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それから数日後の朝、わたしはまたその民家の前を通りかかった。男の子はいなかった。縁側で男が煙草をふかしている。
「こんにちは」
わたしの挨拶に対して男は無反応だった。わたしは不審に思い、もう一度大きな声で挨拶をする。
「こんにちは」
すると男はやや神経質そうな笑みを見せ、挨拶を返してきた。
「すみません。右の耳が聞こえないものですから」
「この前、そちらの畑で男の子を見ましたよ。お子さんですか」
「男の子?」
男は眉をひそめた。
「ええ。その、熱心に地面を掘り返していましたよ」
「芋泥棒かな」
「そうじゃなくて」わたしは説明に困ってしまった。「骨を掘り返していたんだそうです」
「骨?」
男の顔が蒼ざめた。手に持ったタバコの先端が切り落とされた首のように地面へと落ちる。
ぼとり。
「どうしました?」
「いえ」男は灰皿に煙草を押しつけた。「とにかくうちに子供はいませんよ。息子たちはとうに独立したし、後は妻がいるだけです」
「そうですか」
「萩原さんのところの息子さんですよね」
「面識がありましたっけ」
「あなたが子供の頃に」男は言った。「その後、わたしはすぐ都会に出たわけですが。あなたも都会暮らしが長かったんでしょう?」
「ええ」わたしは言った。「それにしても、わたしの顔は子供の頃と変わりませんか」
「違います違います」男は笑いながら言った。「お父さんに似ていると思ったので」
「なるほど」
「わたしも若い頃は母親にと言われたものですが」男はそこまで言って、笑みを引っ込めた。「不思議なものですね。年を取るほど親父に似てくる」
「わかります」
「たまに想像するんですよ。もしも自分に子供がいたら、やはり同じことの繰り返しになるのかと。つまり、年を重ねるごとにわたしの顔に似てくるのかと」男はそこでまた笑った。「あんまり気分のいいものではありませんね。自分の分身がいるというのもそうだし、それがさらに孫、ひ孫と連鎖していくのかと考えると。あなたはお子さんは?」
「いえ……」
そこで、家の奥からうめくような声が聞こえてきた。男の名前を呼んでいるようだ。
「すみません。父が何か用のようです」
男が言ったのを潮に、わたしはその民家を離れた。
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