第14話 熊さんと遊ぼう(後編)

 皆の視線が痛い。

 

 銃を扱った事もない子供を熊狩りへ連れて行こうとしてたからね。

 

 俺はカミラにそっと近づき、


「カミラ、銃を撃った事なかったのか?」


 周りに聞こえないように小声で訊いた。


「うん、ママがね、銃はジャムるからナイフを使いなさいって」


 また過保護なのか、虐待なのかわからない心配をする。

 

 そりゃ弾詰まりをする危険性はあるけどさ、何千回に一回程度の確率だぞ。それにリボルバーならこの問題は、関係ない。


「うちに回転式小銃リボルバーあったよな。あれもだめだったのか?」

「あれはいいって。でも、祖父ちゃんが反対した」

「祖父ちゃんが?」

「うん。銃は、三アクションもかかるから武器には不向きだって。僕も遠くから攻撃するのは好きくない」


 ……事情はわかった。

 

 近くから殺すのがいいって……相変わらずの殺人狂である。

 

 ふ~。


 空を仰ぎ、溜息をつく。

 

 事情はわかったけど、どう皆に説明するか?

 

 この空気をなんとかしないと、カミラを連れて行けない。

 

 しばし熟考する。

 

 そして……。


「あ~皆さん、誤解のないようにお願いします。カミラが説明した内容を端的に説明しますね。つまり、カミラは村田銃を扱った事がないって言ってるんですよ。愛用の銃でなら遅れを取りません」

「違うよ。お兄ちゃん、僕は銃よりナイフで殺――」

「あ~ゴホンゴホン! なんでもありませんよ~」


 慌ててカミラの口を右手で塞ぐ。これ以上、ややこしくするんじゃありません。

 

「み、皆さん、とは言ってもカミラは天才です。謙遜しているようですが、妹はどんな銃でも自在に扱う事ができます。論より証拠、見ててください」


 俺は、村田銃をカミラに持たせて撃つように指示をする。

 

 もちろん基本的な撃ち方は、周りに聞こえないようにこっそり耳打ちした。カミラはこくこくと頷いている。カミラは頭がイッてはいるが、頭が悪いわけではない。

 

 基本の撃ち方さえ教えれば、理解は早いのだ。並以上の成果を出せる。これである程度の腕前を周りに見せつけられるだろう。

 

 最初はそうだな~。


 周囲を見るに、北側にある大木が適当かな。距離にして三百メートルちょっと。風は、無風に近い。初心者にはお手頃だ。

 

 とりあえずカミラには、木の枝でなく木の中心に当てるように指示をだそう。

 

 だ、大丈夫。

 

 カミラは、マキシマム家の娘だ。チート一家の血が流れている。止まった的に当てるぐらい初見でもどうにかなるよ。

 

 ……外したら、愛用の銃じゃなかったから調子が出なかった事にしよう。そして、ある程度練習すれば、問題ないと言えばいい。


「じゃあカミラ、あそこの木を狙――」


 ズガァアアンと鉄砲音が響く。

 

 カミラが説明途中で銃をぶっ放したのだ。さらに「バン♪ バン♪ バン♪」とリズミカルに唄いながら銃を撃つ。まるで小学生が、買ってもらった銀玉鉄砲で遊ぶような感じに。


「こ、こら、カミラ、いきなり撃つんじゃない。おもちゃじゃないんだぞ。ちゃんと狙って――」

「た、たまげたぁあ。その娘っ子もとんでもない腕だ」


 俺の発言を遮り、マタギのお爺さんがでかい声で叫んだ。周囲の人々も、ポカンと口を空けている。全員、唖然としている様子だ。

 

 いったい何がどうなって――ん!?

 

 おぉ!

 

 カミラの射線上を見る。

 

 そこには……。

 

 鳥類保護団体が卒倒しそうな勢いで、野鳥がパタパタと地面に落ちていくではないか!


 カミラが次々と野鳥を撃ちまくっているのだ。


 ツグミ、ヒヨドリ、ムクドリ、トビ……大空を舞う全てがカミラの餌食である。


 あんな適当な構えで。

 あんな変なリズムに乗って。

 

 ……これだからチートは怖い。

 

 とにかく計画通りだ。カミラの腕前を皆に見せつけられた。


「皆さん、見てのとおりの実力です。俺達、マタギの兄妹に任せてください。熊の様子を見てきますが、無理はしません。心配は無用です」


 そう宣言するや、


 ボロが出ないうちに。

 カミラが野鳥から人にターゲットを変えないうちに。

 

 俺達は、山中へと足を踏み入れたのであった。


 山中に足を踏み入れ、死臭が強く発する場所へ急行する。もちろん、銃は途中で置いてきた。


 あんな轟音がするものを撃ってたら、獲物に逃げられてしまう。


 俺達は、銃よりもナイフ、ナイフよりも素手のほうが勝手がよいのだ。


 そうして山中をくまなく探していると……。


 見つけた。


 数十頭の群れを率いた大熊。通称白カブトだ。情報通り、頭の天辺が白い毛で覆われている。鋭い牙には、狩猟ハンター達を食い殺してきたせいか強く死臭が漂っていた。


 ふむ、凄いな。


 突然変異なのか、身長は十メートル以上だ。南極熊よりもでかいぞ。体重も二トンを軽く超えてるだろう。また、その分厚い毛皮を見るに、なるほど銃弾が効かないわけだ。あれだけ肉厚があると、ほとんどの衝撃を吸収してしまうだろう。


 うん、こいつを見たら親父が喜びそうだな。嬉々として、剥製にするだろう。そして、玄関にかざるんじゃないか。


 わくわく♪ わくわく♪


 うん……「わくわく♪」って擬音がもろ背後から伝わってくるぞ。


 背後を振り返る。


 カミラの眼が輝きに溢れていた。


 どうやら血は争えないらしい。カミラも白カブトを見て、これまでにないほど興奮している。うん、間違いなくカミラは父親似だね。


 もう誰であろうと止められない。カミラは、その本能のまま白カブトにぶつかっていくね。


 白カブトに、ほんのちょっとだけ同情してしまう。


 そんな白カブトだが、ギロリと俺達を睨み続けている。そして、軽く吠えると、従っていた熊達が俺達を囲むように移動してきた。


 おいおい、熊のくせに連係までできるのか。


 これは驚いた。


 そして……。


「がぉおおおおんん!!」


 白カブト達が、咆哮を挙げて襲ってきたのである。


 今まさに戦端が開かれたのであった。

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