《第十六章 ドワーフとエルフ》前編

 

 魔王を討伐した平和な世界の、とある奥深い森の中にて……。



 そら、ツルハシ振れ、スコップ振れ。

 金銀財宝ざくざく、ごろごろと出れば値千金あたいせんきんとくらぁ。

 間違ってもごろごろ芋掘るなっと。


 調子外れで唄いながらツルハシを振るうのはドワーフのアントンだ。

 鉱山のなか、松明が灯る坑道内でアントンがツルハシを振るうたびにがちんがちんと音が響く。


 「アンさん、これ見てくんねぇか? 水晶だと思うけどよ」


 アントンの背に年の若い鉱夫こうふが声をかける。

 どれどれとアントンが受け取って、水晶をためつすがめつ見る。


 「こらぁ水晶のなり損ないだぁな。二束三文にもならんでな」


 アントンの鑑定結果に若い鉱夫はがっくりとうな垂れる。


 「久しぶりに掘り出しもんだと思ってたのによ……」

 「金銀財宝掘り当てて一攫千金ちゅうのはなかなかないもんだで。ドワーフでもそんなのは夢のまた夢だぁね」


 アントンがからからと笑う。


 「でも、アンさんはエルフの別嬪な嫁さんがいるんだろ? それだけでも一攫千金だぜ」

 「俺ぁ、嫁さんはエルフでもドワーフでもどっちでも構わんがの」

 「それこそ贅沢だぜ!」


 若い鉱夫の文句にアントンがまたからからと笑う。


 「おぉーい! もう仕事終いにすっぞー!」


 親方が胴間声を張り上げて言う。


 「おお、もうそんな時間かの。腹が減ってきたわい」


 アントンがツルハシを置いて帰り支度をすると、ふと思い出したようにズボンのポケットをごそごそと漁る。


 「忘れるところだった。おめぇにやるわ、ほれ」


 アントンが若い鉱夫に手渡したのは紫色に輝く紫水晶アメジストだった。


 「嫁さんによろしくな。親方には内緒にしとくでの」

 「あ、ありがてぇ! アンさん!」


 若い鉱夫は先月結婚したばかりだ。



 とっぷりと日が暮れ、梟がホーホーと鳴く森の中を、背嚢を片手にアントンはドワーフ特有の短い足をえっちらおっちらと動かす。

 森の中をしばし歩くとやがて少し先に灯りが見える。

 丸太を積み上げて作られた簡易だが、頑丈な家はアントンの手によるものだ。

 木造りのドアを開けて「帰ったぞぉ」と帰宅を告げる。


 「お帰りなさい。あなた」


 アントンの妻、エルフのレヴィが荷を下ろしたアントンの頬にキスをする。


 「良い匂いだの」


 居間から漂う夕餉の香りに鼻をひくひくさせる。

 食卓には果たしてパンとトマトのシチュー、胡桃や木の実が皿に載せられていた。


 「大地の神様に感謝を」

 「森の精霊のお恵みに感謝します」


 ふたりがそれぞれ種族の、食事の前に信ずる神に感謝を捧げる。

 もっとも種族の異なるふたりが結ばれて同じ食卓につくだけでも異様な光景なのだが。


 「うん! うめぇ! やっぱレヴィの作るメシは最高だの!」


 アントンの賛辞にレヴィが「うふふ」と笑う。

 シチューを口に運んだ後、木の実を摘まむ。


 「こりゃヤマブドウの実だな。こっちはグミの実か」


 ひょいっと口に放るとむしゃむしゃと咀嚼してからごくりと飲み込む。


 「かぁーっ! 旨い! 葡萄酒がなくてもこれでイケるわい」


 がははと豪快に笑うアントンにレヴィがうふふと微笑む。


 「覚えてますか? この実があることをを教えてくれたのはあなたですよ」

 「?」


 キョトンとするアントンにレヴィがくすりと笑う。


 「私たちが初めて会った日のこと、覚えてます?」

 「おお、確かあん時はエルフの里の近くの森だったのぅ」と立派な髭をしごく。

 「はい……そのおかげで私はエルフの里を追放されてしまいましたが、後悔はしていません……」


 グミの実を細い指で摘まむとじっとそれを眺める。



 それは勇者一行が魔王を討伐して、世界に平和が訪れた直後のこと……。

 人が踏み入ることが出来ないような緑深い森の奥に、エルフの里はある。

 エルフは気の遠くなるような永い間、外界との接触を絶っており、魔王が世界を支配下に置いた際にもエルフの里は我関せずの体を貫いていた。

 従って平和が戻ってもいつもと変わらぬ日常を送っていたのである。

 エルフの里の中心に位置するところに樹齢千年は軽く超えていようかと思しき大樹――エルフの人たちは霊樹と呼んでいるが、その霊樹のなかをくり抜いて作られた館のなかでひとりの少女、もっとも彼女の年齢は2000歳だが、人間の年齢に照らし合わせればやっと20歳になったところだ。

