陸の孤島

「…目は覚めたかい?」


「…」


思わずしかめっ面をする。

ゆりかごのような振動と、時折聞こえるガタンという音。

初めてカイロスに乗ったあの時の列車の中で、例の男と向かい合うように座っていた。


「まずは二度目の戦闘お疲れ様。アンゲロス…じゃなかったアンゲルスフレームには慣れたかい?」


「まだまだ…というか戦うってことにまず慣れてないんだ。無茶言わないでくれ。」


そう言うと彼は立ち上がり、こちらに少し近づく。

彼は相変わらず微笑んだままだ。


「だろうね。じゃなかったら君を思いやってるカイロスが、D クォーツの出力を全開にしたりはしない。」


「あれで俺が勝った気になってると思われてたのか…」


「万が一そう思われてたらまずいからね。」


そういうと男は俺の隣に何のためらいもなく座る。

馴れ馴れしいな、というのが正直なところだ。


「…あれが最初期のアンゲルスフレーム、なんだよな…」


「性能が思ったより高いって思ったのかな?そこらへんはカイロス本人に聞くといい。」


そこまで話したところで、いくらかの金属音と共に減速が始まる。

駅に、現実に到着するまで間もないということ。

俺は当然列車を降りる準備を始める。その隣の彼も遅れて立ち上がった。


やがて列車はホームに停車した。

俺は開いたドアからホームへ降りる。男はそんな俺をただただ見送った。


「ただいま、この列車は7分ほど遅れて運行しております。ご迷惑をお掛けし申し訳ございません。」


出入り口が見えてきたところで、男は唐突に車掌のように業務的に声を上げた。

思わず振り返ると、意味ありげに、とはいえいつも通り微笑んでいる男の姿が目に入る。

俺は、なんとなく今の言葉が俺に関係あるように思えて仕方がなかった。




「…エアル君?」


「あ…少し呆けてました。すいませんアモルさん。」


エアルの意識は再び現実へと引き戻される。

カイロスは既にガレージの中へ格納されており、あとはエアルが降りるだけという状態。

もちろんそれを拒む理由などなく、コックピットを開放し機体から降りる。


「…また君を戦場に…すまない…」


「あ、アモルさん…」


降りてすぐにアモルが頭を下げる。

戦闘前に司令が言っていた通り、エアルが戦場に出た時点で作戦は部分的に失敗なのだ。


「たとえそうでも、自分が選んだことです。不満なんてとんでもない。」


「…だが、二度と君に戦闘に巻き込むなんてことは…」


「申し訳ないが…そうも言ってられなくなりそうだ。」


割り込む司令の声に二人そろってそちらを振りむき、アモルさんは咄嗟に敬礼を返す。

しかし、その直後にアモルの顔は険しくしながら言葉を返す。


「お言葉ですが司令、再び民間人を戦場に連れていくのですか。軍人として私は反対です。」


高校生のエアルを何度も戦闘させるなど問題外もいいところだ。

戦力は確かに一騎当千の一言だが、エアルはあまりにも若かった。

だが、それに静かに首を振る司令の顔はアモルの何倍も険しかった。


「戦闘終了直後、正確には30分前、衛星通信以外の通信手段がすべて失われた。そして、ここに私がくる間にその衛星通信用のアンテナとレーダーアンテナの2つがEMPの過負荷に耐え切れず使い物にならなくなったそうだ。」


「それはまさか…!」


「われわれテンポジワル基地は半ば孤立状態だ。少なくともこのままでは通信手段がなく増援は望めない。」


状況は坂を転げ落ちるように悪化していく。



「先程の戦闘は、我々の火力を敵正面に集中させる陽動だった。EMP攻撃に便乗するようにステルスカスタムのAGや工作員が山沿いに迂回、有線通信と民間用通信アンテナを悉く破壊した。」


薄暗いブリーフィングルームに投影された地形ホログラム。そこに敵の流れが書き足され、アンテナとケーブルを示すポイントに次々とバツ印が書き足されていく。


『敵戦力をあまりにも過小評価していました。資本の援助を受けようとテロリスト、PMCを含めてもここまでの大規模作戦はできないとここにいる誰もが思っていたでしょう…』


