《第十四章 明日にかけるギャンブラー①》

 

 「なぁ、覚悟はいいか?」

 「ああ、そのつもりだ」


 そういう男の手は震えていた。別の男が指摘すると「武者震いだ」と返す。

 「俺もわくわくしてて、楽しみでしかたねぇよ」と別の男。

 「俺もだ」ともうひとりの男も応える。


 そんな男どもを見渡して、ひとり腹の突き出た男がへへっと笑う。


 「正直言って、俺も手の震えが止まらねえ。こんなに震えるのは魔王との対決以来だぜ……」


 男たちがごくりと生唾を飲む。腹の突き出た男、勇者が言う。


 「そろそろ時間だ。行くぞ」

 「おう!」


 目の前の扉をノッカーでコン、ココン、コンとノックする。

 すると、扉の目に当たる部分が横にスライドし、そこから鉄仮面がこちらを覗く。そしてくぐもった声で言う。


 「勇者様一行だな? 入れ」


 覗き穴が閉じられると、内側からカチリと錠が外れる音がしたかと思うと、重厚な扉がぎぎぎと開いて、鉄仮面の大柄な男がこっちへ来いと言うように親指を突き出す。

 鉄仮面に付いていくと、やがて両開きの扉の前まで来る。


 「心の準備はいいな?」


 鉄仮面が確認するように聞く。勇者がこくりと頷いたので、鉄仮面も頷く。

 ぎぎぎと鉄仮面が扉を開く。すると、そこにはまばゆい照明の下、赤い絨毯が広がる中でポーカーテーブル、ルーレット、スロットマシーンなどが並んでいた。そこかしこで客が勝敗に一喜一憂している。

 勇者一行は目の前に広がる光景にうおおお! と歓声をあげる。

 ここは勇者が住む村から離れたところにある街の地下カジノだ。


 「あ! 勇者様! ようこそカジノへ!」


 ぴょんとウサギの耳を立てたカチューシャに艶めかしいバニーガールの衣装に身を包んだ娘がととと、と勇者一行のもとへと来る。そして勇者のぎゅっと手を握る。


 「お待ちしてましたぁー! チラシ見てくれたんですね!」

 「お、おぅ」


 勇者の手がバニーガールの豊満な胸に当たる。


 「じゃあ後は頼んだぜ」と鉄仮面が退場する。

 「はぁーい♡ それじゃあ勇者様、こちらへいらしてください」


 バニーガールに連れられるがままに入り口横のカウンターへと来る。


 「それでは勇者様、本日はカジノオープンを記念しまして、コイン2000枚を差し上げます。もちろんお友達の方と分けても構いませんよー♡ コインはこちらの景品と引き換えか、現金に換えられまーす」


 目の前にきらきらと光るコインがどんと置かれる。それを見て男たちがまた歓声をあげる。


 「いやぁ勇者様と知り合いになれてよかっただ!」

 「んだんだ!」

 「ニコの奴にゃあ悪いが、たっぷりと楽しもうぜ!」


 村の若者のひとり、ニコもカジノに行きたがっていたが、まだ未成年なため、カジノには入れない。勇者がコインを500枚ずつひとりひとりに分ける。男たちがありがたやありがたやと合掌する。


