百六十五話痛みに耐えて

同族が全て消されて残ったのは自分一人。

そんな状況の中、コボルトジェネラルはほんの少しだけ目の前の相手から逃げ出したいという気持ちが漏れていた。


一緒に戦ったコボルトウォーリア―とコボルトファイターは確かな実力を持っていた。

それでも目の前のハイ・エルフの虚を突く事が出来ても有効だどころか、微量のダメージすら与えられていない。


自分一人で倒されるのか、何も出来ずに殺されるのではないのか。

そんな不安が頭に過る。唯・・・・・・無駄死にするだけなのではないのかと。


ミレアナが一歩前に出る、そして自身が一歩下がってしまう。

この瞬間に頭が理解してしまった。体は完全に勝てないと悟っている。

逃げ切れるなら逃げるんだと、生き残るという選択肢を取れと体が心に訴えている。


「ガルルルアアアアァァァ、アアア、アアアアアアアアア!!!!!」


そんな頭の中に鳴り響く危険信号をかき消す様に雄たけびを上げ、拳を地面に叩き付ける。


そして顔を上げてミレアナを睨み付けながら残りの魔力量を考える事を止め、全身に雷の魔力を纏った。


相手が切り札を使ったのを確認したミレアナは自身に風の魔力を纏わせる。

付与魔法ではない為、しっかりとした身体機能の向上は得られないが、目の前のコボルトジェネラルに対して並行詠唱をしている余裕は無いと悟った。


ミレアナとコボルトジェネラルは同時にその場から駆け出す。

お互いに拳と足、肘や膝を使って相手を攻撃するが使っている属性魔力の性質上、元の速さはミレアナが上だがコボルトの速さの上昇幅が大きく、ほぼ互角の状態。


自身の攻撃が相手に掠り、相手の攻撃も自身に掠る。

風は皮膚切って体を刻む。雷は肌を焼き焦がし、痺れを広げる。


ただ、一見互角に見える戦いだが・・・・・・やはりコボルトジェネラルの方が不利だという状況は変わらない。


元々獣系統のモンスターは体内に保有する魔力は多くなく、それは魔法に特化した存在に成長しても変る事は無く、ジェネラルへと成長しても魔力量はDランクの魔法をメインに戦う冒険者とほぼ同じ。


接近戦に特化しているため自然と爪や体術による攻撃スキルを使う時の魔力量の消費は、自然と軽減されていった。ただ、属性魔力を使う機会は少ないためどんどん魔力が消費されていく。


コボルトジェネラルには短期決戦という選択肢しかなく、とにかく手数を増やしてミレアナの態勢を崩して決定打を与えようとする。


そんな鬼気迫る表情で戦うコボルトジェネラルに対してミレアナの心情はそこまで焦りは含まれていない。


(いいですね。程好い緊張感・・・・・・速さは私と殆ど同じ。力は少し上? 何にしてもこれは成長出来る良い機会です)


ソウスケの奴隷になってからミレアナは自身に近い、もしくは同等の力を持つ相手とは戦っていない。

ソウスケからの提案で体が鈍らない様にと街の外に出てモンスターと戦っているが、感覚が鈍らないだけで自身が成長している訳ではない。


自身の主が戦いを知らなかった世界からやってきて、どんどん成長する姿を見て焦る気持ちが出て来た。

複数で戦う場合は個々に得手不得手があるため、それを互いに補おうとする。


しかしソウスケは接近戦、遠距離攻撃、体術、魔法、物作り・・・・・・なんでも出来てしまう。一般の冒険者比べてどれかが頭一つ抜けているのではなく、一つが頭三つぐらい抜けておりその他も頭一つ抜けている。

そんな傍から見れば文句の付けどころがない主の足を引っ張るような真似はしたくないという思いがあり、今のこの状況は有難い物だった。


(私は・・・・・・あの人に置き去りにされたくない!!!)


ミレアナは先程までの悪女の様な笑みでは無く、戦いを楽しむような読みを浮かべていた。


心に熱が入ったミレアナの攻撃数も増え、コボルトジェネラルの体に攻撃が掠る回数が多くなる。

それに負けじと吠えながら反撃するコボルトジェネラルに纏う雷は圧を増す。


本当の意味で後先の事を考えずに魔力を絞り出し、攻撃を止めない。


途中でコボルトジェネラルのジャブが、ミレアナの手刀がお互いの腕に当たりこの戦いの最中には使い物にならなくなった。


それでも一瞬で体に走る痛みを、鈍く一か所だけでなく拡散する痺れに耐えながら戦い続ける。

そして一分もの間接近戦を続けた結果、相手の心臓を貫いたのはコボルトジェネラルの抜き手・・・・・・ではなく、肩まで入れて射程を伸ばしたミレアナの抜き手だった。

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