「情けないが私もだ。なにしろ通常のケーブルならともかく、数の多い民間通信アンテナを徹底的に破壊し、並大抵破壊できない地下に埋めた軍用通信回線すべてを破壊できるなど…」


司令官が首を垂れる。

軍用の強固なラインを短時間で破壊など、並大抵の爆薬や作業機ではできない。そしてその機械を持ち込むためには、EMP下といえどもある程度のステルス性が要求される。

やはりただのテロリストまがいのPMCではない。


「カイロスがドローンを飛ばしたのだが、その結果隣町へのルートには敵が待ち構えている。対空装備のAGや対空車両まであるようだ。民間の車両が襲われ、食料品などを強奪しているところから兵糧攻めでもある。」


「かといって反対側は今回の件の被疑者ともいえる東側の勢力圏…どれだけ穏便に済ませようとカイロスは持っていかれる。」


アモルは顎に手を当てながら呟く。

カイロスを東側に渡すリスクを冒して東側に逃げるという選択肢は確かに存在する。今回の事件の黒幕だろうと、さすがに難民同然の民間人を攻撃するような真似はしないだろう。隠蔽も難しい人数でそれをすれば国の信頼は暴落確定だ。


ただ、ここまでして強奪しようとしているカイロスを相手に明け渡すのは、あまりにも恐ろしい。

確かに、軍の行う作戦の規模としては驚くほどの規模ではないかもしれない。だがそれをテロリストということにしながら、などといった多くの制約とリスクを東側は負っている。

それに見合う力、とそれを想像すればするほど、これを簡単に渡していい筈がない。


それに、そちらにも待ち伏せがいないとも限らない。


「このままでも定時連絡が来ないことで異常を察知出来るとは思うが、待ち伏せの位置を共有し連携して動ければかなり有利にことを運べる。問題はその共有手段ということだ…」


山がちなこの地形は、原始的な通信手段を阻害するのにはうってつけだ。

それに道中のAGが妨害電波を発生させており、中途半端な機器では妨害に勝てずにノイズと化してしまう。


「いくらか方法はあるが、基本空に中継する機体を出すことを主にするというわけだ。が、手持ちのAWCSは上昇能力が僅かに足りず、高度を上げる前に敵の防空圏内に突っ込むため、戦闘機による中継しかできない。」


司令官の操作により手持ちの航空機の上昇能力と推定される敵防空圏が示され、それをもとに機種が絞られる。


「…戦闘機では数が必要になる。その上敵まで航空戦力を出して来たらたまらない。何しろ敵にはアステリアもある。」


アンゲルスフレームは兵器として未知数でありながら強力な兵器として、目の前に立ちふさがっている。


故に…



「全機発進準備完了。第一波はタキシングスタンバイ。いつでもいけます。」


「全AG、プランCに備え待機状態に入りました。作戦、いつでも作戦開始できます。カイロスもスタンバイできました!」


時間は翌日の5時。白夜のため若干赤みのある光が冬なら日の出前のはずの街を絶えず照らしていた。

テンポジワル基地管制室は自ら打って出る戦闘を前に喧騒に包まれている。

各画面は生き残っている情報源だけとはいえ多くが作戦情報を映していて、データリンクを必死に組み上げたことが目にとれた。


「よし…各員傾注!!!」


司令官が、声を張り上げ連絡の取れる者すべてに喝を入れる。


「今回の作戦は民間人の避難にも関わるにもかかわらず、中央司令部すら関与していない作戦である!!私も含めた各員の一挙手一投足が即非戦闘員の影響とし出ることを忘れるな!!再三言うがこの町の住民を無傷で脱出させることが最優先目標である!!」


