第7話 ジェミ王国のドッペルゲンガー

 コブラは城内を静かに渡る。案の定だ。警備が手薄すぎる。


「まぁ、その方がいいんだけどな」


 コブラは思い出す。ほんの数年前、町の人から聞き、王族の食事というものがとにかく美味しいらしいと知ったコブラは、それを盗むことを計画した。


 しかし、結果は失敗に終わった、城内に侵入することは出来たが、中にも兵士がたくさんいたのだ。


 とてもじゃないが、目的地まで隠れきることが出来なかった。すぐに見つかり、捕まらないように、逃げるのが手一杯だった。


 オフィックス王国は、その代わり町中に警備をする騎士団があまりいない。故に国民たちの中のいざこざは対処し切れていない。コブラが町中で好き勝手生きることが出来たのもこのためだ。


 ジェミ王国はその逆だった。町中に警備が多い。皆が真剣な眼差しで国民たちを見守っている。小さな喧嘩でもすぐさま仲裁に入るように心掛けているのを、この城までの移動中に見た。


「おい! この城に侵入者が入ったそうだ」


「姫様が危険に晒されてはいけない。警護に回らなければ」


 コブラはすぐに身を隠す。恐らく、コブラとキヨが気絶させた男が見つかってしまったのだろう。コブラは耳を傾ける。


「姫様は今?」


「騎士団長様が捕らえた『辻斬り』との謁見のために、準備をなさっているかと」


「場所は?」


「バカ! これもその侵入者に聞かれているやもしれんだろう」


 騎士の一人が若い騎士を叱責する。若い騎士は頭を下げる。


「っ!? 気づかなくて、申し訳ない!」


 兵士の一人が上司であろう兵士に頭を下げる。コブラは場所も聞き出せると踏んだのに兵士の勘の良さに思わず舌打ちをする。


「となると、さらに慎重に動かねえとな」


 コブラは近くにある部屋を二度、ノックする。返事はない。ピッキングをして、その部屋にそっと入る。


 中はファンシーな作りになっていた。オフィックスにいた頃、ままごとに付き合ってやったメアリーの部屋がこんな感じだったな。とコブラは思わずにやける。


「しっかし、いいベッドだなぁ、もしや当たりか?」


 コブラは部屋の様子からここが自分の目当ての場所であることを察した。部屋を色々物色する。小奇麗なドレス。可愛らしい人形。豪華なベッド、明らかに平民の部屋じゃない。


 扉がガチャリと音を立てる。誰かが入ってくる。コブラはマズイとすぐにベッドの下に潜りこんだ。気配を悟られぬように息を殺す。


「危ない危ない。扉を閉め忘れていたなんて、ポルックスたちやお兄様に怒られてしまいますわ」


 中に入ってきた少女の足しか見えない。しかし、声はどこかで聞いたことのあるような気もした。


(ポルックス。あの双子の片割れか、あいつらこの城の中にいるのか! だったら話は早い)


