† 〜休息〜
乾いた草木を踏み締め、シンとザギは慎重に秘密の隠れ家を目指した。
以前は、二人を隠してくれていた木々の葉も、今では幹は痩せ細くなり葉は項垂れて色を薄くし、向こう側まで見通しがよくなっていた。これはここ最近の水不足が影響しているのだろう。
しかし、奥の方へ行くにつれて、段々と緑が生い茂るようになり、二人を隠すには十分な葉の量が残っている。
島の奥はまだ枯れていないから大丈夫。
しかし、いつこちら側も枯れるかは分からない。この二つの意見が、島の住民たちの懸念している話題の一つだ。
最終判断は村長に託されているので、彼が口にしない限りは現状維持が続くだろうが、不安は常に人々の中が渦巻いているのは目に見て分かる。
(……今のまま、戦闘になっても、僕は戦えるのかな)
視界の隅に追いやられる枯れた木々を見送り、シンは手を握り胸に押し当てる。
「…………ニッ」
急にザギの歩くペースが上がり、シンも駆け足に近い速度に上げた。シンが上げるとザギも上がる。
どちらともなく腕を大きく振るって木々を上手く避けながら走り出した。“リディアの戦士”の特訓のおかげで、シンは動物のような身のこなしで、木々や足元に顔を出す根を避けて進む事ができた。徐々にザギとの距離も開く。
シンはこっそりと後ろを見てみると、そこにザギの姿は無い。
「あれ?」
呟くと同時に、頭上から不自然なほど多くの葉が落ちてきて、シンは頭を振るって葉を払った。
「あぁ~~、あ~~あぁぁ~~」
頭上の木々に絡みつく蔦を使って、ザギは器用に進んでいる。
「ズルイ!」
「はっはっは。シン相手にまともな勝負なんてしてられるか! 勝てればいいんだよ。勝てれば!」
今から木を登ってもザギとの差は広がる一方だ。それならば、このまま道無き道を進んだ方が、まだ勝機はある。
無言の競争がしばらく続くと、拓けた場所にどちらともなく足を踏み入れた。
「「ゴール!」」
二人の声が重なり、互いに顔を見合い、軽く睨み合う。
「僕のほうが、一秒、速かったよ」
「いんや、俺のほうがリアル一秒、速かったぜ!」
睨み合いはさらに鋭くなり、お互いに額を当てて至近距離になるが、中々譲らない。退いたら負けだと、心の中で何かが訴えてくるせいだ。
「同着だったよ」
「「え?」」
クスクスと笑い声を立てて、サラはシンに似た笑顔を二人に見せた。
「もう、二人共、大人になっても意地っ張りで何か安心しちゃった」
妹の笑みに、シンとザギはどちらともなく額を離し、顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
「確かに成人の儀をしても、すぐには大人にはなれないかも……」
「だな!」
笑い合い、三人は滝のすぐ横の崖淵に腰を掛けて、少し遅い昼食を取った。
ザギの母が焼いたパンには、ヤギの乳で作ったバターを塗られていた。ザギは二人にパンを手渡すと、自分もすぐ様、口に運び噛み締めた。
表面が少し硬くなっているが、中は綿のような柔らかさがあり、バターとの相性は抜群だ。シンは二人よりも速く一つ目を食べ終わると、すぐに二つ目に入った。
「そういやさ」
「ん?」
ザギが口に含んでいたパンを呑み込み、指についたパン屑を舐めて拭き取ると、シンと視線を交わした。
「“リディアの戦士”って、やっぱり大変なのか?」
「……うん。毎日、扱かれているよ」
言われた事を満足にやれないもどかしさが、苦い薬を飲み込むように舌に残り、顔を歪ませた。
「自分では、もっとできる方だと思っていたけど、実際はまだまだで、掠り傷一つ与えることができずに、その辺に転がっているよ」
「でも、シンまだ子供で」
「成人の儀を済ませたら、大人だよ」
小さいからといって許される年齢は、成人の儀を受けているか受けていないかで決まる。
シンは成人の儀を済ませているため、分類的には他の“リディアの戦士”と同じ大人と区分されなくてはいけない。例え、シン以外の“リディアの戦士”の年齢が全員二十代後半で、“リディアの戦士”としての経験が多かったとしても、シンは己の力不足を年齢のせいにする事はできなかった。
「僕は、もっと強くなりたい。せめて、他の人の足を引っ張らないように…………」
もしも戦いが起きれば、シンは否応無しに戦場に出る事になる。
その時に相手にするのは、同じ訓練を積み重ねてきた他の村の“リディアの戦士”たちだ。ただし、向こうは全員が玄人集団に対して、こちらには戦場に出るのが初めてのシンがいる。
明らかなハンデになる確率が高い。その時に少しでも“リディアの戦士”たちの荷物にならないような技術を身に付けなくてはいけない。
経験が無いからハンデになるのではなく、経験が無くても相手を抑えなければいけないのだ。
シンはパンを握る手の力を強くし、飛ぶように立ちあがった。
「いつか戦場に出た時は、他の人よりも活躍できる“リディアの戦士”になるって決めてるんだ!」
「お! 意外と強気じゃん」
「頑張ってね、お兄ちゃん!」
「ああ!」
崖淵に座り直してパンを頬張ると、パンは完全に潰れていてふんわり感がなくなってしまっていた。それでも、パン独自の美味しさは変わっていないので、対した問題ではない。
「そういうザギの方は、どう? 上手くいってる?」
話題を触れられ、ザギは待っていましたと言わんばかりに、腕を組み口に弧を描く。
「これを食べたら、移動するぞ」
「せっかく来たのに?」
妹が不満気な声を上げたが、ザギはニンマリと顔全体に笑みを浮かべて、サラの頭を撫でる様に叩いた。
「いい物を見せてやりたいんだ」
クウトはサラと目を合わせて、首を傾げた。
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