第72話 シマニョーロ? 何それ美味しいの? ~ホイールを替えれば走りが変わる2~
時は流れて日曜日。梅雨明け宣言はまだだが、今日は良いお天気だ。トシヤ達は昼過ぎにロードバイクでコンビニに集合し、ロードバイクショップへと向かった。
久し振りに乗るロードバイクはやはり気持ち良い。風を切る快感だけでは無く、ギヤを変える時のSTIレバーを倒してワイヤーがディレーラーを引っ張る『むに』っとした感触やペダルを回してチェーンが大きなギヤに切り替わる時の『かしゃん』っという感覚すらも心地良く、ついつい無駄なギヤチェンジを繰り返してしまうのは『ローディーあるある』ではないだろうか。
そんな感じで流して走る事数十分、ショップに着いたトシヤ達は店の前のサイクルラックに愛車を掛け、ワイヤーロックでトシヤのリアクトとマサオのプリンス、ハルカのエモンダとルナのエモンダを繋いで店内に入った。いつもなら完成車のコーナーをぐるりと見て回るのだが、今日は違う。ホイールのコーナー目指してまっしぐらだ。
「これがレーゼロか。シブいな」
「こっちはシャマルだぜ。G3組みがカッコ良いな」
「スポークが一本だけ黄色いキシリウムもお洒落よね。あっ、赤黒のプリンスには合わないかな?」
早速ホイールを吟味するマサオにトシヤとハルカが好き勝手な事を言っている。今までは縁の無かったホイールコーナーにトシヤもマサオも興奮気味に展示されているホイールを一つ一つゆっくりじっくりと見て回った。
「ルナ先輩はどうっすか?」
マサオが尋ねると、ルナは妙な事を言い出した。
「私の好みではシャマル……って言いたいところだけど、マサオ君のプリンスってコンポはアルテグラよね」
「そうっすよ」
プリンスのコンポがアルテグラなのがどうしたのか? ホイールと何の関係があるんだ? もしかしたらデュラエースが付いてないとシャマルは似合わないとでも言うんだろうか…… などとちょっと不安になりながらもそれを押し殺して答えるマサオにルナは結論を下した。
「じゃあレーゼロの方が良いかしら。シャマルより硬いって話だけど」
「???」
ルナの言っている事がさっぱり理解出来ず、キョトンとした顔のマサオにハルカが横から偉そうに口を挟んだ。
「シマノのコンポにカンパのホイールじゃ『シマニョーロ』になっちゃうからね」
ハルカの言う『シマニョーロ』とはシマノのコンポとカンパニョーロのホイールの組み合わせを揶揄した言葉だ。もちろんシマノは日本の誇る一流企業で、その製品は素晴らしいの一言に尽きる。だがお金持ちの舶来崇拝者はシマノのコンポをカンパニョーロのコンポより下に見ており、「コンポはシマノのくせにホイールだけカンパニョーロなんて……このシマニョーロが!」などと言った人が居るとか居ないとか。ちなみにフルクラムはカンパニョーロの子会社で、この『シマニョーロ』を避ける為に作られたという噂があったりする。
「そっかー。じゃあ、レーゼロで決まりだな」
マサオが決めたが、ルナが心配そうに言った。
「でも、レーゼロって硬いらしいわよ。レー3にしといた方が良いんじゃない?」
ルナはまたレーゼロを『硬い』と表現した。
ホイールが『硬い』と反応性は良いが、その分足にくると言われている。初心者で貧脚のマサオがレーゼロを使いこなせるのか? 最初のステップアップならレーゼロよりは柔らかく、値段も安いレーシング3にしておいた方が良いのではないかというのがハルカの意見なのだ。だが、マサオは胸を張って言った。
「いや、後でまた買い替えるんなら、最初っからレーゼロ買った方が結局は安く付くってモンですよ」
マサオの言う事にも一理ある。予算があるのなら、最初から高い物を買っておけば後々買い替えなくても良い分、結局は安く付く。しかし問題はマサオの足がレーゼロの硬さに耐えられるかどうかだ。使いこなすどころか、逆に膝を痛めてしまうなんて事にならないかとルナは心配しているのだ。
「そう。なら無理にとは言わないけど、くれぐれも無理はしない様にね」
硬いホイールを履いていると、その反応の良さに調子に乗って足を使い過ぎてしまって、結果足が売り切れると言うのはよくある話だ。ただでさえ調子の良いマサオだから恐らくそう言った事態に陥るであろう事は想像に難くない。
「なーに、大丈夫っすよ」
何の根拠も無いマサオの『大丈夫』だが、本当に大丈夫なのだろうか? まあ、マサオに膝を壊す程の無茶をする根性があるとは思えないから大丈夫だろうが。
レーゼロ購入を決めたマサオはショップスタッフを呼び、要望を伝えた。
「スプロケットは今付いてるのを付けてもらって、外したレー5にコイツのリアクトのスプロケットを付けて欲しいんですけど、すぐ出来ますか?」
するとマサオの顔を見たショップスタッフは笑顔で嬉しい事を言ってくれた。
「わかりました。お客さん、この間プリンス買ってもらったばっかりですよね? 工賃はサービスしときますよ」
高額車両のプリンスを買ってすぐに高額のホイールを買うと言う事でスプロケットの交換工賃をサービスしてくれると言うのだ。もっともスプロケットの交換など特殊工具さえあれば簡単に出来るのだが。
「マジすか? ラッキー! ありがとうございます」
マサオは素直に喜んで礼を言い、トシヤと二人で愛車を取りに店の外に出た。
待ち時間とスプロケットとタイヤの交換、そしてプリンスとリアクトの変速調整で一時間程かかるらしい。そこでマサオが提案した。
「じゃあ、茶でも飲んで時間潰すか。付き合ってもらった礼に奢らせてもらうぜ」
マサオの言葉にハルカは単純に喜んだが、ルナは「これぐらいの事で奢ってくれなくても」という顔。そしてトシヤは使わなくなったホイールとは言えフルクラムのレーシング5を無料で貸してもらえる上にお茶まで奢ってもらえるのだ。何か申し訳ない様な気がしたが、マサオはそんな二人を笑い飛ばした。
「良いって良いって。ホイール交換の記念でもあるしな」
記念と言うのならマサオに奢ってもらうのでは無く、マサオに奢るのが筋ではないかと思うトシヤとルナだったがハルカはそんな事はお構い無しだ。
「だって。さあ、行こ行こ!」
「おう、行こうぜ!」
ニコニコ顔で言うハルカにマサオが応え、四人は一旦ロードバイクのショップを出た。
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