空間そのものが振動するような錯覚を抱く、圧のある声が響く。

通信越しにでもその圧を感じることができる。


「諸君の健闘を祈る!!!」


次々と空に上がっていく軍用機が翼を輝かせる。

作戦の開始だ。


それと同時に、滑走路の横で膝立ちで佇んでいたカイロスも立ち上がる


「エ…そうだ、俺は今回からTACネームだったんだったな…シルバーリングこれよりポイントA-1-1に行軍開始します。」


『カイロス、同じく行軍開始します』


「了解カイロス、発進を許可します。」


短いやり取りが、エアル_シルバーリングの出撃を確定させた。


『カイロスver.3.37』


「シルバーリング、出撃します。」


重力を無効化し、機体がふわりと宙へ浮き上がる。

そして一拍を置いた後に、カイロスは急激に加速し目的地へと移動を開始した。


『現地到着までに作戦を再確認しましょう。』


カイロスが普段通りの感情を感じさせる声でシルバーリングに話しかける。


『スタート時点、最もいい形で作戦が進行したAプランの初手、分岐が決まると言っていいこのファーストフェイズ。これはAWCSが敵対空砲火に晒されないようにするために攻撃機やAGで対空兵器を破壊、消耗させることが目的です。』


マップに表示される敵地上戦力の予測地点がハイライトで表示され、次に航空機戦力がハイライトになる。


『対空砲火の駆逐数次第、そして航空機戦力の残存数で今後のプランを分岐させます。』


「だが、俺達はそれに手を出すわけじゃない。」


『その通りです。敵の目ぼしい航空戦力は現状未確認。対空砲は攻撃機が対処するとしても、どのプラン、どのフェイズにおいて確認されているアステリアは脅威です。』


アステリアの画像がピックアップされる。

この前カイロスのおかげで撃退できたアステリアだが、修理されて今回も出撃してくる可能性は十分ある。


「そしてそいつを通常戦力で叩くための物量は今の基地には無い。」


『私達がインターセプトに失敗すれば、3重の用意をしてある本作戦が崩れかねません。』


「最初からそのつもりだ、Aプランのまま作戦完了しないってことは無視できない損耗があることになる…そんな余裕はない。」


『その意気です。おっと…こちらカイロス、所定ポイントにつきました。こちらカイロス、待機及び援護体勢に移行します。オーバー。』


「マザー了解。作戦プランはAのまま進行中。よってAプランに則って行動してください。オーバー。」


二人そろって了解と答えた後、レーザーライフルを構える。

ここは対空陣地と基地の中間点、そこからある程度対空陣地に寄った場所だ。


今やるのは支援要請があれば対空砲火を破壊、アステリアを確認し次第それとの交戦をし通常戦力を守ること。それがプランA、フェイズ1の時の彼らの仕事であった。


状況次第で今は居座るだけで済むかもしれない、いわゆる妥協案だ。



「ナイト1-1からナイト1から4小隊へ。聞こえるか。」


「こちらナイト2-1、問題なく聞こえますよ。ベングト大尉」


その足元では、16機4個小隊がAGが森に向けて侵攻していた。

目的は空にいる航空機と同じく対空地上戦力の破壊である。ついでに今後の脱出を楽にするために戦力を蹴散らすというのも一つだ。


「主賓は空の奴らだが、こっちが多少出しゃばっても目をつぶってくれるらしい。足引っ張らない程度に横取りしていけ!」


「味方の爆弾に吹っ飛ばされるのは御免ですからね。」


「その意気だ、各隊散開!敵を各個撃破せよ!」


「「「了解!」」」


小隊ごとに分散した後、森に突入した。

数分とせずに発砲音と火線が森の中を走り回る。


「コンタクト!!」


ナイト2小隊が早々に敵対空陣地を見つけたようだ。


「こちらナイト2-1。敵と遭遇!!事前偵察よりさらにこっちに食い込んでるらしい!!クッソ!!」


対空機関砲を強引にナイト2小隊に向けて発砲し弾幕を形成する敵車両とAG。

それをナイト2-2が盾で強引に押し込むように接近。

戦車の正面装甲並みの耐弾性を持つライオットシールドを貫通させるには、25㎜の機関砲は物足りなかった。


そして、その質量を持って車両に体当たりした。

思わずAGは一歩離れるように後退し、振り返って機関砲を構えたところで、ナイト2-2の後ろにいた3機の集中砲火を喰らい沈黙。

車両も使い物にならなくなっていた。


「ナイト2-2、ナイスだ!こちらナイト2-1からマザーへ、敵の小規模な対空陣地を一つ潰した。損傷軽微」


『マザー了解。引き続き対空陣地及び敵戦力への攻撃をお願いします。』


「こちらナイト2-1、了解した。オーバー。よし、次に行くぞ!!」


夜無き夜明けは、まだ続く。

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