† 〜悪魔の囁き〜


「うわぁっ!」


 身体に鉄拳を叩き込まれ、シンは仰向けに倒れた。胸から背中にかけて受けた衝撃は、まるで槍や長剣で一突きされたような痛みを全身に伝える。痛みを押さえるように自分の胸倉を掴むと、身体が空気を求めて呼吸を早くした。


「さっさと立て! こっちは儀式までに、手前を使い物にしなくちゃいけねえって言われてんだよ!」


 叱咤する荒い声はクルドのものではない。

 この胸の痛みもクルドの棒突きに比べれば、まだ意識を飛ばさないだけ楽なものだ。


 シンは腕を伸ばし、立ち上がった。ここで立たなければ妹と友人の命はない。


 それだけを考えて足の先から指の先までの力を全て立つ事だけに使った。


「ったく、クルドの野郎が。この餓鬼をちゃあんと教育してなかったから、こんな事になるんだ」


 男は唾を吐き捨て、ここにはいないクルドを責めた。昨日の夜から一夜明けた今日、クルドはこの場所に来なかった。何でも村長の手伝いがあり、そちらに行ってしまっているからだ。


その為、シンの訓練の相手は、別の“リディアの戦士”に丸投げられることになり、最終的に外れくじを引いたのは仲間内からブロックと呼ばれる鉄拳使いの彼だった。

  あだ名の由来は彼自身のガタイの良さと、戦闘時にリーダーであるサイラスの盾となり、拳1つで敵を薙ぎ払う様からそう呼ばれるようになった。


本名は知らない。


 ブロックは自身のあだ名に誇りを持ち、またリーダーを崇拝しているため、“リディアの戦士”のお荷物であるシンをやっかんでいる。


「仕方ないんじゃなぁい。だって、その子はまだおチビちゃんだから、クルドちゃんも甘ぁくなっちゃってるんだよ。きっとね」


 しなだれる風にブロックの肩に手を置くのは、短剣使いのナリアだ。


「うっせぇ、カマ野郎。触んじゃねえ! てか、餓鬼だからって甘い目で見る馬鹿が、どこにいるんだよ!」


 ブロックは裏拳をナリアの顔面目掛けて振るうも、ナリアは飛ぶように下がり、それを避けた。


「あらあら、ブロックちゃんったらクルドちゃんの肩を持っちゃうの?」


「馬っ鹿! 手前の女みたいなヒョロッコイしゃべり方にイライラしてるだけだ! クルドの肩なんぞ、死んでも持たん!!」


「嫌ねぇ~、怖い、怖い」


 クスクスと笑い、ナリアは踵を返して訓練場に戻る。どうやら本当にブロックの事をからかいに来ただけの様だ。


 半歩歩き、ナリアはふと思い出したように、足を止めてこちらに首だけを向けた。


「そうそう、クルドちゃんなら、夕方辺り村長さんの家に寄るって言っていたわよ」


「え?」


「クルドちゃんが来なくて、寂しがっているシンちゃんに、お兄さんがちょっとした良心を、あ・げ・る」


 片目を軽く瞑ってウインクを飛ばし、再び歩き出した彼に、ブロックは拳の骨を鳴らして威嚇する。




(どうして、分かったんだろう)




 ナリアとは朝、挨拶を交わしたきり、行動を共にしていないというのに、どうしてシンがクルドの事を気にしているのが分かったのだろうか。




(それに……)




 シンはブロックを盗み見する。彼も、今までシンがクルドにどのような訓練を受けてきたのか、遠目でしか見た事がないはずだ。

 それなのに、所々にクルドに似た指導をしてくるのも不思議でならなかった。見ていないようで、きちんと相手の事を見ている。否、読んでいるといった方が正しい。


 この戦い方が習ったなら、次はこれを教えれば良い。これを教える為にはまずあの動作をさせた方が効率良い。


 自分の事で頭が一杯だったシンには、まだそんな芸当はできないが、相手の動きを先読みし、次に繋げる戦い方こそが、こちらの“リディアの戦士”の特性なのかもしれない。


シンは改めて自分は本当に彼らの荷物でしかない事を目の当たりにした。

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