Ready?−3
楓の口元に浮かぶ笑みと瞳に宿る殺意が、合致しない。
二人はますます混乱していた。
「……ほん、もの?」
呟く竜に、楓が笑う。
「どっちがいい?誰の幻を見せようか?」
「幻?なら、楓さんは、本物……」
「アイツほどじゃあないけど、ここは邪魔者は入らない。さぁ、どうやって片付けようかなぁ」
「本物……なの?」
「本物かどうかは重要か?」
「だって、兄ちゃんの友だちだよな?」
「あぁ、望は友だちだ。でも、これとそれは関係ない」
直後、光の刃が竜の喉元に迫る。後ろは壁で、竜はそれで動けなくなった。
「竜?!」
良太が慌てたように名前を呼ぶ。
「お前に力はないよな、良太。下手に首を突っ込むから、自分の命すら危うくさせるんだ」
「秋祭りも、あんたなのか?」
「良太、お前は頭が回る。一緒にいられると厄介だ。先に片付けるのは、やはり、お前だな」
楓が、良太に一歩一歩近づいていく。手のひらには、竜の喉元を狙うのと同じ、光の刃が複数浮かんでいた。
竜は、魔術を使おうとするが、手を動かそうとすると首元を狙う光の刃が近づいてくる。力を使おうとすると、更に近づいてくる。もう一ミリでも動いたら、首に食い込むだろう。
どうすれば――――考えていたときだった。
竜が先程までいた厨房から、小さな音がした。誰もいないはずの厨房からだ。
皿が飛んだ。フリスビーのように、楓に向かって。
楓はすぐに気づいたが、信じられないような目でそちらを見ていた。楓に弾かれた皿は、床に落ちて音を立てて砕けた。
「……望?」
「兄ちゃん……」
厨房からまっすぐに楓を見据えるのは、望だった。
「これはどういう状況なのかな?説明してくれる?」
声に含まれる圧力が、望の感情を表している。
間違いなく、怒っているのだ。それも静かに。
「な、んで望が……ここにいる?」
楓は目を見開いて彼を見ていた。望がいる。結界を張って、現実世界と同じに作り上げた この空間は、良太と竜だけを招き入れたはずだった。それなのに、どうやって入ってきたのだろうか。
望はまだ怒っていて、厳しい目つきで楓を見ている。
「状況を、説明して」
「……えっと(むしろ、この状況を説明してほしい)」
楓は、急速に冷静さを取り戻していた。膨れ上がったはずの燻りが、きれいに無くなっていた。
「そこにいるのは僕の妹で、楓の目の前にいるのは、妹の友人なんだ。悪ふざけなら、今すぐやめてくれる?もし、この子たちがなにかしたなら、僕から話をする」
楓の手のひらにあった光の刃が揺らぐ。
力を消して答えようと口を開いたときだった。
揺らいでいた光の刃の一つが、楓の意思とは関係なくはっきりと形を持ち、ゆっくりと動き出した。
楓の顔から血の気が引く。
「……まさか」
こんな事ができるのは、一人しかいない。
「(違う、狙っているのはセイリュウだ。望じゃない。セイリュウなら、避けられる)」
しかし、その考えとは反対に、光の刃が狙いを定めたのは――――――――。
「望、しゃがめ!」
「兄ちゃん!」
望に向かって飛んだのは、一つではなかった。竜の首元を狙っていたものも、望を狙っている。
「樹の術だ!」
良太の声が飛ぶ。
反射的に反応した二人は、それぞれに望の前に盾になるように樹の壁を作り出した。
楓が作り出し、本人の意志とは別に動きだした光の刃は、樹の壁に突き刺さるようにして止まり、そして溶けるようにして消えた。
楓の言葉を素直に受けてしゃがみこんでいた望が、そっと立ち上がる。
「兄ちゃん、大丈夫?!」
竜が駆けつけると、望は微笑んだ。
「おかげさまで」
「……望」
楓の声に、竜が警戒心を顕に望との間に立つ。
「……ごめん。危ない目に遭わせた」
どんな顔をしていいのかわからない。楓は、それでも望をまっすぐに見て謝罪をした。
「竜も、それから良太も。悪かった。ごめんな。急に感情が……」
そこまで話して、楓は気がついた。
そう、あのとき、たしかに急激な感情の昂りを感じたのだ。急に、マイナスの感情だけが抑えられなくなって、勝手に術をかけた。
すぐ横には、黒樹がいた。
「(そういうことか、アイツ……)」
「楓、何が起きてるの?ここは、なに?」
望が説明を求めて尋ねる。
「ここは、俺の作った結界の中。現実にある世界をそっくりそのまま作り出すことができるんだ。人以外は」