 「んじゃ、今夜は思いっきり遊びまくろうぜ!」


 勇者の一声に村の若者たちがおう! と拳を挙げる。


 「あれ? でも勇者様、シンシアちゃんはこのことは……?」


 若者のひとりが至極当然な疑問を口にする。勇者の妻、シンシアは村でも鬼嫁として恐れられている。


 「そ、そうだぜ勇者様、このことがバレたらタダでは……」


 だが、勇者は余裕たっぷりに不敵な笑みを浮かべる。


 「大丈夫だ。その点に関しては抜かりはない。あいつには行き先は告げてないし、もらったカジノのチラシは暖炉で焼却しておいた」

 「さすが勇者様だ!」と若者たち。

 「んじゃ、あらためて……今夜はとことん楽しもうぜ!」

 「おおっ!」


 勇者と村の若者たちはめいめいにスロットマシーンやテーブルへと向かう。

 テーブル上でカードが舞う中、賭けたコインが増えては消え、また増えたかと思えば次第に減っていく。


 「だぁーっ! 今度こそ!」と勇者。

 「お客様、もうコインがございません。賭けを続けるのでしたら両替を」


 ディーラーがカードをぱらららとシャッフルしながら言う。勇者がカウンターへと向かうと、村の若者たちと鉢合わせになる。


 「どうだった?」と勇者が聞く。


 問われた若者は弱々しく首を振る。


 「全然ダメだぁ。今日はとことんツイてねぇ」

 「俺もだ」


 他の者達も同様だ。


 「しかたない。コインを追加して負けを取り戻そう」


 勇者がカウンターで両替すると、再びさっきのテーブルへと戻る。だが、結果は同じであった。


 「まずい、このままじゃ有り金がなくなっちまう……」


 それよりも恐ろしいのはシンシアのお仕置きだが……。


 こんなことなら冒険で手に入れた聖なる盾でも質屋に売っとくんだった……。


 魔王を討伐するために必要な最強の武具をどこの質屋や武器防具店が買い取ってくれるというのか……。


 すごすごとカジノから出ようとする勇者一行を呼び止める者があった。


 「もし、そこのお方。よろしければ私と勝負しませんか?」


 純白のシャツに蝶ネクタイ、豪奢なベストをはおり、左右にぴんと跳ねた髭が特徴的な男がポーカーテーブルに腰かけていた。


 「誘いはありがたいけど、もうコインないし、有り金も底を尽きかけてて……」


 勇者が断って出口へ続く階段に登ろうとした時、後ろから男の声がする。


 「コインお貸ししますよ。勝てばもちろん貴方のモノだ。どうです? 一発逆転を狙っては?」

 「残念だけど、また今度に……」

 「ほぅ! これはこれは……あの英雄とうたわれた勇者殿が勝負から逃げるとは!」


 挑発的な言い方だ。これには勇者でなくとも同郷の若者たちの逆鱗に触れた。


 「てめぇ! さっきから好き勝手ばっかり言いやがって! いいぜ、勝負してやんよ!」

「Good!」とベストの男が指さしながら言う。


 一行のなかでは大柄な男が前に進み出る。仲間が制止するも聞く耳持たない。


 「うるせぇ! 見ず知らずの男にバカにされて黙ってられるかってんだ!」


 ベストの男は対照的に落ち着き払っている。


 「それで、ゲームは何にしますかな? ポーカーですか? バックギャモンですか? 得意なもので構いませんよ」

 「これで勝負だ!」


 どんっと男がテーブルに出したのは自前の革のコップだ。


 「チンチロリンで勝負だ!」

 「Good!」とまたベストの男。



 ♤チンチロリン♤


 三つのダイスをコップに入れて振り、出た目の合計が大きいほうが勝ちという至極単純なゲーム。


 「では先攻後攻をコイントスで」


 ベストの男がコインを指で弾き、手のひらに落ちると素早く手で蓋をする。ゆっくりと手をずらすと先攻はベストの男であった。

 三つのダイスを等間隔で縦に並べる。


 「では……」


 ベストの男が深呼吸したかと思えば、コップを左右に振る。ダイスの上まで来ると、華麗な動きで吸い込まれるようにコップのなかへと消えていく。からからと音を立ててどんっとテーブルに置く。

 ゆっくりとコップを上げ、三つのダイスの目が露わになる。

 3,4,6の合計13点だ。


 「まずまずと言ったところですか……貴方の番ですよ」

 「なめやがって!」


 ベストの男からコップをひったくると、自分も同じようにダイスを等間隔で縦に並べる。


 「俺にだってこんなの!」


 ベストの男がやってみせたようにコップを左右に振る。

 そしてコップをからからと振って力強くテーブルに叩きつける。

 そしてゆっくりとコップを上げるとまず1つめのダイスの目は5。2つめが6だ。


 よし……! 良いぞ!


 3つめのダイスの目を確認しようとする。だが、目はない。いや、そもそもダイス自体がないのだ。


 「なっ……!」


 ベストの男がテーブルの端を指さしたのでそっちの方を見ると、3つめのダイスがそこにあった。コップを左右に振る時に入らずに弾かれたのだろう。


 「合計11点。もっともダイスが全てコップに入らなかった時点で貴方の負けですが……」


 ベストの男が慇懃無礼に言う。憤る男を仲間が抑える。


 「帰ろうぜ。こんな奴相手にしない方がいい」

 「おっと、まさかそのまま帰るという訳ではありますまい? 負けた分は支払わないと」


 ベストの男が指を鳴らすと、鉄仮面の男が現れて負けた仲間を後ろから羽交い締めにする。


 「あぐっ!」

 「やめろ!」


 勇者一行が抗議する。が、ベストの男は冷静だ。


 「私に勝てばお仲間は解放しますよ。さて、次はどなたですかな? 申し遅れましたが、私の名はスペードです。さぁ、勝負ゲーム を続けるとしましょう」


 スペードと名乗った男は不敵な笑みを浮かべる。

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