第18話 For Death



 「こんな感じか?」


 転写室の中、完成した構図を眺めてエスが言う。中身が二メートル程度の空洞になった金属の立方体と中に備え付けられた金属の椅子に座る銀髪の少女擬き、さながら処刑装置の様にも見えなくも無い。機械には特に際立った装飾も無く無機質な金属体の上部には電光掲示板の様な物が付けられており現在の表示は『INPUT』となっていた。


 作動スイッチは機械の右側に分かりやすさ重視の赤い球体の付いたレバーがあり、そこにエスが立っている。エスは準備の終わった機械の箱に何か思うところがあるのか、僅かに唸る。


 「ふーむ、雨村のオッサン。これどう思う?」

 何とも漠然とした質問である。雨村も壁際でエスの様子を眺めていただけだったが、エスが何を指してそんな質問を投げかけたのかは理解しており、目の前の金属の箱を一瞥してから答えた。


 「ゲヒルンの作った機械だ、記憶の転写は凄まじい技術だがそれ以上に特別な事は無い」

 雨村の答えを聞いて、エスは「成る程なぁ」と呟くと、レバーを握った。エスの中でこの機械に対しての結論は既に出ているのだろう。雨村に投げかけた質問も「どう思う?」以上の意味はなかった。


 「じゃあやるか」

 呟いてレバーを握るエスの手に力が込められる。酷く単純な構造な機械で、設定はインかアウト、レバーにはオンとオフの両極端しか存在していない、秘められた技術は凄まじいが故にその単純さには奇妙な違和感があった。エスの右手がレバーを押し上げる。オフから、オンへと、スイッチが切り替わる。電気で動いているのかも分からない様な機械だったが、動いているのだから電気なのだろう。機械が低い唸り声をあげ、空洞の中に緑色のプラズマが迸った。


 ばちばち。音は二人が想像していたよりもずっと静かだった。目の前には雷雲が撒き散らす様な凄まじい電流が目に映っているのに、実際には静電気が弾ける様な音しか鳴っていない。


 「妙な機械だな」

 走る電撃を見て雨村が呟いた。

 「まぁコイツもMOだからなぁ。」

 ようやく気付いたか、とエスは雨村の呟きに対して言葉を続ける。


 「ツール……というには少々デカ過ぎ、オーナメントってところか。一見ただの機械だが、コイツは間違いなくMOだ。まぁ何かを試した訳じゃないから確証とかは無い。ただ、使い方を間違えれば最悪な事態を引き起こせるタイプだってのは分かる。こいつの本来の使い方は『抽出』、要は中身を取り出す為のモノだ、取り分け頭の中の空想の産物をアウトプット出来るシロモノ──」


 がちゃり。語るエスの横で金属の擦れる音がした。それは雨村が拳銃を半ばで折った音だった。


 「ほう、なら彼女の記憶が戻り次第、さっさと破壊するのが一番だな」

 雨村は拳銃を取り出し、単発式中折れ拳銃の薬室に懐から取り出した弾丸を込めようとしている。それを見てエスの手が動いた。


 「待て待て、落ち着いてくれよ。あんたがこれを破壊しようって言い出すのは分かってたけど、俺にだって一応だけど任務があんだよ」

 薬室へと向かう雨村の左手を止めてエスが言う。

 途端、雨村の眼は鋭さを纏い彼自身を覆う雰囲気も同様の鋭利さを帯びる。これはエスへと向けられた明確な敵意であった。


 「お前の任務など知ったこっちゃあない。仮にメリットが九割だとしても、一割でもデメリットを抱えているなら、そんなものは初めから無かった事にする方が善い」

 雨村の左手は止まってはいたが、エスが僅かにでもその手を離せば、雨村は薬室に弾を込める。それを分かってかエスは雨村の手を離す事はなかった。


 「あんたの言い分は十分理解出来る。だが、あんたは俺とユエシィの事を知っていた。つまりComの事もある程度知識にある訳だろ? それに、あんたはComとの接触を避けたい。俺達が手ぶらでComに戻れば必ず記憶を覗かれるだろうしな」

