第20話 再会

 ソルマンが住んでいるのは、小さいけれど居心地のいい家でした。

部屋が四部屋ある平屋で、外には猫の額ほどの庭がついています。庭に向いた南側の窓辺にはダレン村を思わせるようなゼラニウムの鉢が置いてあり、ちゃんと冬枯れの葉っぱを取って手入れしているようで、独身男性が住んている家にしてはきちんと管理されています。

春になるとここには綺麗な花が咲くのでしょう。


麻子とマクスがソルマンに連れられて家に入って行くと、居間で刺繍の仕事をしていたイレーネが驚いて駆け寄ってきました。

「アサコ?! もう、心配してたのよ! どこに行ってたの? へぇ~、この人がマクスさんね!」

イレーネは麻子の顔を見て安心したのか、矢継ぎ早に質問をしてきました。けれど後ろに立っていたマクスの姿を目にすると、すっかり興味がそちらにいってしまったようです。好奇心旺盛なイレーネは、初めて見るマクスの顔を遠慮なくジロジロ見ていました。


「良かった良かった。二人とも無事だったんだね」

パルマおばさんは目を潤ませて、麻子をきつく抱きしめてくれました。

背中をトントンと叩いてくれるパルマおばさんの手が、ずっと張り詰めていた気持ちを溶かしてくれたのか、麻子はおばさんの胸に包まれてひとしきり泣いてしまいました。

マクスはそんな麻子を優しそうな目で見ていました。


パルマおばさんは、マクスがナサイア一族であろうがおかまいなしです。

ずっと行方知れずだった息子が突然帰って来たかのような対応で、マクスの身体を隅々まで調べあげたかと思うと、怪我がよくなってきていると手放しで喜んでくれていました。


会ったこともない見ず知らずの他人が、自分のことを心底心配してくれていたと知って、マクスは驚いていました。

パルマおばさんに「もうアサコに心配かけるんじゃないよ」と力一杯背中を叩かれて、目を白黒させている様子が面白かったです。

マクスにもこんな風に戸惑うことがあるんですね。



都から転移した後に何があったかということや、マクスを救出した後のことを麻子が皆に説明すると、やっと再会の興奮も収まってきました。


「神様って、本当にいるのね……」

「僕も信じられないよ」

イレーネとソルマンは神様に会ったという麻子の話を聞いて、狐に化かされたような顔をしています。


「でもね、伝説の白竜がいたんだから、私は神様もいると思うよ。ねぇ、マクス、ナサイア一族の人たちは昔から『神に選ばれし者たち』と言われてるんだろ? 何か神様に関する言い伝えとかがあるんじゃないかい?」


パルマおばさんにお茶を入れてもらったマクスは、難しい顔をしてカップを手に取りました。


「ええ、言い伝えや神託と言われるお告げの巻物はたくさん残っています。けれど実際に神様に会った者は三千年以上前の初代のナサイアだけじゃないでしょうか。それが今回は私とシガル長老が一度、子鈴神に会いましたし、アサコは創造神リーンと子鈴神の両方に会っています」

「滅多にないことなんだね」

「そうです。だからこそ余計に、アサコが神託を受けたという『ここの世の終わり』というのが気になりますね。今年の神事の対応いかんによっては、人が生きる道筋が変わってくるかもしれません」


マクスの話を聞いていたソルマンは、右手で眉間を揉みながら軽く舌打ちをしました。


「ちょっとマクス様、いやに落ち着いているようですが、大丈夫なんでしょうね。アランは急にうちが今年の神事の物品を用意しなければいけなくなったって言ってましたし、この大事にナサイア一族がまとまっていないと困るんじゃないですか?」


焦れているようなソルマンの様子を見ながら、マクスは気持ちを落ち着けるかのようにお茶を一口すすりました。


「あなたがおっしゃる通り、困りますね」

「なら、……」

「昔からピンチにおちいった時がチャンスの時だということわざがあるでしょう。ここまで追い込まれているからこそ、一気に改革できることがあるかもしれません。私にはちょっと考えていることがあります。どうなるかはわかりませんが、ひとまず任せてもらえませんか?」

「いやぁ、儀式は昔からナサイア一族の皆様がおこなってきたことですし、僕たち一般人にはもともと口もはさめないですことですから。ただ、どうも世界の窮地のようですし、僕もここの世の終わりを救うためならなんだってします。何でも言ってください」


ソルマンの頼もしい言葉に、マクスは嬉しそうに頷きました。


「それでは、一つ頼まれてください」

マクスはそう言って、ソルマンと二人だけで何やら小声で打ち合わせを始めました。

どうやら悪企みをしているようで、男二人の顔が悪い顔になっています。

麻子はそんな二人に呆れればいいのか頼もしく思えばいいのか迷いましたが、パルマおばさんが笑ってみているので、全部任せておけばいいのかもしれません。


「それはそうとアサコ、頼まれていた注文分の刺繍は済ませたよ」

「そうそう。私なんてアサコが心配で刺繍なんか手につかなかったけど、パルマおばさんったら肝っ玉が座ってるのよ。『アサコのことだから何とかしてここに帰って来るよ。その時に仕事が済んでた方がすぐに他のことに対応できるだろ』なあんて言っちゃって、平然と仕事を始めるんだからぁ」

「何をするにしても段取りは大事だよ。世の中が終わるにしたって、立つ鳥跡を濁さずさ。あたしゃ、身のまわりをきちんと片付けてから死にたいね」


「ふふふ、もうパルマおばさんったら!」

こんなふうに、おばさんがどっしりと構えていてくれていることで、周りがどんなに気持ちが楽になることだろう。

イレーネも口ではああやって文句を言ってるけど、そのことはよくわかっていると思う。


アサコは二人のやり取りをそばで聞いていて、久しぶりに暖かい日常の生活の中に戻ってきた気がしました。世の中から隔絶されていたマクスとのアウトドアライフも魅力的でしたが、親しみのある仲間とのこんなふれ合いは得難いものです。

やはり人間、一人では生きていけないものですね。


この日常を守るために、これからマクスと頑張っていかなければなりません。


「子鈴おろし」

今年の新年の神事に何が待っているのでしょうか。


麻子は、武者震いがするのを感じていました。

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