ルナとハルカの通うショップで

 ルナを先頭に二番目をマサオが走り、トシヤが続いて最後尾をハルカが走るといういつもとは反対のフォーメーションで走る事数十分、トシヤ達はルナとハルカの馴染みの店に到着した。


「こんなトコにこんな店があったんだ」


 トシヤが驚いた様に呟いた。その店はトシヤがよく通る道を少し入った所、住宅地の一角にあったのだ。


「あんまり広告とか出してないお店だからね」


 ルナがサイクルスタンドにエモンダを立てながら言うとハルカも頷きながら言った。


「そうね、私も初めてルナ先輩に連れてきてもらった時はびっくりしたわ」


 その店は外から見ると窓は大きいのだが、照明が暗い為か店内の様子は良く見えない。そして店の横のビニールカーテンで仕切られた作業場では一人の男が黙々と作業を行っている。早い話、初めて来たら入るのを躊躇う様な佇まいの店だった。だがルナとハルカは躊躇する事無く店のドアを開けた。


 店内は以外と明るく、狭いながらも小奇麗にされていた。ガラスには薄い色のスモークフィルムが貼られていて、その為に外から店内の様子が見えにくかったみたいだ。


「うわっ、コルナゴだ!」


 イタリアの老舗メーカー『コルナゴ』を扱っている店がこんな地元にあるなんて思いもしなかったトシヤが驚いているとカウンターの奥から男が声をかけてきた。


「おや、ルナちゃんにハルカちゃん。久し振りだね、今日はどうしたの?」


 ロードバイクのショップには似つかわしくないスーツを着た初老の男。恐らく彼がこの店のオーナーだろう。


「こんにちは。今日、渋山峠でパンクしちゃって。それでチューブ買いに来たんですよ」


 ハルカが答えると男は棚から箱入りのチューブを一つ取り出した。


「はい、いつもので良いかな?」


 ハルカが使っている『いつもの』チューブは超軽量のラテックスチューブでは無く、普通のブチルゴム製ではあるが、軽量タイプのチューブだ。ハルカが頷くと男はゆったりした口調で言った。


「男の子の友達が一緒とは珍しいね、学校の友達かい?」


 ハルカはトシヤに今日、告白されたも同然だった。だから単なる『友達』では無いのだが、それを言うのはちょっとばかり照れ臭い。


「うん、学校の友達。トシヤ君はリアクト、マサオ君はプリンスに乗ってるんですよ」


 とりあえず無難な紹介しか出来無いハルカだった。すると男は驚いた顔で言った。


「ピナレロプリンスか……凄い高校生だな」


 男が呟くとハルカが大きく頷いた。


「本当、羨ましいですよ。まあ、マサオ君にプリンスなんて猫に小判なんですけどね」


 すると男は首を横に振った。


「こらこらハルカちゃん、そういう事を言うものじゃ無いよ。良い機材を使っているからといって速く走らなくちゃいけないって決まりは無いんだからね」


 悲しい事に自分よりも安い機材を使っている者を蔑み、高い機材を使っている者に対しては『あんなヤツにあの機材はもったいない』などと心無い事を言う者が居る。そんな人間になってはいけないと男はハルカを諭した。


「ごめんなさい」


 ハルカがしゅんとなって謝ったが、マサオは男に向かって平然と言った。


「大丈夫っすよ。ハルカちゃんがそんな事言うのは仲間内だけっすから」


 確かにその通りだ。マサオもたまには良い事を言うじゃないかとトシヤが思い、ハルカは予想外のフォローに目を潤ませた。だが、続くマサオの言葉が全てを台無しにしてしまった。


「それに俺もトシヤもハルカちゃんの毒舌には慣れてますから」


 実に残念だ。その一言が無ければマサオの株は確実に上がっていたのに。ルナが思わず吹き出し、男は穏やかな笑みを浮かべてハルカに言った。


「ハルカちゃん、良い友達を持ったね。でも、それに甘えてちゃいけないよ」


「はぁい……」


 ハルカは素直に反省しながらチューブの代金を支払った。とりあえずこれでハルカがこの店に来た目的は果たしたのだが、マサオの目的は少しでも長くルナと一緒に居ること、そして出来れば一緒にご飯を食べに行くことなのだ。これで解散となってしまってはマサオが本懐を遂げることが出来無い。そこでマサオは言いだした。


「今はアルテグラなんで、いつかフルデュラエースにしたいと思ってるんですよ」


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