 

 「つまりタダでは帰れないと?」


 「そういう事。なにせ俺はComとの連絡も出来ていない、そんな状況で手ぶらのまま連絡も出来ないんだよ。何か一つ、納得させられる材料が必要なワケ。冷静に考えてみてくれ」

 言ってエスは雨村の手を離した。しばし考え込む雨村だったが、ふうと息を吐くと拳銃仕舞い、鋭かった雰囲気もなりを潜める。


 「正直こんな技術がこの世に残るのは俺も避けたい、取り敢えずこのままの能力を持ったものが残らない様に細工はしてみるさ」

 雨村も納得したのかそれ以上エスに何かを言う事は無く、エスはユエシィの座す転写装置へと目を向ける。


 「っあ──」

 ぱちり。弾ける音に混ざってか細い声が漏れ、エスが先に動く。鉄の箱へと駆け寄ってユエシィが目覚めるのを今かと待っている。


 箱の中に座すユエシィの銀髪が微かに乱れ、白い肌に映える黒いまつ毛が揺れてその瞼が開かれようとしていた。

 ゆっくりと開かれる眼、薄い橙色の瞳はどこか虚空を見つめたまま言葉を発す。


 「……わたし、は……?」


 彼女は言って自身の周りを見回し、どこかに座らせられている事を認識する、次に前を見てそこに立つエスを視界に入れた。


 「ア……イン……?」

 「おいおい、俺はアインじゃないっての。お前の相棒のエスだ、忘れたか?」

 「エス……? なら、アインは……?」

 「だから──」

 エスがやれやれと肩を竦め否定しようとすると、ユエシィの口から「うそ……」と声が漏れる。


 「エス……アイン……わたしハ?」

 震える声で呟いてすぐにユエシィは絶叫し、激しく椅子を揺らし始めた。


 「うああぁぁあああ!!!」


 顔を蒼白に染めて彼女は力の限り叫ぶ。何が起きたのか、エスと雨村の二人にも理解出来てはいない。


 「おい! ユエシィ!」

 そう言ってエスが彼女の肩に触れようとしたその時、雨村がエスの肩を掴み制止した。


 「なんだ!?」

 声に怒りを含みエスが声を荒げて雨村の手を掴んだ。凄まじい力が込められているのか、雨村の腕はミシミシと音を立てている。それでも雨村は顔色ひとつ変えずにエスへ言葉を掛けた。


 「後は彼女次第だ。そもそも記憶のインストールとは、一度抜き取られた以上人格の分裂が起こる。それを再インストールしたとしても、まずそれが自分の物とは認識出来ない。彼女は今、抜け殻に作られた新しい人格と、抜き取られていた本来の人格で競合が発生している状態だ。

 どちらかが勝ってもいけない。両方が折り合いを付けられなければならないんだ。今、お前が声を掛ければ抜け殻の人格が引き出され、元の人格はきっと消滅してしまうだろう、お前に出来る事は見守る事だけだ」


 エスは黙ったまま手を震わせていたが、次第にその力を緩め記憶のインストールの痛みに踠き苦しんでいるユエシィを見てもう片方の掌を強く握り締めた。彼にとっては耐え難い事だろう、目の前で苦しむ彼女を救ってやりたかったがそれすら許されない。エスはやり切れないそんな感情を無理矢理にでも押し込めようとしている。

 

 「──なるほど、なぁッ!!」

 雨村の腕を離すとエスはそのまま拳を壁へと叩きつけ、その拳からは赤い血が滴って彼のどうにも出来ない事の悔しさが滲んでいた。


 「──俺は、また……!」


 悔しさ交じりに呟いたその声を聞いた者は誰もいない。エスの心の奥底に有る、いつか昔に封じられた記憶が漏れ出していた。

 

 

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