幻-2
食堂の客が閉店に向けて少なくなってくる頃を見計らって、竜は達也と家を出た。
「アニキ、望さんからどんな匂いしたの?いい匂い?」
達也の家までは一本道だった。送っていくと言っても、道を挟んで数メートル。徒歩で5分かからない。
「いい匂い?んー、なんて言ったらいいのかなぁ」
竜は、思い出すように上へ視線をやった。
その時だった。
「あれ?」
望から匂ってきたのと似たものが前方から漂ってきて、竜は足を止めた。合わせるようにして、達也も足を止める。
「どうしたの?」
「同じ匂い……」
「同じ?」
しかし、それが「何か」を理解するよりも早く――――――――。
「たつ、伏せろ!!」
叫ぶと同時に、隣りにいた達也の頭を抑えて体を低くさせる。直後だった。向かうはずの方向から、水の矢が無数に飛んでくる。
的を失った水の矢は、竜と達也の後方で道路に落ちて砕けた。
「なかなかの反応の良さだったね、セイリュウ」
街灯の当たらない暗闇から、よく知る声がした。
「まぁ、手加減してるけどな」
「なんのマネだよ」
不機嫌を通り越し怒りを向ける竜は、よく知る人物に抗議の声を上げた。
街灯の明かりが二人を照らし出す。
「海吏、海雷」
竜の怒りを受けてなお、二人は余裕の笑みを浮かべていた。
辺りは夜の闇、静寂がただ広がっていた。
「なんのマネ?わからない?」
涼しい顔をして微笑む海吏と、強気に笑う海雷が、この張り詰めた空気と正反対の日常を醸していて、竜はわけがわからなくなりそうだった。
「お前のその力は、この世界にいらない。災いは、防がないとな」
「知ってるだろうけど、俺たちが護ってるのはこの世界でセイリュウじゃあないからね」
竜は、威嚇するように二人をじっと見つめたあとで口を開いた。
「へぇ。じゃあ、どうなっても文句言うなよ?」
「それは、こっちのセリフ」
空気は、ますます張り詰めていった。
「(……海吏と海雷、なのに……なにか)」
漂っていた匂い、そして、この空間が、竜に違和感を与えていた。
「(確か、花火大会のとき……)」
もし、一緒にいる誰かが巻き込まれたときには、水か樹の術をかけて守っていれば、そこに自分たちが駆けつけることができると教わった。
「たつ、そこから動くなよ?」
二人から視線を外さずにそう言うと、すぐに「わかった」と返ってくる。それに安心して、竜は達也の周りに水の壁を作った。
これで彼らが現れれば、この違和感に対する答えになる。
「良い判断だね。タツヤを巻き込むのは本意じゃない」
ニコリと微笑む海吏は、手のひらに中程度の水の渦を作り出していた。
竜はそれが放たれるよりも早く、樹の術を放つ。葉と蔓の槍が海吏へと襲いかかる。
真っ直ぐに向かってくるそれを、風の術を利用して上へ飛んで避ける海吏は、妖しくニヤリと笑っていた。
竜の放った樹の術は、先から炎に変わり、術を伝って竜へと向かってくる。竜は急いで水の盾を作り、炎を防いだ。
炎を放ったのは、海吏ではない。海雷だ。楽しげな顔をして、こちらを見ている。
「その顔、イラつくー!」
竜の周囲に水の輪が螺旋状に吹き上がる。
それを見て、海雷が見下ろすような顔つきで鼻で笑い飛ばした。
「俺たちに水の術なんて、」
「勝てる見込みでも?」
二人が両方の手のひらに、水の渦を作り出す。
「勝てる見込みならあるよ?」
同じ声が後ろから聞こえて、竜は目を見開いて振り返った。
「なんて顔してるの、自分で呼んでおいて」
呆れてそう言う海吏と、目の前の自分を不満げに見つめる海雷がいる。
「だいたいなぁ、俺たちが二人がかりでこいつに仕掛けるとか、ありえねぇんだよ」
「そうそう。一人で十分」
言いながら、二人は手の周りを樹の術で覆う。
「さぁ、叩きのめされる覚悟はできたか?」
「不愉快極まりない偽者は、さっさと消えてくれるかな?」
海吏の言葉が終わるよりも早く、双方から術が放たれる。
中央でぶつかったそれぞれの術は、水と樹。「偽者」の放ったものを簡単に圧倒し、その姿を消し去った。
黒い霧となって消えていく姿をじっと見つめ、竜は無意識に入っていた力を抜くようにため息をついた。
「ほら、神社行くぞ」
海雷が竜の手首を掴む。
「え?神社?」
「タツヤを預かってるから。迎えに来てくれる?」
海吏に言われて、竜はようやく思い至る。
「あ、そっか!」
二人に連れられて歩き出しながら、竜は周りの変化を感じていた。一見、なにも変わりないような街の風景なのに、一つだけ違う。
「……匂いが」
先程まで漂っていた匂いが、きれいに消えている。
「匂い?」
先を歩いていた海雷が、竜を振り返って聞き返す。答えたのは、竜の後ろを歩いていた海吏だった。
「あぁ、さっきの場所、匂ってたね」
「さっき?……あぁ、匂い!してたな、異世界のヤツの匂い」
「でも、匂いの相手は夜叉とは違う。なんとなく花火のときの感じに似てるけど、ちょっと違うし」
「セイリュウも、よくわかったねェ、偽者だって」
竜は、対峙した偽者を思い出していた。
「いや、偽者だってわかったわけじゃなくて、違和感があったから。前に教えてもらった方法でたつを護っててお前らが来たら、偽者だなって」
「へぇ、よく考えたじゃない」
神社の階段を上がっていくと、狛犬の傍で、達也と樹李が待っていた。
竜を見て、達也が安堵の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「怪我はない?大丈夫?」
「大丈夫。こいつら相手に負けるわけないだろ?」
竜の言いように、海吏と海雷は不服げに彼女を見下ろした。
「偽者追い払ったの、俺たちなんだけど?なー?海吏」
「まだ負け越してる子に言われたくないよねー?海雷」
言い合いが始まりそうな雰囲気が流れ始め、それまで黙って見守っていた樹李は、深いため息をついて口を開いた。
「それで?お前たちの偽者は、一体何者で、何をしに来たって?」
答えたのは、海吏だった。
「セイリュウのことを狙ってた。俺たちが加勢したら、いなくなったけどね」
「あと、匂いがした」
竜が、戸惑いながら、付け加える。なぜなら、同じ匂いを身近な人からも感じていたからだ。
「匂い……」
樹李が、真剣な表情でそう呟いた。その先にあるであろう災厄が、簡単に頭に浮かぶ。
紋章を持つ者は、異世界のものからすれば、牙を向けられる前に倒しておきたい存在だ。
「夜叉とは違うってさ」
海吏が説明を加える。
「花火の時のものとも違うっていうから、あの子とも違うんじゃない?ほら、最後に出てきた男の子」
「全く違うわけじゃなくて、同じじゃないってかんじ」
違和感と危機感――――――――夏休みの一件から、それを抱いてくれているのは、彼らにとってありがたいことだった。今回のように、護ることができる。
「同じじゃない、か……」
似ている、ということは、同じ場所にいた者という可能性は高い。仲間か、同族か、それとも――――。
「何しろ、厄介だな。姿が見えないんだから」
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