第6話  カミラの性質

 マキシマム家を出て、ヴァンニック市に入る。


 改めてこの世界を説明しよう。


 ここはヨーロッパ大陸の東に位置している。ヨーロッパ大陸って言うと、前世の地球を思い出すが、違う。ここは、前世地球の歴史と微妙に違っている。ナポレオンはいるけど、織田信長はいなかったり。全然、知らない人物が江戸幕府を開いて天下を統一していたり。パラレルワールドと言っていいだろう。


 文明レベルで言えば、前世基準でだいたい西暦千九百年前半位だ。だから、スマホもなければ、インターネットはない。電話とラジオはあるけど、テレビはない。


 飛行機は、民間レベルではない。世界有数の大富豪、あるいは国が所有している。だから普通の旅行者は、列車で移動するのが基本だ。


 そして、大きな違い。どういった歴史背景を辿ったらそうなるかわからないが、殺し屋がちゃんとした職業であるのだ。もちろん全員が全員なれるわけではない。国際連盟が指定した二十の団体だけが許されている。それ以外が殺しなんてやったら普通に犯罪だからね。


 そして、その二十の団体は四つの上部団体に集約される。北家、南家、西家、東家。俺達、マキシマム家は、その南家に属するのだ。


 そんな時代背景の中、俺達はヴァンニック市からオレゴン市のある国外へと移動している。


 できるだけ実家から離れたい。ヴァンニック市は、マキシマム家の影響が大きいからね。


 速攻、交通機関を使った。列車でまずは市外へ移動する。


「うわぁい! お外だ。お外!」


 カミラは、生まれて初めて乗る列車に興奮している。靴を脱ぎ座席の上に座ると、列車の窓から外を眺めていた。小さい子が初めて列車に乗ったら、よくやる奴だね。


「カミラ、これが列車だ。速いだろ?」

「うん♪ まるでパパの背中に乗っているみたい」


 カミラがはしゃぎながら答える。


 他の乗客達も、カミラのその微笑ましいセリフに慈愛に満ちた表情を向けてきた。そこらかしこで「可愛らしいお嬢さんね」といった賛美の声が聞こえる。


 そうだよ、これだよ、これ。この風景を見たかったのだ。


 殺人、マーダー、キル、KILL……。


 ここには、そんな殺伐としたものがない。


 カミラの子供らしいセリフに周囲の皆が暖かな目を向けている。


 ふふ、まるでパパの背中に乗っているみたいかぁ~。


 実際、親父は、列車並みの速度で走れるけどね。カミラの言葉通りだが、まぁそれは置いておく。


 今は、この空間を大事にしたい。


 そういや俺の家族って列車並に走れるんだった。瞬間最高速度で言えば、列車よりも速い。


 ……近くだと安心できない。改めて、遠くに行こうと決意する。


 それから列車は、最終駅に到着した。


 俺達は列車を降り、国境を越えるため山間部に入る。


 それまで、いろいろな物を見て、感激していたカミラの表情が暗い。


 はしゃぎすぎて疲れたか?


 いや、よそ様の子供じゃないんだ。あの程度で疲れていては、マキシマム家で一日たりとも生きていけない。


 カミラは無口になり、何かを耐えているようだ。


「カミラ、どうした? 元気がないな」

「ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだい?」

「お腹すいた」


 そうか。お腹が空いて元気がなかったんだな。


 う~ん……釈然としないものはある。


 俺達一家は、七日七晩絶食しても平気で動き回れる。水さえあれば、一か月だって可能だ。そんなマキシマム家の人間らしからぬセリフである。だが、初めて外へ出たんだ。そういうイレギュラーもあるだろう。


 俺は、無理やり自分を納得させる。


 そして、鞄に入れていたオニギリをカミラに渡す。白い米にパリッと海苔が巻いてある。少し冷えているが、簡易食としては十分に美味だ。


「……いらない」

「遠慮するな。お腹空いているんだろ?」

「そっちじゃない」

「そっちじゃない……食べ物じゃくて?」

「うん、こっちだよ」


 そう言って、カミラがクィーっと首をちょん切るジェスチャーをする。


 あ~そっちね。


 今度は納得した。悲しいことに納得してしまった。


 べたいってことか。


 家を出てから早三日。


 あれからカミラは、一度も殺しをしていない。そろそろ禁断症状が出てきたようだ。


 カミラは、あからさまに殺気を振りまいている。


  まずいなぁ。

 

  この調子だと、通行人を襲いかねない。国外に出る前に、この殺気を抑える事から始めるか。


「カミラ、聞け」

「なに? お腹すいた。あれべていい?」


 そう言って、カミラは荷物を背負った中年の男を指差す。中年の男は、ふーふー汗をかきながら坂道を登っていく。


 行商の途中なのかな?


 お仕事ご苦労様です。


 こんな一般人を殺すなんてもってのほかだ。


「だめだ」

「お腹すいた! すいた!」


 そう言って、カミラはバンバンと俺を叩いてくる。その遠慮のない拳は、確実に急所を当ててきた。しかも、大木に当てれば、それが幹ごとへし折れるぐらいの力でである。さすがマキシマム家の娘と言ったところか。相手が俺でなければ、肉を抉られ、骨を断たれ、最後にはミンチができ上がってただろう。


「ち、ちょっと待て、待て。落ち着け。兄ちゃんの心臓を抉り出そうとするんじゃない」

「う~う~」


 カミラは不満たらたらだ。


 目は血走り、野獣の如く獲物を求めている。先程まで、外の世界を見て目を輝かせていた可愛げな童女の姿じゃない。


「カミラ、聞け。お外では簡単に殺しをしちゃだめなんだ」

「やだ、やだ! お腹空いた!」


 カミラがさらに興奮して俺を叩く。抹殺しかねん勢いだ。さすがの俺の肌もカミラに叩かれすぎて、少し赤くなってきたぞ。


「カミラ! あまり我儘言うんじゃない」

「う、うぁああん! お腹空いた。べたい。べたい。べられないなら、お家に帰る!」


 カミラが泣き叫ぶ。火がついた赤子のようだ。


 しかたがない。実家に帰られては本末転倒である。


「わかった。わかったから泣くのをやめろ。べていいから」

「うっ、うっ。ほ、本当?」


 カミラが涙を指で拭きながら、こちらを見ている。


 苦渋の決断だ。


 ここでカミラの機嫌を損ねたら、実家に帰られてしまう。それでは、カミラ普通の子計画が頓挫してしまいかねん。


「あぁ、本当だ。だが、ちょっとだけ待ってろ。すぐにべていい場所に連れていくから」

「早く、早く!」


 カミラが薬の切れた麻薬患者ジャンキーの如く、せっぱつまった声を出す。


 そうだった。俺が甘かった。


 カミラは、殺しの魅力にどっぷりと浸かっている。いきなり殺しをやめろと言われてもやめられるわけがない。麻薬中毒者がいきなり麻薬をやめられるかと言えば、Noと言えるだろう。


 薬を絶つには、徐々に減らしていくしかない。


 カミラは毎日、殺しをやっていた。その依存性は、言わずもがなである。


 早急に治療しなければならないのは、確かではある。だが、一気にやっても反発を招くだけだ。だから、殺しの回数を段階的に減らしていく。最終的には「キャー、血が出てる。喧嘩怖い、お兄様助けて!」とか言うぐらい大人しくなってくれればね。


 俺は期待に満ちた目でカミラを見つめる。


「お兄ちゃん、早く、早く。血、贓物、シュパーンしたい」


 そう言って、カミラは悶えながら身体を震わせている。


 う、うん、目標は高く持たないと。

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