楓の説明を聞いて、望は、更にわからないという顔をした。
「俺は、良太と竜だけをここに招いたはずなのに、なぜか望も入ってきちゃったっていう状況。でも、悪い。これは俺の連れが起こしたことに原因がある」
説明をしながら、楓は、自分の立ち位置がわからなくなっていた。望は友だちであり、傷ついてほしくないことは確かだ。
しかし、黒樹のやろうとしていることを止めていいのかと言われれば、即答はできない。彼もまた、大切な存在なのだから。
黒樹がやろうとしていることが、具体的に何なのか、想像もできない。紋章を持つものを、ただ消しに来たわけではない。そのことだけはわかる。
そして、一つだけ確かなのは、黒樹がワルモノになるのは嫌だということ。そのために、今できることは――――。
「結界を解く。アイツのことだから、きっとなにかを仕掛けてるだろう。気を抜くなよ」
「気を抜くなって言われても」
何が起こるかわからない状況で、何を構えていればいいのか――――竜は、うろたえることしかできないでいた。
「三つ数えるからな?」
楓の言葉に、更に緊張は高まる。
「1、2、3」
楓の声のあと、パチンと指を鳴らす音が2つ聞こえた。
店内の風景は、風船が割れるように消えた。
次に現れたのは、元の風景ではなく、店の外だった。
肌を刺すような寒さと街を覆い隠していく白い雪――――今は、初秋のはずだ。
店の両横には路地がある。店の勝手口に通じる向かって左の路地の奥へと、雪の上に赤い点が続いている。
この風景に、竜は、見覚えがあった。
鼓動が、体中に響いていた。体が動かない。
何も聞こえないのは、雪が音を消しているからなのか。
「竜……」
良太の声が聞こえて、竜は、我に返った。
「店の中じゃないってことは、まだ敵の手の内だ」
「あ、あぁ……」
ここがどこかわかる。だから、動けない。
「なんで、外?っていうか、寒い!」
楓がわけがわからないという表情で、体を擦っている。
路地の先から、声が聞こえてくる。
「とうちゃん!」
今にも泣きそうな子どもの声。
その声を聞いて、良太が驚きに目を見開いた。
「あの声……お前、だよな?」
信じられないというような良太の言葉に、竜は答える事もできない。
「……って、ことは……五年前の?」
良太の言う通り、再現されていたのは過去の風景だった。
「五年前?」
楓が問う。
竜は、苦しげな表情でそれに答えた。
「この先に、父ちゃんが倒れてるはずだ。これは、父ちゃんと俺を狙ってやってきた夜叉の父ちゃんが戦ったときに落ちた血なんだよ……」
樹李も海吏も海雷も、このことで傷を負った。助けられなかった後悔を、ずっと背負っている。
こんな場所で、何を仕掛けようというのか。
竜は、グッと両の手に拳を作った。
「相手が誰だか知らないけど……」
良太が、あたりを見回して言う。
「個人的な過去のことをこんなに鮮明に覚えてるなんて、当事者だけだろ?その場にいたやつは、今、竜、お前と望さんしかいないんだから、どっかに必ず、綻びがあるはずなんだ」
良太がしようとしていることを理解して、竜も楓もハッとなった。
竜も楓も、これから現れるであろう「何か」と戦おうとしていた。
しかし、良太は、まずここから出ることを考えていたのだ。
楓が、小さく笑う。
「アイツのことだから、どこまでも完璧にしてる気もするけど、ただ一つ、あるとするなら……俺だな」
「楓?」
望がわからないという顔で楓を見ている。
「俺は、ここを出られる。みんなまとめては、さすがに無理だけど、俺だけなら出られる」
「なら……」
良太は、楓が何をしようとしているのか予想ができていた。
「あぁ。神社にいる奴らなら、きっと近くにいるだろ。俺は、外から綻びを探す。お前たちは、中からだ。できるな?竜」
竜が、表情を引き締める。
「わかった」
「よし。それじゃあ、俺は行く。……竜、」
楓が、静かに名前を呼んだ。
「嫌な感じがするんだ。アイツを、止めてくれ」
その言葉を残して、楓は 光りに包まれ消えた。
音が、雪の中に消えていく。
そこへ――――。
「さぁて、余興はこのくらいにして、本番といこう……」
どこからともなく、少年の妖しく楽しげな声がした。
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