ヒルクライマーは坂を見ると斜度が気になって仕方が無い
そんなこんなでトシヤ達はウォータースライダーの乗り口にやって来た。一般向けのウォータースライダーはお金を取るだけあって無料の子供用滑り台とは違い、山を模した建物が結構な高さ(もっとも子供用滑り台がそんな高さだったら危なっかしくて安心して子供を遊ばせられたものでは無いのだが)でそそり立っていて、カラフルなスロープが伸びている。
「斜度はどれぐらいかなぁ?」
「そうねぇ……上の方のカーブは10%、最後の直線は凄くキツくなってるわね……30%ってトコじゃないかしら?」
「渋山峠の平均斜度が9%で一番キツいところで14%ぐらいでしたよね? これは楽しめそうですね」
ヒルクライムを好むローディーは傾斜を見て斜度がどれぐらいあるのか考えるという習性がある(無ぇよ、そんなの)。楽しそうな顔で話すハルカとルナ。ちなみに今の勾配の見立ては完璧、ルナは無駄スキルの持主だった。
ハルカとルナがコースを見上げていた時、マサオは料金の支払をしようとプールのスタッフに声をかけ、二言三言話してお金を払った後、トシヤに向かって手招きした。
「どーした?」
マサオの手招きに応じて歩いてきたトシヤはプールのスタッフから何やら大きな8の字型の物体を渡された。
「何だこりゃ? ゴムボートか?」
「『何だよ』って、決まってんじゃねぇか。コレで滑るんだよコースを」
「コレで滑るって……じゃあ何か? 穴が二つあるってコトは……」
トシヤが言った時、マサオの目がギラリと怪しく光った。
「ああ。もちろん二人乗りだ」
それはもう嬉しそうな顔で言うマサオだが、その『二人乗り用ゴムボート』の『お尻を入れる穴』は結構離れていて、ご丁寧に振り落とされない様に握っておく為の持ち手も付いている。だから二人で乗ったとしても身体が密着するコトは無いだろう。残念と言えば残念だが、コレはコレで良かったのかもしれない。もし身体が密着する乗り物だったらルナはマサオと二人で乗るのを拒否するかもしれないのだから。
トシヤとマサオはプールのスタッフから受け取ったゴムボートを一つずつ持ってハルカとルナのところへと戻った。するとトシヤとマサオがゴムボートを持っているのに気付いたハルカが尋ねた。
「あれっ、トシヤ君、それは?」
「ああ、ウォータースライダー用のゴムボートだって」
「へー、そうなんだ。じゃ、行こうよ!」
トシヤの説明にハルカは軽い感じで答えるとゴムボートに手を伸ばし、トシヤを引っ張る様に歩き出した。どうやらハルカはトシヤと二人で滑る気満々みたいだ。それを見たルナがマサオに声をかけた。
「私達も行きましょ」
これは見事なまでに期待通りの展開だ。マサオは思わずほくそ笑み、更なる期待に胸を躍らせた。
その期待とは、トシヤが持っている浮き輪をハルカが引っ張った様にルナもマサオの持っている浮き輪を引っ張り、二人で浮き輪を持って……というモノだった。だがしかし、世の中そんなに甘くは無かった。ルナはマサオの持っているゴムボートに手を伸ばすこと無くトシヤとハルカの後を追ってしまったのだ。だが、いつもならスタスタとマサオを置いて一人で行ってしまうルナが今は少し歩いた所でマサオが近くに来るまで待ってくれている。
それだけでも幸せだ…… マサオはそう気持ちを切り替え、急いでルナに追いつき、肩を並べてトシヤとハルカの後を追って歩いた。
ウォータースライダーのスタート地点は当然の事ながら高い場所にある。そしてウォータースライダーの利用者はその『高い場所』まで浮き輪を持って行かなければならないのだが、残念な事にこの施設にはエレベーターやエスカレーターなど設置されてはいない。お客様にクソ暑い中を浮き輪片手に階段を上らせるなんてどういう事だ……などと思ったりもするが、ココはそういうシステムなのだから甘んじて受け入れなければならない。とは言えこの暑さだ、愚痴のひとつもこぼしたくなるのが人情ってものだ。
「う~、暑い……」
「何言ってるのよ。山上ってる時はもっと暑いじゃない」
階段の途中で立ち止まり、弱音を漏らしたトシヤにハルカがあっさりと言った。
ハルカの言う通り、トシヤ達は山をロードバイクで上っているのだからこれぐらいはどうってコトは無い……筈が無かろう。ロードバイクでのヒルクライムの目的、それはガチ勢にとってはタイムを縮めることであり、トシヤ達『ヒルクライムラバーズ』にとっては苦しい思いをした先にある達成感だ。そしてこの両者に共通するのは目的がヒルクライムそのものだということ。だから彼等は苦しい顔をしながらもロードバイクで山を上るのを厭わない。
しかし今は違う。トシヤ達は浮き輪を持って階段を上りたいのでは無い。単にウォータースライダーを楽しみたいだけだ。
「いや……それとこれは関係無いと思う……」
トシヤはハルカの一方的な見解に溜息を吐いた後、こんなトコでグダグダしててもしょうが無いと気を取り直して階段をまた上り始めた。
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