。

 謎過ぎるだろ。

 

「さて。」

 目標地点まであと少しってとこだな。

 先ほどまで赤黒色の砂丘を駆けて来たが、この先は峡谷きょうこくだ。

 ガラッと地形も変わっている。

 それでも、ここも黒鉄砂城ダンジョンの中。

 足場のざらつき具合は柔らかい白い砂粒で素足にやさしい。

 ごつごつした大粒台の砂利やら岩が、切り立った断崖から落ちてきている。

 これをよじ登るのは骨が折れる。と空を見上げる。


「あれ?」

 おかしなことが起こっていた。

 黒鉄砂城だけに限ったことじゃない。

 この地域一帯は、〝雨知らず〟で有名なほどの砂漠地帯。

 飲料水は、魔法による生成か地下水を汲み上げる以外に方法はない。 

 だから今にも雨が降りそうな曇天模様は初めて見る。


「おい! ぼさっとするな!」

 ぼうっと現を抜かしていると緊急メッセージが入ってきた。

 このなんかムカつく口調と声からしてリーダーだ。


「説明しただろ! 其処は―――。」

 ん、なんだ?

 音が聞こえた。

 それも猛烈な速度で突き進む群れみたいに。

 そこでハッとする。


 そうだ。

 この道筋はヤバい。と全力で崖をよじ登っていく。

 小さな窪みを見つけて入り込み、ちらりと覗くように崖下を見る。

 狂骨戦士が騎乗したスカルハウンドの群れウェーブだ。

 峡谷のオレが歩いていた道を猛烈な速さで抜けていくのが見えた。

 間一髪だった。

 あの時、緊急のメッセージがなかったらと思うとブルッと体を震わせる。


「わりぃわりぃ。」

 完全に忘れてた。

 ここだけじゃなくて他のこの峡谷の谷もウェーブの通り抜け道だったのを。

 だから、よじ登る必要があったんだった。


「さっさと登ってこい!」

 うるせぇーな。

 誰にだってうっかりはあるだろ。


「マップ上にマーキングした箇所に縄梯子あることも忘れてないだろうな!」

 ・・・なんて?とすっとんきょうな声で答えると途端に全身の毛が逆撫でした。


 ぞわっと悪寒を感じて鳥肌が立つ。

 メッセージであって対面はしていない。

 それなのに、目前にアイツが控えているように感じた。

 それも圧と凄みのある修羅の顔で睨みつける。

 ゴクッと生唾を飲む。

 謝ろう。

 誠心誠意謝ろう。と思いながら登って速攻平謝りを決めた。

 許されなかった。

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