色んな意味で困った面々

「なになに、トシヤ君から?」


 暗くなった空気を払拭しようとカオリが大袈裟に声を上げた。しかし、メッセージを確認したハルカの顔が明るくなることは無かった。


「ふうっ……いっつもこうなっちゃうのよね……」


 溜息混じりに言いながらハルカがカオリに見せたスマホの画面にはトシヤからのメッセージが表示されていた。その内容はこうだ。


『ルナ先輩も誘っておいてね』


 実際のところ、トシヤと二人で会って、良い雰囲気になって、告白してもらいたいというのがハルカの正直な気持ちだ。しかし、いつもトシヤとハルカとルナとマサオの四人で行動していたのを突然トシヤとハルカの二人だけで……なんてのはルナとの友情を蔑ろにしてしまう様な気がして良い気分がしなし、何より自分の方から「二人で会いたい」なんて言い出すのは恥ずかしい。だからハルカとしてはトシヤが誘ってくれるのを待つしか無いのだが、トシヤは何かと言えば「ルナ先輩も……」だ。


 もちろんトシヤとしても本当はハルカと二人で会いたい気持ちは山々なのは言うまでも無いし、それぐらいはハルカどころかカオリにすら想像できる。しかし……


「あらら……トシヤ君、何考えてるのかしらね?」


「でしょー? 本当にどうしたものかしらね」


 カオリが困り顔で言うとハルカは眉をハの字にしながら溜息混じりにボソッと言った。


「ルナ先輩を誘ったけどダメだったってことにしたら?」


「うーん、そういうのは嫌かな。後味悪いじゃない」


「ハルカって妙なトコで固いからねー」


「しょうがないじゃない。私はそういう性格なんだから」


 カオリはハルカが『トシヤとの色恋』より『ルナとの友情』を優先することが今ひとつ納得できないようだ。だが、それはハルカの良いところでもある。カオリが肩を竦めて笑うとハルカはまた大きな溜息を吐き、ルナに誘いのメッセージを送った。


 ルナからの返事はすぐに返って来た。もちろん答えはOKだ。これで夏休みの初日から四人で渋山峠を上ることが決まった。そう、トシヤ達の今までの人生で一番暑い夏がいよいよ始まるのだ。


          *


 期末試験が終わって数日が経ち、全科目の答案返却が終わった。結果としてはトシヤはもちろんマサオもどうやら全教科赤点を逃れた様だ。


「ふっふっふっ、さすがは俺様。持ってるぜ!」


 ご機嫌な顔で言うマサオだが、点数の殆どは選択問題で稼いだものだ。もし、期末試験が記述問題ばかりだったら目も当てられない結果に終わっていた事だろう。


「まったく……悪運だけは強いんだからな」


 トシヤが悪態をつくが、マサオは涼しい顔で言い返した。


「何とでも言え。結果が全てだ」


 驚いた事に教科によってはマサオの運任せで稼いだ点数はトシヤの実力でもぎ取った点数を上回っていたのだ。これはもう、マサオは恐ろしい程の強運の持ち主だとしか言い様が無い。お金持ちの上に強運の持ち主……羨ましい限りだ。

 だが、そんなマサオにもままならない事がある。言うまでも無いだろうが、ルナとの関係を進める事だ。トシヤがハルカとの距離を順調に縮めているのを間近で見て、少し焦っているところもあるのだろう。


「とにかく明日から夏休み、渋山峠に行くのが楽しみだぜ」


「そうだな。今年の夏は今までとはワケが違うからな」


 ニヤリとしながら言うマサオにトシヤも不敵な笑みを浮かべて応えた。そう、今年の夏は今までとは違う。生まれて初めての『彼女と過ごす夏休み』にするのだ! と二人して気合が入ったところでタイミング良く(そうか?)トシヤのスマホがメッセージの着信音を奏でた。


「ハルカちゃんじゃねぇの?」


 身を乗り出して言うマサオを尻目にトシヤがメッセージを確認すると、やはりハルカからだった。明日の渋山峠ヒルクライムが楽しみだとでも送ってきたのかと期待したトシヤの目に残酷な事実が突きつけられた。


「ハルカちゃん……英語の補習と追試だってさ……」


 マサオでさえ赤点を免れたというのにハルカが赤点を取ってしまうとは……トシヤが溜息を吐きながら言うとマサオもがっくりと肩を落とした。

 補習と追試は夏休みの最初の一週間に行われる。もし、これで合格出来なければ更に一週間の補習を受けてから二回目の追試だ。つまり最大二週間ハルカの夏休みは奪われる事になってしまうのだ。


「しょうがないな、ハルカちゃんが補習受けてる間は二人で上っとくか」


 がっかりした声で言うトシヤにマサオは力無く頷くしかなかった。


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