 金髪碧眼で耳長の少女が人間の年齢では初老に当たるであろうこれまた金髪碧眼の男と対面していた。


 「魔王はすでに討伐されて世界は平和になったのです。それに私も、もうこどもではありませんわ」


 音色を思わせるような少女の声を凜とした声が遮る。


 「ならぬ。我らエルフは永年外界との接触を避け、今までに平穏無事に暮らしてきたのだ。何故なにゆえ自ら禁を破ることをするのか」

 「お父様は考えが古いのです。私はただ外の世界を見てみたいだけなのです」

 「もうよい。これ以上議論を続けても無駄なようだ」


 少女の父はくるりと踵を返すと、その場を去る。

 ひとり残された少女はきゅっと奥歯を噛む。


 昔、お母様が話してくれた昔話の、外の世界を見てみたいだけなのに……。



 数日後、エルフの里から少女がこっそりと抜け出て外界へ飛び出すのは当然の結果と言えた。


 「わぁ……!」


 どこまでも広がるような蒼い空、緑茂る森の中の木々に飛び交う鳥、巣穴からひょこっと顔を出す小動物。

 見るもの聞くものそれらすべてが少女にとっては新しい世界だった。

 草むらを掻き分けて進むとやがてひらけたところに出た。

 切り株に腰を下ろしてひと休みする。そして息を深く吸う。

 空に浮かぶ雲が風でゆるゆると流れていくのをぼうっと眺める。

 少女はいままさに自分はあの流れる雲のように自由を味わっているのだと実感した。

 自由の歓びを少女はこの世のものとは思えぬ、ハープを思わせるような音色のごとき美声で歌いはじめる。

 はじめに栗鼠リスがぴょんぴょんと少女の足下へやってくる。その次には野兎が、やがては小鳥が少女の差し出した手に留まり、その歌声に聞き惚れていた。

 わらわらと森に棲む動物たちがみな、エルフの歌を聴こうと集まってきた。

 少女が一層高らかに歌い上げようとした途端、少女の足下にいた栗鼠がぴくりと身を震わせたかと思えばすぐに森の中へと一目散に逃げ出した。それに倣って他の動物たちも森の奥へと消えていく。


 「あら、どうしたの? みなさん、まだ途中ですよ?」


 その時だ。辺りを震わす地響きがしたのは。

 少女の手に留まっていた小鳥も逃げ出そうと羽をばたつかせて上空へと逃れようとする。

 だが、小鳥は森からいきなり突き出た怪物の口の中へと消えた。

 小鳥は必死に羽をばたつかせるが、悲鳴とともに怪物のなかへと飲み込まれた。

 咀嚼そしゃくしてからげっぷをひとつ。そして鼻をひくひく言わせると眼下に怯えているエルフの少女が視界に入った。

 怪物は醜悪な笑みを浮かべて雄叫びを上げ、足を前に踏み出す。すると木々や茂みに隠れていた怪物の全貌が露わになる。

 怪物の首はひとつだけではなかった。小鳥を飲み込んだ首のほかにもう二本の首もエルフの少女を認めた。

 三頭竜ヒドラは我先にとエルフの少女を喰らおうと大口を開けて襲いかかる。

 少女は逃げ出そうとするが、足でも挫いたのか、そのまま倒れてしまう。

 少女の悲鳴が怪物の口の中へと飲み込まれようした刹那、少女の目の前で首の一本がぼとりと落ちた。

 いや落ちたのではない。斬り落とされたのだ。

 首を一本失ったヒドラは甲高い悲鳴を上げて茂みのなかへと逃げ出した。


 「森の中で迷ってたら、いきなりヒドラだけでのぅてエルフの娘っこにも出くわすとはのぅ」


 目に涙を浮かべた少女がおそるおそる目を開けると、そこには兜や鎧に身を包み、手には両刃の斧を携えたドワーフが立っていた。


 「大丈夫かの? 娘っ子」


 ドワーフ、勇者一行がひとり、アントンはエルフの少女、レヴィにそう声をかけた。

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