第28話 楽しいライドだと思ってたのに

 そんなハルカの気持ちも知らないでトシヤとマサオがバカ話に花を咲かせている時、トシヤのスマホにハルカからの返信が入った。


「おっ、来たか?」


「まったくお前は……ちょっとは落ち着きってモンを覚えろよ」


 トシヤのスマホを奪い取る勢いで身を乗り出すマサオに呆れた声で諌めながらトシヤがメールを確認するが、マサオは執拗にトシヤに迫る。


「どうだ? ルナ先輩も来るのか? もちろん俺も一緒で良いんだよな?」


 必死なマサオの姿を見て、トシヤの心に悪戯心がムクムクと湧き上がった。


「マサオ、言いにくいんだが、初心者のお前はお断りだってよ……」


 いかにも残念だという表情を作り、喉の奥から絞り出す様な辛い声で宣告したトシヤにマサオは泣きそうな顔で縋り付いた。


「嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ。俺達、同じ学校のローディー仲間じゃないか。それに良く言うじゃないか、初めは誰でも初心者だって。お前もそう思うだろ?」


 必死度MAXで捲し立てるマサオにトシヤは笑いを堪えきれなくなってしまった。


「ぷっ……はっはっはっ、冗談だよ。ルナ先輩も来るってさ。初心者をしごいてやるからお前も絶対連れて来る様にってよ」


「バカ野郎、冗談が過ぎるぜ」


 ルナも来る、自分も一緒に走れると知り、ほっとして涙目で訴えマサオに笑いが止まらないトシヤ。そんなトシヤの耳に信じられない言葉が届いた。


「俺が今朝、ハルカちゃんに頼んだんだからな、『走り方教えてくれ』って。言ってみりゃ、日曜のライドの立案者は俺みたいなモンなんだからな」


 ドヤ顔で言うマサオにトシヤは呆れ返ってしまって言葉も出ない。それをどう勘違いしたのか、マサオは益々調子付いた。


「おっと、礼の言葉は要らないぜ。まあ、日曜は楽しもうじゃないか」


 マサオはハルカとルナ、そしてトシヤと四人で楽しいライドを楽しむつもりの様だ。『初心者をしごいてやる』という言葉を甘く見ているのだろうが、日曜日にどんな目に遭わされるのだろうか? 考えながらもトシヤはただ笑顔で頷くしか無かった。



 時は流れて日曜日。それまでに何度か学校でトシヤとマサオがハルカと顔を会わせる事は有ったが、日曜日に一緒に走りに行く約束をしているとは思えないハルカの塩対応に少々不安を憶えたが、ヘタレなトシヤはハルカにメールを送る事も無く、マサオはトシヤのヘタレっぷりにブツブツ言いながらも少しは賢くなったのか妙な行動を起こさず静観していた。

 峠の麓のコンビニに着いた二人はハルカとルナが来るのを心待ちにしながら駐車場で喋っていると、二台のロードバイクが入って来た。


「おっ、来たみたいだぜ」


 嬉しそうにマサオが言った。そりゃ来るだろう、ハルカもルナも同じ学校で素性は知れているのだ。万に一つとまでは言わないが、十中八九すっぽかす様なマネはしないだろう。


「おはよう、今日は絶好のヒルクライム日和ね」


 にこやかに言うルナに気安く「そーっすね」と答えかけたマサオだったが、何となく違和感を感じて心の中でルナの言葉を復唱した。


――絶好のヒルクライム日和ね……ヒルクライム日和ね……ヒルクライム……――


「ヒルクライムぅ!?」


 少し経って、マサオの口から心の中の復唱がリアルな音声となって飛び出した。それを受けてルナは満面の笑みを浮かべた。


「聞いたわよ、ハルカちゃんから。走り方を教えて欲しいって自分から願い出たんですって? 女の子に教えを乞うてでも山を制覇したいという気持ち、素晴らしい! 気に入ったわ!!」


 確かにマサオはハルカに『走り方を教えて欲しい』と言った。しかし、あの時は『坂の下り方』についての話をしていた筈。つまり『ヒルクライム』では無く『ダウンヒル』のコツを教えてもらいたかったのだ。だが、笑顔のルナを見ると、とてもそんな事は言い出せそうに無いし、『気に入ったわ』とまで言われているのだ。本当は『ヒルクライム』と聞いて逃げ出したい衝動に駆られたマサオだったが、ここで男を見せない訳にはいかない。


「そーなんっすよ、平地ばっかり速くってもダメっすから。やっぱり山も上れないとね」


 調子こいて言うマサオだが、もちろん丸っきり嘘では無い。そうも思ってはいる。だが、マサオはプリンスを買ってからまだ一ヶ月も経っていない。そう、数える程しか乗っていないのだ。まさかこんな早い時期に、しかも近辺で『ヒルクライムの聖地』と言われている山道で特訓を受けるハメになろうとは……


「うんうん、さすがはピナレロ、それもプリンスに乗ってるだけあって気合が入ってるわね。今日は頑張ってね」


 ちなみにルナはマサオが『平地ばかり速い』どころか『平地も遅い』事を知らない。もちろん高いロードバイクに乗ってる人が皆気合が入っている訳でも無ければエントリークラスのロードバイクに乗っている人は気合が入っていないという訳でも無いのだが、ルナの言葉は益々マサオを調子付かせた。


「いつかはドグマって思ってるんですけど、暫くはプリンスで修行っすよ」


 マサオは謙遜して言ってるつもりなのだろうが、トシヤとしては呆れるしか無かった。

 もちろんお金が有るのならばドグマだろうがマドンだろうが気に入ったロードバイクを買えば良いし、ハイエンドのレーシングバイクに乗っているからといって誰もが速さを求めている訳では無い。しかしまだ若いトシヤは大して速くも無い(と言うかトシヤより遅い)くせにマサオが格好付けて「自分が速い」っぽい事を言っている事について、いかがなものかと友人として思ってしまうのだった。


「そこまで言ってくれるからには根性見せてくれるんでしょうね?」


 ハルカの一言でマサオにとっての楽しい時間は突如終わりを告げた。トシヤが危惧していた事が起こってしまったのだ。


「おう、もちろんだ。よろしく頼むぜ、鬼コーチさんよ」


 ハルカにまで調子こいた事を言うマサオに最早打つ手無しといったトシヤだが、心のどこかで「ああまで言うんだから、今日のマサオは一味違うかもしれない」とも思ってもいた。と言うか、そうあって欲しいと願っていた。


「マサオ君は気合入ってるけど、トシヤ君はどうなのかな?」


 いきなりルナに矛先を向けられてトシヤは一瞬たじろいだが、ここはマサオに負けていられない。


「ロードバイクの性能差が戦力の決定的差で無い事を証明してみせますよ」


 どこかで聞いた事が有る様なセリフで答えると、トシヤはリアクトに跨った。それを見たハルカがそれはもう楽しそうに言った。


「じゃあ行きましょうか、泣き言言ってもダメだからね、今日の私は鬼コーチだから」


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