「あら、私ったらここまで散らかしていたかしら」


 コブラは焦った。この部屋を調べるために色々物色した形跡が残っていることに気付かれた。


「姫様! 早く戻られないと騎士団長様に私がお叱りを受けますので! 要件でしたら手早くお願い致します!」


 扉の外から兵士の声がする。ここでこの姫を襲ってやることも考えていただけにコブラはその手が使えなくて悔しくて、じっとその場に潜める。


「えぇ! 少し待ってください。申し訳ありません」


 姫の足は鏡台の前に向かっていた。彼女は独り事で「あった」と言った後、その場を離れて部屋を出ていった。ガチャリと閉まる音がする。


 コブラはその後も数秒潜み、もう人が来ることはないだろうとそっとベッドしたから抜け出す。


「ビンゴだな。ここはこの国の姫の部屋。それにあの双子もここにいる」


「そうだよ! よくぞたどり着いたねコブラくん!」


 後ろから大声で話しかけられてコブラは驚いて振り返るとポルックスがいた。


「お、お前……いつから!」


「えへへぇー、僕はこの城全てを行き来できるからね。これが星術師のなせる業さ」


「ん? 星術師だ?」


「ありゃ? コブラくんご存じでない?」


 コブラはコクリと頷く。ポルックスはあちゃーと自らの額を叩いた。


「この『星巡り』を担当する者たちは代々『星術』という特別な力を持っている。その力を以って、国の形を作っている。身に覚えがないかい?」


 ポルックスの言葉にコブラはアリエス王国やタウラス民国での出来事を思い出す。


「……アリエス王国は夢の中にもう一つ国があった。国民全員が眠っていた」


「そう。それこそ星術。『星巡り』を司る者が使える魔術の総称が『星術』だ。土地に根付いてしまっているものもある」


「あぁ、コルキスの婆さんが言っていたよ。私は保護しているだけだって」


「アリエスはそうなっているのか。タウラスはどうなっているの?」


「あそこはそんな大それたことはしてこなかったぜ」


 コブラの記憶では、祭司のクミルが声を大きく響かせる不思議な道具があった。恐らくそれが星術であろう。


「へぇ、民国だから星術の影響が小さいのかもね。あそこの儀式は特殊だと聞いている」


「じゃあ、この国もその『星術』とやらに支配されてんのかい?」


 コブラは腕を組みながら、姫のベッドに腰掛ける。


「おいおい、姫様のベッドに汚いお尻を乗せないでおくれよ」


「質問に答えろ」


 真剣な表情でポルックスを睨むが、コブラは座ったベッドの柔らかさに内心興奮していた。


「コブラくんもしかして、まだ体験していないのかい? この国の特徴に」


「……貧民街と城下町で貧富が激しいところか?」


「いや、そこも大きな特徴だが、そこは大本ではない。結果に過ぎない。あえて言うなら君たちの失敗した先のビジョンに過ぎない」


「……勿体ぶった言い方しているんじゃねぇぞ」


 ポルックスの軽口にコブラは苛立ちを覚え、彼をじっと睨みつける。


「おいおい、怒らないでくれよ。儀式の内容を言うのは少し憚られるんだ。それを知れば攻略できるみたいなものだからね」


「だったらなおのこと答えろ」


「もぉー強情だなぁ。せめて一度体験してから教えたかったけれど、僕のいるこの城までたどり着き、あまつさえ姫様の部屋までたどり着いたんだ。教えよう。その前に、これを見てもらおうか」


 ポルックスはそういって姫様の鏡台にそっと手を添える。すると鏡にはポルックスとコブラの姿が映っていたはずだが、まるで水が波打つように映った後、まったく別の部屋が映し出されている。


