第21話 ルナとハルカの昔話

「ぷはぁっ、美味ぇ!」


 コンビニに着くや否やマサオはコーラを買い、一気に喉に流し込んだ。そんなマサオをハルカは冷めた目で見ながら言った。


「何でここでコーラ? 汗かいた後は普通コレでしょ」


 ハルカが手にしているのはもちろんスポーツドリンクだ。しかも「本当は原液じゃ濃くて甘すぎるから、水で薄めた方が良いんだけどね」などと細かい事まで言っている。トシヤは「スポーツドリンクで甘いのなら、コーラなんて甘すぎて飲めないんじゃないか?」なんて思ったが、それには触れないでおいた。マサオも圧倒的な差を見せつけられた直後なだけに反論は出来なかったが、マサオにそっと耳打ちした。


「ハルカちゃん、可愛い顔してなかなか厳しい事言うな。俺、ルナ先輩の方が良いや」


 何を言い出すかと思えば、いきなりそれかよ! 呆れるトシヤにマサオは更に呆れる様な言葉をさらっと口にした。


「だからハルカちゃんはお前に任せた。俺はルナ先輩狙いでいくからヨロシク」


 このバカをどうしてくれようか……頭を抱えるトシヤだったが、幸いにもマサオの戯言はルナとハルカには聞こえなかった様で、ルナは変わらぬ笑みをマサオにも向けた。


「今日はトシヤ君と二人で走ってたのね。どう? ロードバイク、楽しい?」


 そんな事をこの状況で聞かれて「別に」とか「楽しく無い」などと答えるヤツが果たしてこの世に居るものだろうか? いや、居まい。居る訳が無い。もし居たらびっくりする。マサオは当然の様に答えた。


「もちろんっすよ。こんな楽しい世界を教えてくれたトシヤには感謝っすわ」


 好感度を上げようとしているのだろう、マサオは聞かれてもいない事まで言いながら、思いっきりキメ顔(マサオなりの)を作っているが、残念ながらルナには届かなかった様だ。


「そう、良かったわね。トシヤ君も良かったわね、ロード仲間が増えて」


 あっさり流されてしまった。だが、そんな事でめげるマサオでは無い。次はこっちの番だとばかりにルナに尋ねた。


「ルナ先輩って、どれぐらいロードバイクに乗ってるんですか?」


 まずは当たり障りのないから。


「私は小学校五年生の時からだから、六年ぐらいかな?」


 驚きの答えがルナから返ってきた。ルナのロードバイク歴がある程度長いだろう事は想像していたが、まさか小学生の頃から乗っていたとは! 横で聞いていたトシヤも驚いた顔をしていると、何故かハルカが無い胸を張って言った。


「あなた達とはキャリアが違うのよ、キャリアが」


「って事は、ハルカちゃんも?」


 いきなり話に割り込んできたハルカにたじろぎながらマサオが言うと、ハルカは俯き加減になり、唇を尖らせた。


「私は中三からだけど、それが何か?」


 ハルカの話では、『近所の一つ上のお姉さんルナ』が颯爽とロードバイクに乗っているのが格好良くて「自分も欲しい」と両親に願い出たのだが、「高いから」という理由でものの見事に却下され(まあ、普通はそうだろう)、ルナがロードバイクに乗っているのを羨ましそうに見ていたのだが、ルナがロードバイクを乗り換える時に古いロードバイクを譲ってもらって乗っていたが、高校生に合格が決まるとすぐ、貯めていたお小遣いやお年玉でルナと同じエモンダの新車を購入したらしい。


「私が小学生の時から乗ってた物だからフレームが小さくてね。サドルを目一杯上げて、ステムも長くして乗ってたものね」


 懐かしそうにルナが言うとハルカは目を細めて答えた。


「でも、凄く嬉しかったんですよ。最初はサドルが高くてハンドルが低くて怖かったですけど」


 二人の少女の昔話を聞いて、トシヤはなんだかほのぼのした気分になったが、そんな空気をぶっ壊す様な現実的な事をマサオが言い出した。


「でもルナ先輩、小学生の頃からロードバイクに乗ってたなんて、やっぱり家がお金持ちなんですか?」


 マサオのバカな質問にルナは呆れる事も怒る事も無く、微笑みながら答えた。


「残念ながらウチは普通の家庭よ。いきなりピナレロなんて滅相も無いわ。ただ、お父さんが乗ってるから」


 なるほど。つまり要するにルナの父親は娘と一緒に走りたかったのだろう。ちなみに初めのロードバイクは後ろ8枚ギアのトレックの一番安いモデルだったらしい。


「それで今もトレックに乗ってるんですね」


「ええ。乗り慣れてるし、付き合いが長いから、お店の人には随分良くしてもらってるから」


「私のエモンダもそのお店で買ったのよ。ルナ先輩の紹介だから、色々サービスしてもらったわ」


 またしてもハルカが話に割り込んできた。ちなみにハルカのエモンダもルナのエモンダもアルミフレームでコンポは105。言ってみればトシヤのリアクトと同じ仕様だ。もっともエモンダは車体が軽く上りに強いのが売りで、リアクトは空気抵抗が少なく平地でのスピードが売りと全く方向性が違う車体ではあるのだが。つまり、山での戦闘力はマサオのプリンスが飛び抜けて強く、それにハルカのエモンダ、ルナのエモンダと続き、マサオのリアクトは圧倒的に不利なのだ。もちろんその差を埋めるのも、せっかくのアドバンテージを殺してしまうのも乗り手次第なのだけれども するとマサオがまた言わなくても良い余計な一言を発した。


「なんだ、じゃあハルカちゃんは俺達と一年しか変わらないじゃん」


 まったく救いようのないバカだとしか言い様がない。ハルカはその一言に当然の事ながら機嫌を損ねてしまった。


「何よ、この一年の差が大きいのよ! 実際、私は峠を上れるけど、アンタ達は上れないじゃない!」


 ハルカの不機嫌に、何の罪もないトシヤまでもが巻き込まれてしまうハメになってしまった。こうなってしまってはトシヤに出来る事はただ一つしか無い。


「うん、そうだね。一年の差は大きいな。俺達も早くハルカちゃんみたいに峠を上れる様、頑張らないとな」


 マサオに目配せしながらハルカの機嫌を取る様な事を言うと


「そうだな、俺達も頑張ってハルカちゃんやルナ先輩に追いつかないとな」


 トシヤの意図に気付いたマサオも調子を合わせた。


「まあまあハルカちゃん、落ち着いて。トシヤ君とマサオ君も乗れば乗る程上手く走れる様になるから頑張ってね」


 三人の様子を見かねたルナが事の収拾を図り、ハルカが落ち着いたところで今日は解散となった。


「じゃあ今日はこれで。また、一緒に走って下さいね」


 トシヤが言うとルナは笑顔で答えた。


「ええ、もちろん。今度はマサオ君も一緒にね」

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