第7話 これからのこと
異世界は吹雪でした。
翌日はよく晴れた小春日和だったので、隣の異世界に行ってみたのですが、洞窟の入り口近くまで深い雪に覆われていたのです。その上、まだまだ雪は降り続いていました。これは当分、あちらに行けそうもありません。
マクスは何故か嬉しそうでした。
山小屋に帰れないのに、どうしてでしょう?
でも、この大量の布はどうしたらいいかしら。
麻子は背負っていた重たいリュクサックを、また家に持って帰るのだと思うとがっかりしました。
昨日、西隣のおじいさんのお家で荷物を預かってくれていたんですが、大人一人では運べないほど大きな段ボール箱が五つもあったのです。困っていた宅配業者を見かねて、奥さんの
お隣にご迷惑をおかけしてしまいました。また、シフォンケーキを焼いて持って行かなければなりませんね。孝代おばあさんは、シフォンケーキが大好物なのです。
今回はマクスがいたので、軽々と荷物を運んでくれましたが、今度から小分けにして布を買おうと、麻子は反省したのでした。
とにかく自分一人で進められるところは、やっておくべきでしょう。
麻子は手持ち無沙汰にしているマクスを使って、布を切ってもらうことにしました。本人は「なんで俺がこんな女子供がするようなことをしなくちゃならないんだ」とぶつくさ言っていましたが、働かざる者食うべからずです。
マクスは大柄な身体のためか、よく食べるのです。
朝ご飯の
「ツケモノが美味い!」と言いながら飯をかっ込む様子は、大学の柔道部かアメフトの選手のようです。
我が家のエンゲル係数が心配になってきました。
麻子は応接間を改造して仕事部屋にしているのですが、そこには窓際に広い作業台を設けています。そこでマクスに布を断ってもらって、端切れを受け取った麻子が中央のテーブルでミシンをかけていくという流れ作業をしていくことにしました。
有線放送の音楽が流れる部屋で黙って作業をしていると、ずっと前からこうやって二人で仕事をしていたような気がしてきました。不思議ですね。
三着のワンピースと、五個の袋物を縫い終わった時には昼になっていました。
今日作ったものは異世界に持って行って、パルマおばさんに幾何学模様の刺繍をしてもらい、イレーネにビーズ刺繍で仕上げをしてもらう予定です。
あちらではたぶん春の花の刺繍をした上着やスカートを作ってくれていることでしょう。
トーチラス国の伝統的な刺繍模様が、こんなに現代日本でウケるとは思っていませんでした。ネットで注文を受けた品で急ぎのものはだいたいできました。後は手芸フェスティバルに出店する時に必要な商品を揃えなければなりません。嬉しい忙しさですね。
「おい、飯にしてくれ。腹がへった」
マクスは遠慮がなくなってきましたね。
「はいはい。お昼は『カレーライス』にしますね」
「なんだ? そのカレーライスというのは?」
「マクスさんが、調味料が固められて箱に入っているのか?って言ってたあの『ルー』を使うんですよ」
それを聞いたマクスの目がキラリと光ったので、麻子は三合仕掛けようと思っていたお米を四合にすることにしました。
お米、買い足さなきゃな……
家の中にカレーの匂いが漂い始めると、庭で剣の素振りをしていたマクスが入って来ました。
「うまそうな匂いだな」
「もうすぐできますよ。洗面所で手を洗ってきてください」
こうやって自分以外の人にご飯を作るのは、お父さんが亡くなって以来のことです。小さい頃に母親が亡くなったので、母の味というものは知りませんが、父親が唯一得意だったカレーライスを食べると、いつも「うまいぞ。欲しいだけ食べろ」と言ってくれていた父の言葉を思い出します。
マクスがスプーンを運ぶ手は止まりませんでした。最後の最後まで、お皿のルーをなめとるように食べてしまいました。
「これはうまいな。また作ってくれ」
また? 彼はずっとここに居座るつもりなんでしょうか?
麻子は今まで、マクスの考えを聞くことは避けてきました。何か事情がありそうでしたし、その事情に踏み込むことも怖かったのです。
でも今朝、雪が降っている異世界の様子を見て喜んでいたマクスの真意がわかりませんでした。
これからどうするつもりなのかぐらいは尋ねてみてもいいでしょう。
こっちの都合もありますしね。
「あの、マクスさんはずっとこちらにいる予定なんですか? 山小屋を無人にしといて心配じゃないんですか?」
麻子の言葉に、ティッシュで口を拭いていたマクスの手が止まりました。そして鋭い目で麻子をジロリと見たのです。
ふ、ふん。そんな怖い顔をしても黙りませんよ。こればっかりはうちのお財布事情もかかってるんですから。
「あの山小屋は放棄した。敵に見つかったんだ」
………………………………
「は?」
「
「はあ?!」
ちょっとちょっと、マクスさん。
それって後、二ヶ月近くあるんですけどーーー!
信じられないことを聞いてしまった麻子の声が、晩秋の空に響き渡ったのでした。
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