「ここは?」


「王室だよ。今から姫様のお仕事が始まる。見たら驚くよ」


 ポルックスはニヤニヤと笑いながらコブラと一緒に鏡台を見つめる。






 鏡台に映っているのは大きな椅子に座る姫の姿、その横には複数の兵士や大臣が横並びに立っている。たった今、その姫の元に一人の男が囚われながら連れていかれている。


 コブラはその光景に目を丸くした。


 今椅子に座っている真紅のドレスを身に纏った姫にコブラは驚愕した。


 先ほど、足しか見えていなかったが、聞き覚えのある声をしていたのだ。だからこそ、コブラは声に対する違和感と、今目にしている光景が一致した。


「なんで、キヨが姫様なんかやってんだよ! それに、あれ……」


 コブラはさらに捕らえられている『辻斬り』も見つめて驚いている。


「あれ、ヤマトじゃねぇか! 何あいつ、悪いことしたのか? ざまぁねぇな」


「君、あの人に対する辺り酷いね」


 こちらは驚きよりも優越感が勝った。ヤマトはなぜか大人しく、跪いている。彼を取り押さえている男の顔が良く見えない。


「おかしくねぇか。キヨは俺と一緒にこの城に侵入したんだ。こんなところで姫様のふりする必要もねぇ」


「ヤマトくんに対しては何か思うことあるかい?」


「いや、あいつはいずれ捕まる男だ。このまま斬首刑にでもなればいい」


「本当に信用ないね」


 そのまま映る光景を見届ける。一瞬。ヤマトを取り押さえている男の顔が見えた。


 コブラは今度こそ動揺した。


「おい、あのヤマトを押さえているのって」


「そうだ。これこそが、ジェミ共和国。いや、『彼女』のせいで王国へと変わってしまったジェミ王国の特徴だよ。コブラくん」


 コブラが見たのは、ヤマトを取り押さえているコブラ本人であった。今自分がここにいると言うのに、自分の目には自分が映っている。


 まるで鏡でも見ているかのようだった。


 騎士の姿をした己の姿。権威を得ている己の姿。ヤマトを捕らえている己の姿。


「彼はこの国の騎士団長だ。一番強い。そして何よりも姫様の義理の兄君だ。拾われの身だけれど、姫の御両親。つまりは先代王が彼を養子にしたんだ」


 目の前の自分自身は家族も持っていた。実力もある。


「町のみんなは彼が大好きさ。町の英雄なんだよ」


 皆に愛された自身の姿をじっと見つめる。己の今の姿はみすぼらしさを感じざるを得ない。目の前の自分は小奇麗にまとまり、誰からも愛される男。


 背中に黒い手のようなものが引っ張ってくるような感覚に襲われる。このまま地面に飲み込まれてしまうかのような感覚。


「ぷっ! だっせ」


 しかし、コブラが思わず失笑すると、その引き込まれる感覚はすぐに消滅する。


 その光景を見たポルックスは先ほどまでの無邪気な笑みとは違い、微笑の表情でコブラを睨む。意外なものを見たように驚き、興味がそそられるように笑みを浮かべる。


「国の犬如きになっている俺の顏なんか見たかないね。盗人コブラ様は自由なんだよ。いいぜ。ポルックス大体わかった。もうこんなもの見なくていい」


 コブラに促されて映像をやめるポルックス。


「第一関門は突破だね」


「どういう意味だ」


 ポルックスが静かに放った言葉にコブラは反応する。


「あぁ、君をこの儀式のキーマンに据えよう。この国、ジェミは侵入者の深層心理を映し出して『ドッペルゲンガー』を作り出す。そのドッペルゲンガーを作り出すことで、単純労働力や人口密度を二倍にしているんだ。建国当時、ジェミは人口も土地も荒れていたからね。初代星術師様が考案した打開策さ。なぜそこまでして国を作らなければならなかったのかは僕らにはわからないけれどね。その星術がこの土地を覆っているんだよ」


「どうやってつくるんだよ。そのニセモノは」


「入り口の合わせ鏡さ。あそこを通ったものは鏡に己の別側面を映し出され、抽出される。それが僕とカストルの星術『双子迷宮』さ。国はそのドッペルゲンガーの影響で全てが書き換わる。そもそもこの国の概念がそういう作りになっているのさ」


「なるほどな。だからキヨがお姫様なんかやっていても、国民全員が驚かないわけか」


「あぁ、この双子迷宮の魔法は、この国そのものの在り方だからね。僕たちも困ったよ。今まで平和だったジェミ共和国を、文化そのものを変えてしまうほどの逸材が入ってきてしまうなんてね。まったく、あのキヨって少女は何者なんだい?」


 コブラは少し答え辛そうにポルックスをしばらく睨みつけた。その後、小さく溜息を吐く。


「キヨは……。本名はキヨ=オフィックス。王族の娘だよ」


 コブラの言葉を聞いたポルックスは目を丸くした。


 まさかキヨの正体が王族。しかも中央国家オフィックスの姫であるとなればポルックスも驚きは隠せない。ポルックスはその驚きに思わず失笑してしまう。


「ふっ。……なるほど、どうりでここまでこの国を変えてしまうわけだ」


「なぁ、この国の仕組みはわかった。じゃあ、この貧富の差はなんだ。なんで町の一画があんなに廃れちまっている。それが気がかりだ」


「それは、君もさっき体験したんじゃないか? 案外人間は自分の理想や隠したいことを受け入れることが出来ないんだよ。怒りだったり、悲壮感だったりに、襲われて……精神を病んでしまう。彼らはそんな自身に敗北した哀れな抜け殻たちさ。もうすぐそれも見れるんじゃない。ほら、一人、あの町へと落ちていった」


 ポルックスはニヤリと笑う。コブラには見えていない何かが彼には見えているようだった。


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